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第123話 軍神の強襲

 喚声が聞こえた。

 数百メートル先、例の狭路きょうろだ。


 まさか、という心境と、やはり、というじくじたる思いが交錯する。


 だが現実に起きていることは覆らない。


 おそらく両側の丘からの弓による攻撃、それから突撃。

 その最初の攻撃が始まったのだ。


「行こう」


 僕は首だけで振り返り、皆を見る。

 護衛についてきた兵が20ばかり。誰もが緊張した面持ちでこちらを見返してきた。

 その瞳に怯えはなく、どこか覚悟の決まったようにも見えた。悪くない。


 潜んでいた木々の影から飛び出すと、そのまま無言で斜面を走り抜ける。


「撃て撃て! 敵の抵抗がなくなったら一気にぶっつぶすぞ!」


 弓を放つ賊から少し離れた位置で、リーダー格の男が怒声を飛ばしている。ぼさぼさの髪、擦り切れた布の服。見るからに真っ当な仕事はしていない、ザ・山賊といった風体だ。


 最初の退場者はそのリーダーだった。

 大将を一番最初に潰すのは戦術の鉄則だし、何より弓を放つ賊よりも少し引いた位置にいたからだ。それはつまり、背後から忍び寄れば一番最初にぶつかる。


「ぐっ……へ?」


 殴られた男が倒れた。何が起きたか分からないままだっただろう。

 だが同情するつもりはない。


「て、敵だ!」


 敵の叫び。弓に対し、真正面から突っ込めば、敵にたどり着くまでに射殺される。

 だが、背後から近付けば相手の攻撃が来る前に近接戦闘にもっていける。弓は近接戦闘ではただの長くて邪魔になるだけ。剣を持っていたとしても、一度弓を捨てて剣を引き抜かなければいけない。


 だからあとは一方的になった。

 100人ほどいた敵は、最初の一撃で潰走かいそうした。

 反対側の丘にも50人ほどが陣取っていたが、こちらの襲撃を知って腰砕けになったらしい。弓を捨てて逃げていく有様だ。


 勝った。

 とはいえそこまで感慨は深くない。実際に戦ってみれば、相手はただの野盗で戦術も何もない。

 ただ数頼みで、身の危険を感じたらすぐに逃げ出す。


 もちろん、逃げ出したからといって簡単に逃がすわけにはいかない。散っていった賊たちが、また集まって襲って来ないとは言い切れない。

 兵たちはそれを理解しているから、何も言わずに追撃に出たのだ。

 追撃とは逃げる背後から剣をつけることで、一方的な虐殺にもなりえること。


 たとえ賊であったとして、こちらが命を狙われたいえ、無抵抗に死んでいくことを見ると忸怩じくじたる思いがある。また、すでにそこらに転がった、こと切れた賊たちの姿を見ると吐き気もこみあげてくる。


 それでもこの世界では、この状況では、これが正なのだ。

 決して許されることではないことは分かっている。そもそもの根源は『自分が死にたくない』という完璧な利己主義によって成り立っているのだ。

 己の都合のために人の命を奪う。

 そんなクズの所業。


 けど、それでも。

 ここで僕は死ぬわけにはいかない。カタリアたちを殺させるわけにはいかない。


 失敗すれば、ラスやカタリア、先生に琴さん、小太郎らが死ぬ。ついてきた新兵たちも死ぬ。

 そしてそれは巡り巡って、国が滅ぶ。父さんや兄さん姉さん、ミリエラさんやクラーレ。ユーンやサンら学校のクラスメイト、カミュとトウヨや侍従長らやトウコと言った知り合い。

 それらが全員、死ぬのだ。


 そんなこと、許せるわけがない。


 だから許してくれとは言わない。

 もう僕の手は血で濡れている。だからせめて精一杯、生きて、生きて、生き抜く。


 それが、先のカタリアから発破をかけられて覚悟したこと。


「だったんだけどなぁ……」


 まだ覚悟が中途半端だったということか。

 当たり前だ。人が死ぬとか生きるとか、そういったこととはほぼ無縁で生きてきた。

 慣れたくはないけど、慣れないと……辛いな。


 馬車の音が響く。


 眼下を見れば、丘のふもとの狭い道をカーター先生率いる馬車を先頭に、徐々に動き始めたようだ。


 とりあえずこれでしばらくは安心だろう。けど油断はできない。どういった勢力が襲って来るのか、まったく分からないのだ。

 ウェルズ国の国都に早馬はやうまでも出して、護衛の軍でも出してもらおうか。


 そんなことを考えていると――


「っ!」


 殺気。近い。いや、早い!


 身を投げた。左肩、洋服の皮1枚を旋風が通り過ぎる。


「避ける……めんどくさ」


 女の、声。


 転がり、受け身を取って膝立ちになる。

 そして、見た。


「え……」


 いや、まさか。そんな馬鹿な。ありえない……ことはない、ということは、まさかなのか。そうなのか。


 目を疑った。


 巫女がいた。


 ありえないだろう。こんなところに、巫女さんがいるなんて。

 しかも普通じゃない。白の小袖は半そでになっており、こぼれそうなほどに胸元が開いていることから肌色の露出が激しい。しかも袴はスリットになってて、動きやすそうだけど、もうなんかエロい。腰に鈴もあって、何かのゲームのコスプレみたいだ。

 しかも黒髪ではなくキラキラ光を反射する白髪のロングというのがまたいい。


 けどそれ以上に目を惹いたのは、彼女が手にしている銀色に光る長細いもの。ナイフ――いや、小太刀だ。それを両手に、しかも逆手に持っている。


 それが巫女姿と相反して果てしない異物感を押し付けてくる。


 とはいえ、る気満々の彼女だが、肩を落として脱力しきっていた。

 その愛らしいほどに白く透き通った小顔には、眠そうに半眼となった瞳が、虚ろな様子で僕を視界に捉えていた。


「まったく、だから知盛の策は」


「え?」


 とものり? いや、とももり? 誰だ? いや、策?


「ああ、違った。私が考えたんだ。うん、だから失敗はある。仕方ない。お屋形様じゃないんだから」


 何を言っているのか。

 ぶつぶつという小声であることと、あまり脈絡のない文章だったからか、その意味がまったく分からなかった。


 いや、分かってることは1つだけある。

 この女は、間違いなく敵だ。


「どこの、国だ?」


 聞く。

 重心を少し前に。飛びかかることも飛びのくこともできるよう、腰を浮かして。


 ぱっと見は超絶美女のコスプレねーちゃん。けど、その両手に持つ殺意が僕に鼻の下を伸ばさせない。

 あるいはこの女性を捕えられれば、色々判明する。


 だから巫女がふらっと体を揺らし、そしてその口を無遠慮に開き――


「……言うわけないじゃん。馬鹿じゃないの」


 そんなつっけんどんな物言いに、若干気勢をそがれた。


「けど、失敗か。ふーん。やるね。お屋形様には敵わないだろうけど。ふぅん……“いいす国”の護衛……もしかして、知盛の策を潰したのもあんた?」


 脈絡がつかみづらい。

 どうやら彼女の策というのは、この賊を使っての強襲。狙いは荷物ついでに僕らの命ということか。

 てかちょいちょい挟んでくるお屋形様って誰だよ。こいつの雇い主か?

 それにしても“とももり”。和名だ。そして僕の脳内歴史データベースにヒットするのは1名しかいない。


 果てしなく嫌な予感。

 そしてそれは、その“とももり”の策を潰したという一言に集約される。


「もしかして、凱旋祭の……」


「おおあたりー。へぇやっぱり勘はいいみたい。名前は?」


 どうする。素直に答えるのは危険だ。名前を知られれば、色々マズいことになる。

 この女。最初の奇襲といい、雰囲気といい、あいつに似ている。


 そう、あの僕を殺そうとしにきた、あの忍者みたいな女に。

 それと似ているということは、こいつもあるいは忍者か。


 そうなった時に、僕の身元がバレたら、それこそいつ寝首をかかれるか分からないことになる。あるいは家族構成や友人付き合いを調べられて、そちらに手を伸ばされる可能性がある。

 個人的に狙ってきたあっちの忍者とは違って、こいつは明らかに敵国の人間。あの凱旋祭の騒ぎを起こした人間のいる側となれば、手段を選ばないだろう。


 くそ、どうする。このままこいつを押さえつけるか。できるのか?

 みんな、早く戻ってきてくれ。20人いれば、なんとか捕まえられるんじゃないか。だとすると、必要なのは時間稼ぎか。


「イリス・グーシィン」


「へぇ名乗るんだ」


 名乗ったのが意外だったらしく、女は半開きの目をぴくりと動かす。見開かれることはなかったけど。


「こっちが名乗ったんだ。そっちも名乗ってはくれないかな?」


「そんな義理ないから。お人よしだね、あんた」


 くっ、無理か。

 けど引っかかってる。何か、この女の正体に近づくものがある。


「さって、おしゃべりはここらへんにしようか。味方が戻ってくる時間稼ぎにはならないから」


 バレてる。そりゃそうだ。今、彼女に味方はいない。敵地も同然のところにいつまでも居座るわけがない。


「その前に、殺しておこうかな。あんたは、なんか危険だ。この『歩き巫女』の勘が伝えているよ」


「なん、だって」


 今、何て言った?

 歩き巫女? 巫女? 忍者。日本。お屋形様……まさか!


「まさか……望月千代女もちづきちよめ!? 武田信玄の!?」


「……なんで知ってる?」


 女――千代女の目がすっと細くなる。寝ぼけまなこというわけじゃない。得物を狩る、虎のような鋭い目。


 望月千代女。

 武田信玄の抱えるくのいち集団の長の名前だ。その存在はほぼ謎だが、武田信玄の業績を考えると、生半可なものではないだろう。おそらく――うちにいる人物像を見ていると自信がなくなるけど――あの風魔小太郎や服部半蔵といったトップクラスの忍者と同レベルに違いない。


 そんなイレギュラーが、敵にいる。

 そして“とももり”、おそらく平知盛たいらのとももり

 源平合戦で有名な源義経の敵で、平家の総大将を務めた男。平氏の全盛期を作った平清盛たいらのきよもりの息子で、名前の通りの知将だったと言われている。


 その2人が、おそらくデュエン国にいる。

 そう考えると、背筋が凍るような思いだ。


「南蛮人のくせに、お屋形様を知ってる。不思議。ちょっと、殺すじゃなくて捕まえてみようか」


 ふらり、と相手が動く。

 脱力した状態で、ふらふらと体調が悪そうな状態でこちらに1歩、また1歩と近づいてくる。


 くっ、今はこの直面している問題をどうすべきか、だ。

 歩き巫女の頭領、望月千代女。

 この世界にあらざる者。イレギュラー。そして敵対する国に所属する者。


 あるいは、これまで出会った彼らのように、通じ合えないか。


「待ってくれ、僕も日本人だ。今はこんな格好だけど、話を――」


「問答無用」


 しゃらん。

 鈴が鳴り――閃光が、来た。

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