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第126話 周回遅れの再始動

 再び、目が覚めた。


 目が、覚めた? しまった、寝過ごし……てない。外はまだ明るい。よかった。ギリギリ起きれた。


 体を動かす。ほんの数十分の仮眠だったけど、体の方は悪くない。右肩は無理に動かすと痛むが、まぁ許容だろう。

 だからすぐに着替えて、馬車へ向かおう。


 そこでガチャリ、とドアが開いた。

 そこから入って来たのは、お盆をもったラスで、僕の姿を認めるとピタリと時がとまったかのように硬直し、


「イリスちゃーーーーーん! よかった! 生きてる!」


 お盆を放り投げて突撃、タックルされた。諸手刈もろてりだった。恐ろしい子。


「痛い痛い! 今死ぬ! 死ぬから!」


「あ、ごめんね? あぁ、でもイリスちゃん、イリスちゃん、イリスちゃん……」


 ごめんと言いつつ、僕の腹部に頭をぐりぐり押し付けてくるラス。

 その執拗しつようさが、なんだかちょっと怖い。


「ええい、そろそろいい加減にしろよな?」


「ああん、いけずぅ」


 物足りないと言わんばかりに唇を尖らして抗議するラス。どっかの姉と違って可愛かった。

 いや、そうじゃなく。


「すぐに出るよ。先生は? まだ出発には時間があるだろうから、すぐに着替えて――」


「え? いないよ?」


 ピタリ、と体が止まった。

 今、何て言った?


「もう先生たちは出発しちゃったよ? 昨日。ここに残ってるのは私とコトさんだけだから」


「え? ちょっと……いや、待ってくれ。昨日? 昨日、出発した? そんなはずは。だって、僕は今日、先生と話をして……」


 なんか話がかみ合っていない。

 まるで浦島太郎だ。

 いや、僕が浦島太郎だというなら、この現象はもしかして……。


「ううん、昨日だよ。だって“イリスちゃんは一度起きた後にまた1日寝ちゃった”んだもん。だから本当に心配してたんだよ。目を覚ましてくれてよかったー」


 涙を浮かべて嬉しそうに微笑むラスは可愛いなぁ、と軽く現実逃避。

 だけど、思った通りだった。考えうる最悪のパターンだった。


「ラス、ちょっと整理させてくれ。僕は“昨日”、一度起きて先生と話をした。それから僕は1日寝ていて、その間、というか昨日の時点でもう出発したと?」


「うん、そう」


 …………完全に寝過ごしてんじゃないか!

 何がギリギリ起きれただ。1時間じゃなくて1日寝てるじゃないか! 無断欠勤だよ。最悪だよ。


「ラス。分かった、ありがとう。なら、なおさら行かないと。出発の準備をするから、手伝ってくれ」


「え、でも……」


「行かないといけないんだ。時間がない。本当に取り返しのつかないことになる前に……うっ……」


 興奮したからか、くらっと来た。

 それをラスが抱き着いて、いや、支えてくれた。


「お願い、もう無理しないで。本当に、危なかったんだよ。カタリアちゃんがいなかったら、本当に、イリスちゃんは……もう!」


 涙ながらに訴えるラスに、僕は返す言葉を失っていた。

 あぁ、ある意味、無茶しないでと彼女に引き留められる漫画の主人公みたいでいいなぁ、とか思って見たりしたけど、それは現実的になんの意味も持たないものだったので、すぐに忘れた。


 確かに危なかったのだろう。

 だけど、だからといって無理をしない理由にはならない。


 今、無理をしないと、僕の命がないのだ。そしてラスをはじめ、出会ってきた人たちの。


 それを止められるのが自分しかいないのなら、ちょっとくらい無理をしても――いや、無理をするべきだ。


 無理するのが辛いから、嫌だからといって、ここで諦めて引き返すことはできない。

 打つ手があるのに、それをせずに手をこまねいて破壊を待つ破滅願望は僕にはない。


 だから、行く。

 無理をしてでも、たとえそれで死ぬことになっても。


「駄目だ、ラス。今、行かないと皆が危険だ。だから行かせてくれ」


「……そう、イリスちゃんは優しいんだね。カタリアちゃんが、気にしないように、元気だって言いにいくんだね」


 いや、なんか違う。本当にどこかズレてるな、この子は。

 てかカタリアが僕のことを気にするはずもないだろう。

 救えたから救った。それだけのはず。


 けど、ラスが折れてくれたのなら、その勘違いを有効活用させてもらおう。


「そういうこと。あいつに、変な負担かけたくないし」


「うぅ、羨ましいな。イリスちゃんはカタリアちゃんと普通に話せるんだもの。私はいつも怒鳴られてるばかりで」


「あいつ……ラスになんてことを」


「ううん! 違うの! 私がいけないだけだから……」


「そういうわけにはいかないだろ。この旅は僕とカタリア、ラスの3人が協力していかなきゃならない旅なんだから」


「うん……でも、私もやっぱり、ちゃんとしないと。だからカタリアちゃんとは、自分で向き合いたいの」


 ラスがこれまでにない決意に燃えた瞳で見てくる。

 そこまで言うなら僕が出る幕じゃないか。けどそれとなく監視して、手助けできるところはしてやろう。


 やれやれ、本当にカタリアは扱いづらいというかなんというか。

 マニュアルももっとちゃんと読み込まないとな。


「あ、そうだ、これ。カタリアちゃんから」


「カタリアから?」


 不意に差し出されたのは一片の紙片。

 なんだろう。そう思って折りたたまれた紙を開くと、そこには達筆で、


『別に感謝してほしくて助けたわけじゃないから。負け逃げなんて許しませんわよ』


 うーん、カタリアのツンデレ平常運転だ。てか負け逃げってなんだ? よく分からないな。


 手紙にはまだ続きがあった。


『もし、万が一か億が一にでも、あなたが副使として、わたくしの世話係としての矜持きょうじを失っていないのであれば、コトという不可思議な御仁ごじんに路銀を渡しておくので、それでせいぜいさっさと迅速に慌てず急いでゆっくりと参るがいいですわ!』


 誰が世話係だ。いや、そういう区分になるのか。あいつにとって。


 つか琴さんを不可思議な人って……まぁ合ってるか。


「カタリアちゃん、なんだって?」


「いつも通りの平常運転だよ」


「?」


 ラスには伝わらなかったようだ。けどいいや。

 さて、さっそく出発の準備をしないと。


 そう思って起き上がるも、貧血なのかクラっと来た。血も失ったんだから貧血か。


「大丈夫?」


 ラスが不安そうにのぞき込んでくる。その可愛らしい仕草にドキッとしながらも、僕は平静を2つの意味でよそおい、


「ああ。全然余裕だよ。さ、行こう」


 無理やり体を起こして、床に降り立つ。

 めまい。いや、大丈夫。いける。


 と、その時だ。

 扉がノックされて、すぐに開く。


黄泉路よみじからの生還に祝福のほまれのあらんことを」


「琴さん」


 いつも通りの袴姿の琴さんが、薙刀を背負って立っていた。


「さすがはボクが認めた運命さだめの人だ。追跡の旅路へと飛翔するかい?」


 追いかけるのか、と言ってるんだと思うから頷いた。


「やはり深淵に飲まれし者は違う。そうではないかと、双頭の獣が疾駆するいにしえの歯車を用意したよ」


 古いけど馬車を用意したということだと受け取った。

 さすが琴さんだ。意味が解りづらいけど助かる。今は馬での旅は難しい。ラスもいるし。だから馬車の準備はありがたい。


「だが、ボクらの飛翔には運命の女神は許さないらしい。寸刻すんこくの闇に魅入られし亡者たちがボクらを阻害しようとしている」


 えっと……出発できないってこと? 何か邪魔があるらしいけど、もう普通にしゃべってくれないかな!?


 けどそれをわざわざ口にして、琴さんとの信頼関係を崩すのは怖かった。

 運命さだめの人とか言ってくれるし。けど、それって「運命の人」ってことだよな。どういう意味だろうか。文字通りだったら、色々ヤバい気がするんだが……。


 そんなどうでもいいことを考えてしまうくらい、琴さんの言葉は難解で、差し迫っている危機にまったく気づけなかったわけで。


逢瀬おうせときは終焉の鐘を鳴らす。客人がやってきたようだよ。招かれざる、だがね」


 そう言って琴さんは苦々しく笑った。

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