第128話 つながる希望
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしました」
「そんな、将軍が謝ることはありませんよ」
レイク将軍と出会ってからの旅路は順調だった。
近くの街に寄って、すぐに馬車を購入したことで移動速度もぐんとあがった。
それからは1千の兵に守られての行軍となったので、身の危険もない快適な旅だ。
その道中で、これまであったことをレイク将軍に語ったところ、このように謝罪されたわけで。
「いえ、かような賊がはびこるのも、我が軍の治安維持ができていないことの証左。ただちに全土に兵を派遣し、今一度治安の引き締め直しをしなければ」
「そ、そこまでは……」
どこまでも真面目な将軍に、かすかな好感と共に不安も感じた。
そしてわずかな期待を。
あの賊たちの後ろに望月千代女――つまりデュエン国がいるのではないかということだが、他国のしかも副使がそう言い立てるだけでは聞いてくれる人はいない。
だが、イリス・グーシィンとして。あの時に一緒に戦ったレイク将軍に伝えるならば。
あるいはまた違った捉えられ方をするのでは。そう思うのだ。
しかしそれでも信じてくれるとは限らない。
何より証拠はないのだ。僕がそう認識している、それだけのことで、果たしてどこまで聞いてくれるかは分からない。
迷う。
迷いに迷って、ようやく決断したのは、陽も落ちてきて近くの街で一夜を過ごそうという時だ。
その街には軍の駐屯地があったので、そこに泊まらせてくれるということになった。
いくら同盟国とはいえ、軍の駐屯地の内部を見せてくれるなんてのは、機密漏洩ととらえられても仕方ない。
そこにレイク将軍の好意を感じずにはいられなかった。
「この調子でしたら、国都には明日の昼過ぎにはつくでしょう」
ということはもうカタリアたちは着いているってことか。
1日遅れ。自分のせいとはいえ、歯がゆい。
「レイク将軍、ちょっとお話できませんか」
「私と?」
「はいはい! イリスちゃん、私も行く!」
ラスが元気にぴょんぴょん跳ねるが、さすがに話の内容的に聞かせるわけにはいかない。
「悪いけどラスは駄目。政治的な話になるから」
「政治の話にボクは儚く消える雪のように束の間の存在も許さない。遠慮しておくとしよう。さぁ、らす。君もいりすを困らせるんじゃないよ」
琴さんは訳の分からないことを言ってラスをたしなめてくれた。
ラスもそう言われては仕方ないと諦めたかのように見えたが、レイク将軍に向き直ると、
「イリスちゃんに何かしたら……首を食いちぎるから」
「ラス!!」
怖いよ! てかなんの心配してるんだよ!
しかも他国の重臣にそんなことを言って……。
「はっは、なるほど。そういうことだったのですね。いえ、構いませんよ。そんなことは金輪際ありえません。私には妻がおり、それだけで十分幸せなのですから」
「お、おお……」」
レイク将軍の大人な対応に、まぶしいものでも見るようにラスがひるむ。
これを機に、ラスの邪な心が消えてくれるといいんだけど……。
というわけで将軍と2人で、宿舎の2階に上がると、その奥にある部屋に通された。
「こちらの部屋に参りましょう。大丈夫です、窓は開いておりますが、2階の端の部屋で、よほどがなければ聞かれません」
なんかいろいろと心配りされたようで申し訳なかった。
「さて、ではお話とやらを聞きましょう。それよりお茶はいかがです? こういった場所ですので、良質の茶葉はありませんが、なかなか美味しいですよ」
「はぁ、ではいただきます」
なんとものんびりした感じだ。
だが今焦ったところでどうしようもないのも確か。
僕はお茶が出されるまで待った。
数分して出されたのは、カップの中に注がれた赤い液体。紅茶に似ている。だが香しいというよりは、無臭の中にほのかに香る甘い匂いが印象深いものだった。
匂いに誘われるままに一口。口内に広がるわずかな甘み。いつも飲んでいるジュースとはまた違った味わい深さがある。これが詫びというものか。
「美味しいです」
「よかった」
にこりとレイク将軍が笑う。
この人は。本当にいい人だ。話していて心が安らぐ。
イースの国の人たちは、良きにしろ悪いにせよ、心が休まるなんてことはなかったからな。
将軍の心きいたおもてなしに、喉も心も潤ったところで。
僕は改めて、酷な話をしなければならない。
「デュエン国がウェルズ国を狙っています」
「なんと」
レイク将軍が目を見開く。信じがたいのは当然だろう。
「デュエン国は先月にホルブ国を攻め滅ぼしたと聞いています。それが、すぐにこちらに来るのですか?」
「確証はありません。ですが、僕が出会った人物が……口を滑らせました。先日のイース国凱旋祭での事件を起こした張本人であると。そして、ウェルズ国を狙っていると」
はっきりと言っていたわけではない。
けど、前後を読み解くとそうなる。
今、ウェルズでごたごたを起こすにはちょうど良い材料がそろっているのだ。
「それを、他の誰かに?」
「いえ。まだ確かな証拠がない状況です。下手に騒ぎ立ててはまずい。そのために、誰か、話の分かる人にこのことを伝えておきたいと思ったんです。せめて、西に斥候でも出せないかと」
「うん、わかりました。西に斥候を出しましょう」
「え?」
僕はただこうしたらいいな、そう思ったことを口にしただけに、あっさりと了承されて逆に戸惑った。
「そんな、簡単に?」
「ウェルズが不穏なのでしょう? 情報提供に対し、何もしないほど我が軍は腐ってはいません。きちんと調べさせてもらいますよ。軍人は常に最悪の事態を想定すべし。それが私が師から教わった軍人としてのあり方ですので」
正直、ホッとした。
本来は使者の立場で太守との謁見の際に切りだそうと思っていた。けどそれができる状況か分からないし、副使という立場上、もしかしたら謁見に携われない可能性もあった。
そもそも、確証のないことを他国の人間から告げられても、それをまともに受け取らない可能性の方が高い。僕の言うことなんざ誰も聞かず、あの望月千代女の策謀どおり、ウェルズ国に何かが起こるかもしれない。そう思っていたから。
本当にこの人は、優しいというかお人よしというか。
本当に、良かった。
これで希望が、まだ繋がるということだから。