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第125話 束の間の目覚め

 目が覚めた。


 陽の光に包まれたように、視界は真っ白。体を満たす熱に心地よさも感じる。

 あるいはここが天国か。いや、ないな。間接的とはいえ人を死なせてきた僕が天国なんて素敵な場所に行けるわけがない。

 そもそも僕は無神論者だ。天国とは縁がないことこの上ない。


 だからきっとこれは死に損なった。そういうことだろう。


「うっ……」


 思わず声が出た。

 それが声なのかうめきなのか定かなことではないけど、声が出たことは確かだ。


「起きたのか、イリス・グーシィン」


 声はカーター先生のもの。首を曲げて見れば、少し離れたところで椅子に座って手文庫を開いていたカーター先生は、本を閉じるとこちらにホッとした様子で立ち上がり、こちらに近寄って来た。


「先生……ここは」


「ウェルズ国の村だ。お前が倒れたって聞いて、ここまで運んで治療することにしたんだ。毒で危ないって話だったけど……本当に良かった。ぐすっ」


 半べそだった。いい大人が半べそとか……いや、どうやら僕は生死を彷徨ったらしい。

 それが無事、峠を越したというのなら、その反応も悪くはないか。


「ああ、そうそう。後でお礼を言っておけよ、ラス・ハロールと、カタリア・インジュインに」


「え……?」


「あの2人、といっても主に治療にかかわったのはカタリア・インジュインだな。お前の傷の手当てを一晩中やってくれたんだ。もう鬼気迫るとはこのことかって感じだよ。ラス・ハロールは右往左往してたみたいだけど、治療の後はお前が落ち着くまで傍で手を握ってくれてた」


「カタリアが……ラスも」


 右肩に手を当てる。痛みが来た。けど痛みがあるということは生きているということ。それをカタリアが、あの僕を嫌っているようにしか見えないカタリアが助けてくれた。

 そして右手。ラスが一晩中握ってくれていたという。その想いは、右手から全身にいきわたるようで、熱い。


「分かりました、あとでお礼を言います」


「ん、そうしとけ。あれだけお前のことを真剣に思ってくれる友達はなかなかいねーぞ。ま、今は疲れ切って寝てるがな」


 友達、か。

 ラスはそうなのだろう。けどカタリアが。

 そうだったらいいな、と思ってきた。そうしないとこの国に未来はないとうれいていた。


 でも彼女に聞けば、こう言うだろう。


『はぁ? わたくしとあなたが? 家柄も才能も性格も体格も美貌もすべてにおいて上回っているわたくしに、よくもまぁそんな口を聞けましたわね?』


 うーん。すごい違和感がない。

 けど、命を救われたのは確かなのだから、もしかしたら何かしらの心境の変化もあったのかもしれない。


『ふん、あなたの命なんざ、そこらへんに転がっていたから拾ったようなもの。あまりにも無様に転がっていたので、わたくしの慈愛の心がふと気まぐれを起こしただけにすぎませんわ。ええ、もちろん恩に感じてもらって構いませんわよ? 十分に利息をつけて返していただければ』


 うぅん、言いそうだ。


「でっかい借りを作っちゃったなぁ」


「こつこつ返してけ。まだ人生は長ぇんだ」


 長い、か。

 あと1年後――いや、もう4か月後に僕は死ぬかもしれないのに。


 違うな。

 カタリアに助けてもらった命。それを無駄にしないためにも、借りを返して行くためにも、僕は生きなくちゃいけない。そういうことだろう。


「生きないと、ですね」


「おお、生きろ生きろ。若者はそう言う資格がある。そして俺と結婚――ばふっ!」


 なんか不穏な言葉を言い始めたので、枕をぶつけてやった。


「はぁー、つれないね。じゃ、俺はそろそろ行くわ。いつまでも淑女の寝室にいるわけにはいかないからな」


「ちょ、行くって」


「ウェルズの国都だよ。これでも旅程がかなり押してる。これ以上の遅延は外交上許されない。だからあと1時間で出発するところだった。それまでに生きたお前にあえてよかったよ」


「あ……」


 そうだ。そもそもこの旅はウェルズへの使者。

 それがここで足止めをくらったのも僕のせいだ。


「じゃあ僕も……」


「馬鹿、無理しないで寝てろ。それにお前は形式上は副使だ。いなくても問題ない」


「ってことは」


「ああ。カタリア・インジュインは寝てるとこ悪いがあとは馬車で寝ててもらおう。正使がいればなんとかなる。正直、馬車も手狭だったからな。仮眠用の空間を取るとして、ラス・ハロールとあのコトって人はここに残していくわ。一応、ここは外国だからな。お前だけ残してってことはできない」


 確かにラスと琴さんがいてくれれば頼もしいけど。


「ただ、あのコタローっていうのは貸してくれないか? あの偵察能力は、この後のことを考えるといてもらえると助かる」


「それは構わないですけど……いや、先生。僕も行く。行って、話を……くっ」


 興奮して身を乗り出したからか、肩に痛みが走った。


「だーかーらー、しばらく安静にしてろって。というより帰れ。帰って療養しろ。あー、課題のことなら合格だ。お前のおかげで使者は無事に到着する。物資も人間も損害なしでな」


「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなく、危ないんだ。イース国が、ウェルズ国が」


「……どういうことだ?」


 そこで言葉に詰まる。

 なんていえばいい?


 危ないと思ったのに証拠はない。

 けど望月千代女。

 彼女がここにいて、僕らを狙った理由。それを考えれば自明の理だ。


 すなわち、デュエン国の侵攻。


 望月千代女がここにいた理由。それは明らかに僕らイース国の使者を狙ってのことは間違いないだろう。

 その目的はイース国とウェルズ国の離間りかん

 イース国の使者が、ウェルズ国内で殺されたとあれば、国家間にひびが入るに違いない。しかもそれが二大重臣の子供とあれば、なおさら。


 そして彼女が言った最後の言葉。


『それに、“うぇるず”の国都に行くなら、すぐにまた会えるでしょ』


 何故ウェルズ国に行けば、彼女と会えるのか。

 しかもいずれではなく、すぐ、だ。


 つまり彼女は今、国都にいる。

 そこで何をするのか。かく乱、扇動、暗殺、内応。考えられることはいくつもある。


 どんな堅城でも、内側から門を開けられれば一巻の終わりだ。

 そのために千代女を国都に入れたというのなら。


 つまり、デュエン国の軍がウェルズ国を攻める。

 これをウェルズ国が認知していなければ、完全な奇襲になってウェルズは落ちる。

 そしてウェルズが落ちれば、東、南、西を敵に囲まれたイース国に生きる術はない。


 それが僕の考えたシナリオ。


 だがそれをなんて言う?

 さっきも言ったけど証拠はないのだ。イレギュラーのことも言っても信じてもらえないだろうし、何よりただの他国の副使が言っても聞く耳をもたないだろう

 ここはイース国じゃない。他国なのだ。誰もが僕をグーシィン家の令嬢とは思ってくれない。


 だからこそ、せめて僕が国都にいればその場での対応がライブでできるはず。


「…………」


 そう思ったのだけど、言葉が出ない。


「どのみちダメだ。お前は連れてかないよ。それにウェルズ国が危ないっていっても、あっちも歴とした国だ。自国の危急なんてちゃんと対処するだろ」


「それは……」


 そう、なのか。

 考えたが分からない。他国の歴史は少し調べたものの、今がどうなっているか分からない。

 ウェルズ国の知り合いとなると……ザウス国侵攻の時に知り合った将軍……そう、確かレイク将軍。それくらいしかない。


 あの人が将軍としているなら、大丈夫なのか。やっぱり、分からない。


「ま、お前も色々あって疲れてるだろ。というより言ってなかったな。お前の策のおかげで助かった。ありがとう」


「え、ええ……」


「お前の進言もちゃんと覚えておくよ。何かあったらイース国に早馬を飛ばせるように、な」


「はい……」


 なんかうまくはぐらかされた気もするけど、確かに熱はまだあるのか頭が重くてそれ以上話す気にはなれなかった。

 それから急に眠くなって、うとうとしはじめた。

 けどここで眠るわけにはいかない。あと1時間で出発というなら、それまでには起きて出発……できる…………しないと…………

………………。


 切野蓮の残り寿命108日。

 ※軍神スキルの発動により、10日のマイナス。

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