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挿話11 平知盛(デュエン国軍師)

“ほるぶ国”を滅ぼして約1月。

 ようやく政情も落ち着いてきた。


 新しく領土となった旧“ほるぶ国”は、別段大きな抵抗もなく新しい支配者を受け入れているようだ。

 そもそも国の重臣が裏切り、戦闘らしい戦闘もなかったのが大きい。


 国境に居座っていた“とんかい国”は、“ほるぶ国”の滅亡を知って兵を退いた。

 救援という目的を達しえなかったこと以上に、西の“くうす”国がこちらについたことを知り、不利を悟ったのだろう。

 ちょうしに乗る源氏どもに対し、畿内を制する我ら平家と、九州の豪族どもが結託したようなものだろう。ふはは、ざまを見よ源氏め。


 その“くうす国”は一応、取り交わした契約は守るらしい。

 だが通商圏の確立と攻守同盟だけで満足するものなのか。確かに“とんかい国”は我らにしてもあちらにしても厄介な敵だ。だが、我らと組みしてまで戦うべき相手なのか?


 そう、今回のこの“くうす国”は不自然だ。“くうす国”は島国。大陸に出てくるには橋頭保きょうとうほとなる土地が必要となる。

 だから領土を広げたいのであれば、我ら“でゆえん国”か“とんかい国”と同盟を結び、他方の土地を奪うのが一番理にかなっている。あちらは補給のために水運を使わなければならず、地続きで陸運のこちらより不利は明白だからだ。

 まぁ私なら? 海の平氏と言われた私なら、それくらいの不利は不利にはなりませんが?


 そうなった時に、ではどちらと組むか。

 我らと組み“とんかい国”を攻める。それはもちろん上策。我が智謀と昌景まさかげの武勇に相対する愚を犯さないのですから。


 だが戦略上としては愚策に思えてならない。

 なぜなら“とんかい国”はこの大陸の南端。そして東西に長い。

 それはつまり領土の広がりが圧倒的に少ないということ。“とんかい国”の西端をとったとして、その後は陸地続きに東へ向かうことになる。

 そうなれば国は東西に長くなる。


 そうなった時、我が国の主が黙って見ているのか。

 これ幸いに“くうす国”との同盟を破棄し、一気に領土を広げる危険性がある。


 もちろんそんな愚は犯さないよう、本気の具申はするものの、“くうす国”とて警戒はするだろう。

 そうなれば我らとの国境には少なからずの兵力を割かざるを得ない。それはあの自称“関羽”をようする“とんかい国”にとって、大きな手枷になりやしないか。


 だから本来なら“とんかい国”と結んで我ら“でゆえん国”に侵攻するのが上策。

 我ら“でゆえん国”は大陸のほぼ中央に位置し、この世界の中心、すなわちきょうである“あかしや帝国”とやらにつながっている。さらに東には弱小国が乱立する草刈り場。

 南に大国の“とんかい国”、北に大国の“つあん国”と挟まれているが、その大部分は飛騨山脈を思わせる山岳が大部分を遮断しているため、警戒に必要な場所は限られる。


 だから“くうす国”にとっては“とんかい国”と結んで我ら“でゆえん国”を攻めた方が得なはず。私ならそうする。

 なのにそうしなかった。

 それは我らにとってありがたい話だが、そうしなかった理由が分からない以上、一抹いちまつの不安がある。


 1つ考えられるのが、先ほど考えたことの逆。我らに“ほるぶ国”を滅ぼさせて、機を見て裏切り旧“ほるぶ国”領土を奪うことだ。

“ほるぶ国”は我らと“とんかい国”が狙う必争ひっそうの地。そこに“くうす国”が参戦しても、補給の面から制圧するのは難しい。

 ならば先に我らに滅ぼさせてから、油断させたうえでその周辺一帯を奪う。それが“くうす国”の本当の狙いだとすれば……。


 いや、だがその時は我ら“でゆえん国”と“とんかい国”を敵に回した状態。前より状況は悪化しているはずだから、そんな愚かな手を打つとは限らない。

 では何か、他に目的があるというのか?


 分からない。

 分からないなら、調べるしかない。


 おそらくこれを上層部に話を持って行っても無意味だろう。

 今もなお、“ほるぶ国”を滅ぼした戦勝に酔っているのだろうから。


 仕方ない。


千代女ちよめ、千代女はいるか?」


 執務室の私の机にある鈴を鳴らす。

 これは千代女が置いて行ったもので、


『用がある時はこれを鳴らして。そうしたらここに来て――あげるかどうかを考えるから』


 くっ、あいつはどこまで私を舐め腐るのか。何がお屋形様だ、源氏だ!


 扉が叩かれた。

 ふむ、一応はやる気はあるらしい。


「入ってくれ」


 入って来たのはだが千代女ではなかった。


「申し訳ありません。頭領は今、外出しております」


 入って来たのは千代女の部下らしい妙齢の女性。この世界の人間らしく、赤みがかった髪で鼻が高い。ただ彼女も千代女と同じく、上は白、下は赤の巫女装束で身を包んでいた。

 しかも千代女以上に発育した胸部が、はちきれそうになっているのが目に毒だ。こほん。いや、私はそういうのはないからな。妻一筋だからな!


「そうか。戻りは?」


「分かりません。『ちょっと出かけるからあとよろしく。あ、あのヘーケの落ち武者がなんか言ってたら適当に無視といいて』だそうで」


「完っ全に喧嘩売ってるね!? いや、私は落ち武者じゃないからね! 違うからね! てか真似うまいなぁ! むかつくことに!!」


「ありがとうございます、これも頭領のご指導のたまものです」


「いや、褒めてないから」


 はぁ。しかし、これは痛いな。“くうす国”の動きが気になるというのに、あいつは一体どこで何を……。


「あ、それとこちらも頭領から伝言で。『西にかけずりまわって東のヤシマを奪われるとか、二度としないで。ちゃんと学んで?』とのことです」


「西? ヤシマ? 屋島やしま? どういう……うっ、頭が……範頼のりより……いや、義経よしつねぇ!!」


 くそ、あいつは本当に私の心を乱すのが好きなようだ。いや、乱れていない。私は大丈夫。なんてったって平家の総大将だからね。『入道相国にゅうどうしょうこくの最愛なる息子』だからね。


「分かった。それで、あいつは今、どこにいるんだ?」


「はぁ、それは私にはわかりかねます」


 そういうことはちゃんと報告、連絡、相談が重要だろうに。何を勝手に動き回っているのだ、あいつは。

 まぁいい。“ほるぶ国”を手に入れたことで、我が国はより強くなった。そう、特に水軍が。


 海の戦こそ我らが平家の戦。

 たとえ“くうす国”が何をたくらもうと、海戦で負ける私ではない。


 うむ、そうなれば今は西だな。

 なんといってもやはり船。造船に力を入れることこそ、我が国が最強を名乗り出る格好の好機!


 ふふふ、甲斐などという山国にないこの圧倒的な海軍力で、あの生意気な巫女をぎゃふんと言わせてやるぞ。


 ふと、視線を感じた。

 まだ千代女の部下が残っていた。そうか、一応私が呼んだ以上、私が命令しないと出て行かないのか。ふん、部下の教育だけはしっかりしている。


「分かった。あいつが戻ったら教えてくれ。もういいぞ」


「はい。それでは失礼します」


 と、千代女の部下が頭を下げて退室しようとした時。


「あ、最後に頭領から伝えるようにと」


「ん、なんだ。まだあるのか。どうせまたくだらないことで私を怒らせようというのだろう。まぁいい。話してみよ。何を言われようが今の私には余裕があるからな」


「はっ、では。『そういえば東の連中が何やら画策しているみたいって、“くさ”から連絡があった。あ、“草”ってのは他国に侵入させた間者かんじゃ(スパイ)のことだからね。忘れやすいトモモリにはもう一度言っておいて。ということでちょっとつついてくる。多分、荒事になりそうだからサブロー(山県昌景)ちゃんには出撃準備してもらってるけど、ヘーケの総大将にはまぁ特に期待しないので。適当に頑張ってもらえば?』だそうです」


「そういうことは早く言え!!!」


 ええい、なんであいつらは自由なんだ。こんなこと、私が指揮を執っていたころはありえない。

 しかし、東だと。“うぇるず国”と“いいす国”か。

 先月の騒乱に対する報復か? いや、ここまでたどり着く糸はない。ならば先手を打たれたか? あるいはそれ以外の何か。分からん。


 しかし、もうこうなったら奴らの行動すらも奇貨きか(チャンス)とさせてもらおう。

 我らが“でゆえん国”の太守様は、次は北か東に領土を広げたいと言っていた。どこを攻めるにしても、半年は新領地を含めて兵を休ませるべきだが、そうも言ってられない。

 東が混乱しているのは確かなのだ。


 頭の中で試算する。

 北と南に対する兵数。新領地を統治する兵数。そして東へ出兵する兵数。

 それからその兵数に見合った金と糧食りょうしょく、そして武器。


 さらに敵情。“うえるず国”にろくな将はいない。北の“のする国”も同様だ。

 問題は“いいす国”。かの“きずばあるの英雄”と言われた『田平たひら』という者は、今は南の抑えにかかり切りとは報告を受けている。

 あの国の大将軍は飾りだというし、あとは例の“とんと国”の強襲を退けた将、確か『暮得留くれえる』という名前だったか。

 気を付けるのはそれくらいか。


 ならば私の知略と、昌景まさかげの武力、そして千代女の諜報力があればその3国を平らげることは不可能ではない。


 そう、よほど想定外の事項がなければ。

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