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第13話 潜入作戦

「ちょっと、行ってきます」


 自然とその言葉が口に出ていた。

 すると皆は驚いた様子で、


「イリス様? 行ってきますとは、どこへ?」


「叔父さんを、助けに」


「っ!! 何を言っているのか分かっているのですか!?」


 侍従長がカッと目を見開いて怒鳴り声をあげる。

 この人、怒らせると怖いんだな。けどそうも言ってられない。


「侍従長」


「……失礼しました。主筋にあたるお方に怒鳴ってしまうとは。お許しください」


 マーナが静かに声をかけると、侍従長は落ち着きを取り戻した様子で、理知的に深々と頭を下げてきた。


「いや、いいよ。別に気にしてないし」


「しかし諫言かんげんはさせていただきます。この状況下で城内に入る? そんな自殺行為を許せるはずがありません」


 最初はそんなつもりは全くなかった。

 おそらく助けるのは無理だ。時間の無駄だ。

 なら、捨て駒戦法で使ったように、見捨てるのがベストな選択。


 けど――


「ここは御身優先で。本家の方が危険を冒すのを黙って見ているわけにはいきません」


「でも、この状況を黙って見ていろっていうの?」


「御身には代えられません」


「命の価値に代わりがあるものか!」


 見も知らぬ他人のためにそう思った。

 あの僕が。社員よりも、環境よりも、何よりも命令が、コストカットするのが大事だと思っていたこの僕が。


 衝動的で感情的で情緒的なまでに、助けることを絶対的に望んでいる。


 この2人の親が死ぬ。それに1人だけじゃないだろう。そこで働く人たちが死ぬことになる。

 それはとても不幸で、悲しくて、あっちゃいけないことだ、と。


 あるいはこのイリスと呼ばれた少女。彼女の心が叫んでいるのかもしれない。

 叔父を、あそこで働く人たちを助けてと。そう、訴えかけているのかも。


「あの……マーナからも言わせていただきます。これは心情的なお話ではなく、物理的なお話です。ここから城に向かうとしましょう。それでどうしますか。見たところ門は閉じております。いくらイリス様が武勇に優れているとはいえ、門を破ることは叶わないでしょう」


「うっ……」


 確かに。冷静に考えればそうだ。

 どうやらこの世界の城というのは、日本式城郭ではなく、古代中国とか中世ヨーロッパ風の、周囲を巨大な壁で覆うタイプだ。

 そうなれば必然、重厚な城門が立ちふさがるし、他から侵入しようにも、門以上にデカい壁を乗り越えなければならない。

 道具もなしに、10メートル以上の跳躍とかもはや人間業じゃない。


「さらにそこを抜けたとして、おそらく大使館は軍で囲まれている可能性が高いです。その壁をいかに突破いたしますか。ザウス国の国都警備隊はおよそ1千。それを突破できますか?」


「…………」


 できる、とは言い難い。

 包囲されているということは、1千人を相手にするわけではないが、それでも百人単位の厚みがあるということ。

 いくら軍神だろうと、徒歩で1人でその包囲を突破できるかといえばノーだ。

 ワンチャンできるかもしれないが、正直自信はない。だって、一歩でもミスればゲームオーバーなのだ。


 敵をバシバシ薙ぎ払うアクションゲームでも、一撃くらったら死ぬ状況で敵が充満する中に突っ込めば、十中八九死ぬ。やってのける人もいるかもしれないけど、それはキャラと武器を極限まで鍛えて、プレイヤースキルも鍛えた結果だ。

 それをコンティニューのない現実でやりたいとは思えない。


「マーナのいう通りです。お判りいただけましたでしょうか」


 侍従長が勝ち誇った――様子ではなく、本気で心配しているように諭してくる。


 そうだ。

 侍従長も辛いのだ。

 それでも、ここで無謀なことをやって、あたら命を散らす行為を座視できないのだろう。


 だがそんな時だ。

 傍で話を聞いていたセイラが首を傾げ、


「あ、でもあの“抜け道”を使えば――」


「セイラ!!」


「ひっ! ご、ごめんなさい!」


 口をはさんだセイラに侍従長が怒鳴る。

 その迫力より、その前に彼女が言ったことが気にかかる。


「抜け道?」


「……聞こえてしまいましたか」


「そりゃあ、ね。で? その抜け道ってのは?」


「……はぁ。実はザウス国に無断で、大使館から城外へと続く地下道を掘り進めておりました。そこを通れば、確かに大使館へと通じます」


 観念したように侍従長が話し出す。


 なんで黙っていた、と怒れれば簡単なんだけど、黙っていたことも侍従長の優しさなのだろう。


「しかしそこも敵に察知されている可能性があります。そうなれば進入路はありません」


「そうだったらすぐに戻ってくるよ」


 侍従長は無言で大きくため息をつく。

 もう止めても無駄だと思ったのだろう。


「分かりました。我々はすぐそこの木陰にて隠れております。無理だと判断されたら、すぐに戻っていただきたい。本来ならば我々が守らなければならないものを、逆に守っていただいた御恩。お返しできておりませんゆえ」


「いや、そういうのいいから」


「お姉ちゃん、行くの?」


 トウヨとカミュが不安げな視線を向けてくる。

 その視線が、ここから離れがたい印象を与えてくる。


「すぐ戻るよ」


 そう言って、2人の頭に手を置いて少し撫でてやる。

 これでいいよな? やっぱり子供扱いは分からない。


「お気をつけて」


 侍従長が、マーナが、セイラが姿勢を正して頭を下げる。

 トウヨとカミュが不安そうに彼女らの横でこちらを見つめてくる。


 ここを離れるのは不安だ。

 彼女らがまた襲われる可能性もある。


 けど、ここで眺めてすべてが終わるのを待っているのも嫌だ。


 だから――


「行って来ます」


 なるだけ安心させるような笑顔を浮かべ、僕は走り出した。

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