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第120話 舌戦開幕

「ん? 俺様に話……はっ、いや、ちょっと待つんだイリスちゃん。……よし、オッケー。いつでもプロポーズは受け付けるよ!」


 急に前髪をいじりだして(結果さして変わってない)、真面目な表情で見当違いのことを言い始めたパリピ。

 どうしてそこまで自分の都合のいいように考えられるのだろうか。一度、脳内を見てみたい。いややっぱ見たくない。


「お話というのはそれではありません。このパーティのことです」


「ん? あ、そっか。やっぱりイリスちゃんも足りないと思ったか。やっぱパーティを盛り上げる大合唱団と余興がないな。よし、サーカスが来てるから彼らを――」


「このパーティに、どれだけお金が使われているか、ご存じですか?」


 まだこれ以上に金をかけようというのか。本気で破産するぞ、この国。


「ん? まぁ1千万くらいじゃね?」


 それがどうした? と言わんばかりの太守に静かに殺意が沸く。

 いや、それはまずい。落ち着け、僕。


「そのお金が、どこから来ているのかご存じですか?」


「そりゃ国の保管庫だよ。あ、分かったぞイリスちゃん。君ならもっと素敵なパーティを開けるって――」


「国民の血税です」


「?」


 あ、ダメだ。本気で分かってない。

 国民がどれだけ汗水たらして、血の涙を流して稼いだお金なのか。


 たとえば同じパーティでも、この迎賓館本来の使い道である他国との友好を深める場面ならまだ許せる。それによって国民に利益が、間接的とはいえ返ってくるのだから。


 だがこのパーティは、ただ単にこの太守が、そして彼にすり寄るダニ虫どもが、一時の快楽を得んがために開かれたもの。

 国民に還元などありえるはずもなく、ただただ己の私利私欲を満たすためだけの何ら生産性のない行事。


 本当、どうして上の連中はいつの時代もこうやって血税の使い道を誤るのか。真剣に腹が立つ。

 前の世界ではそれをただすことなんて夢のまた夢でしかなかった。いくら選挙だどうの言っても、トップに立つ人が変わるだけで、やることは決して変わりはしないのだから。


 けど、今の僕は違う。

 それを直接変えられる立場に(まだ本格的にいるわけではないが)いる。殴ってでも辞めさせられる立ち位置にいる。


 だから――


「太守、お願いがあります。今後、このようなパーティは数を減らしていただきたい。その代わり、我々グーシィン家が責任を持って、より太守が楽しめるよう取り計らい――」


「あらぁん、私より安く豪華に会を開くことができるんですって?」


 その時、だ。

 僕の言葉を遮るようにして来たのは、静かで透き通るように響く音楽的な声。

 そして何よりも刺すような、いや殺すようなほど激烈な殺気。


 どうやらあちらから来てくれたらしい。


 小さく深呼吸。大丈夫。乱れはない。


 振り返る。

 そこには僕らと同じバニー姿のネイコゥがいた。

 いや、同じというと語弊が立つ。抜群の美貌とはいえ、まだまだ成長途中の僕らと異なり、あちらは完全に成熟しきった肢体したいに身を包んだそれは、完璧と言って申し分ないプロポーション。8頭身の細く引き締まった体に、豊満なバスト。握れば折れそうなほどすらっとした脚部。頭身を上げる最大の功労者である顔も、太守より二回りは小さいだろう。

 その中にある切れ長の瞳から怪しく光る眼光が、間違いなく僕を捕えている。


「うふふ、初めまして……では、ありませんね。二度ほどお会いになったかと」


 初対面は通りすがりの一瞬だし、2回目は数百人の中の1人でしかなかったはず。

 なのに僕のことを覚えているのか。


「商人ですので。お客様のお顔を覚えることは、第一のルールと存じ上げます」


「そうですか。では改めて。グーシィン家の次女、イリス・グーシィンと申します。今後ともごひいきに、ネイコゥさん」


「あら、私のことをご存じですの?」


「何をまた。2回目にお会いした時に名乗ったじゃありませんか」


 本当はその前からだけど、無理に手札をさらす必要ももない。

 彼女のことを探っていることなんて、なおさらだ。


「たかが司会進行の私の名前を憶えてくださるとは。素晴らしい記憶をお持ちですね」


『なんで私の名前を記憶しているのか、わけを言ってもらえますか?』


 さわやかな笑みと共に口から出る言葉とは別に、彼女の本心とも言うべきか、棘のある言い方の言葉が副音声として脳内に流れ込んでくる。

 いや、もちろんそれは比喩であって、実際はそんな声はしなかったのだけれど、ネイコゥの目が、口が、存在が、魂がそう言っているのだとひしひしと伝わってくる。


 なるほど、そういう人間か。

 より一層気を引き締めて、頭で言葉を組み立てながら口を開く。


「いやいや、ネイコゥというのも珍しい名前ですし。それに……実はちょっと見惚れてしまいまして。あなたのその声、そして完璧なスタイルに」


「あらあら。これはお上手ですね。同性からとはいえ、褒められるのは嬉しい限りです。でもそちらのお姿も素晴らしいものでしてよ。先日のお姿と同じく」


「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえるなんて光栄です」


 完全に腹の探り合いだ。

 相手もおそらく僕のやりたいことは分かっているのだろう。

 さっき太守に進言したことは聞かれているのだ。ネイコゥから太守への繋がりを断ち、財政を健全化させる。

 あるいは。父さんやヨルス兄さんがネイコゥを調べているというのは、すでにこの相手には知れ渡っているのかもしれない。そのうえで同族である僕を警戒して近づいてきた。あの話題を遮るベストタイミングを考えると、そんな突拍子もない想像も真実のように思えてならない。


「それにしても素晴らしい美貌ですね。もしかして他国の血が混じっているのではないですか? 北とか、西とか」


『どこから来た、どこの間者スパイだ?」


 そう聞いてみる。


「いえ、それが私はみなしごでして。家族もなにもない状況から、運よく商家に拾われただけのこと。自分のことはよく分かっておりません」


『そんなこと言うわけないじゃないの。少しはその足りない頭で考えてみたらどう? できない? じゃあそうね、こんな物語りはどうかしら?』


「それはお気の毒に。てっきり混血なのかと思いました。それにしてもこのようなパーティを開催するのは骨が折れましょう? しかもかなり安価で仕入れているとか。儲けなど微々たるものになってしまうのでは?」


『しらじらしい嘘をつくんじゃない。何が目的だ?』


「いえいえ。私どもはただ単にお客様の笑顔が報酬でございます。これまでの取引で、多少はたくわえがございますので、大のお得意様でありますイース国太守様には、格安価格で提供させてもらっていただいております」


『残念でした。そう簡単にボロを出すものですか。さぁ、次はどうします?』


 というわけで副音声つきでお送りさせていただきました。

 いや、それにしてもなかなか手ごわい。


「なるほど、では是非にごひいきにさせてもらいたいものですが。あいにく、最近は鉱山からの採掘も先細りでして。これから我々も含めて倹約に務めなければという状況なのですよ。可能なら相応に値引きいただきたいんですが、いかがでしょうか?」


『お前に出す金は金輪際ないんだよ。あるいはタダ同然のカス値だったら買ってやらなくもないけど?』


「あらそれはお気の毒に。ですが私も商人です。少しは勉強させていただきますが、儲けの出ない商売はできないのですよ。他国との付き合いを優先させていただく可能性も検討しないといけませんね」


『そんなデマを誰が信じますか。いいですのよ? 売れなくなれば別のところに売るだけですし。それが嫌ならあるだけ出しなさい。私が“買い殺して”あげます』


 ちっ。さすがにそうなるか。

 今この場では売り手有利の市場になっている。凱旋祭の前日に揉めていた菓子職人の人たちと僕らは今、同じ状況に立っているのだ。

 まぁ無理して買う必要がない分、気持ちは楽だけど。


「話弾んでるけど、イリスちゃんとネイコゥのダブルバニー。やべぇな」


 一応シリアスな場面だから、ちょっと外野は黙っててくれないかな!


「うふふ、太守様のためにとびっきりのものを用意しましたから」


「うほほ! とびっきり!?」


「ええ、彼女にも負けず劣らずのとびっきりをたっくさん用意しました。それも、太守様に従順で素直な子たちを。お子様にはできないとっくべつなサービスもありますわ。それなりのチップは必要ですが」


『こんな貧相な小娘なんか相手にせず、私の手駒に悩殺されなさい? ええ、お金をバンバンばらまいて』


 なんか嫌な副音声が聞こえたぞ。

 というか、こうやって金を絞り出しているのか。


 すっかり虜になってしまった太守と共に別室へとついていくネイコゥ。

 もちろん僕の声など届くはずもなく、それを黙って見送るしかない。ここのラウンドは完敗だ。


 けど収穫はあった。

 あの女は敵だ。そう確信できた。恥ずかしい思いをして来てよかった。このことは兄さんに話しておこう。


 さて、もう用は済んだし帰るか。

 っと、カタリアとラスはどうしたんだろうか。確か爺さんを追いかけてったけど。


「うふ、うふふふ。ついに捕まえましたわ! このわたくしを辱めた罪、今ここに晴らさせてもらいますわ!」


「この目かな、イリスちゃんを視姦したのは? ちっちゃいおめめ。ぷちゅっと潰してあげようか?」


「うわーい、カタリアちゃんとラスちゃんのおっしおきー! でも、痛くしないでね?」


 ……よし、先に帰ろう。僕は何も見なかった。

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