第119話 パリピの集い
この世界に複数の国というものがある以上、そこには外交というものがあり、外交上、他国の偉い人間がやってくることは往々にしてある。
そういった時に、玄関口がみすぼらしければ歓迎する意志もなく、それすらもできない貧しい国だと舐められる。それがイース国みたいな、格式のある国であるならばなおさら。
たとえば背の高い荘厳な豪邸。格式ばった豪奢な装飾品に、シャンデリアみたいなものもあるわけで、出される食事や飲み物に、それを給仕するスタッフや警備、音楽隊やダンスといった芸術においても質を求められる。
そんな荘厳と豪華の入り混じった空間。
そう、外交の玄関口。迎賓館だ。
曇り1つない白を基調とした壁に金をあしらえた大ホールに、数多の純白のテーブルクロスに置かれたキラキラと光るお皿には色とりどりの料理が乗せられている。
だがここはクラシックな旋律に耳を傾けながら料理に舌づつみを打ち、ワインを片手に談笑するような気取った上級階級の人たちの社交場ではない。
「というわけでじゃんじゃんバリバリ楽しんでいきまっしょー! いぇー!」
それが今やパリピの巣窟になっていた。
この日のために、最高級の食材と最高級のシェフによる最高級の料理や、年代物のワインやシャンパンもあるわけだったが。
「うめっ、やべー、これ超うめーじゃん。何かわかんねけど」「あっはっは! なにこれ、美味しくってどんどんお酒進むんだけど。あ、こぼしちゃった。ま、いっか」
……はぁ。これだから金持ちのボンボンは。
今、お前らが食べているものがどれだけ価値あるものなのか、人々の血税で賄われたものなのか。1人ずつ問い詰めて説教してやりたい。
頭を抱えたくなるほどの騒音に、さらなる頭を抱えたくなる現実が僕の前に立ちはだかっていた。
というのも――
「いぇーい、バニーのおねーさん。楽しんでるー?」
ぞわっと寒気がした。
声と同時に、臀部――というかおしりを撫でまわすおぞましい感覚が全身を支配する。
首だけで振り向けば、赤ら顔の明らかな酔っ払いの陽キャの兄ちゃん。
こいつが……イリスの何を触ったのか。
そう思うと自然に手が出た。
もちろん殴るとか暴力的なことはしない。ただイリスの体に触れている相手の手をつかむと、そのまま力任せにひねりあげた。
「お客様。ここではそういったことはおやめください、ね!」
「いで、いででで! 折れる! 折れる!」
悲鳴をあげた男は、恐ろしいものを見るかのように僕から視線を外すとほうほうのていで逃げ出した。
はぁ、なんで僕がこんな目に。
いや、僕があんなやつとの賭けをして負けたのがいけないんだけど。
そう、今はこの陽キャどもの集まるパーティ会場に、僕は来ている。
例の賭けの一件で、バニー姿で。
正直、制服なんかとは比べようのないほどの女装なのだけど、これがまたイリスの健康的な四肢によく似合う。
ちょっと胸が足りないように思えるが、それも腰のくびれと足の細さがスタイルの良さをしっかりと演出していた。
鏡の前でこの姿を見た時、自分の体にもかかわらず少し胸がきゅんときた。
これが自萌えってやつか……。おそるべし、バニーの破壊力。
本当はまったくもって来たくも、そして着たくもなかったんだけど、まぁ少しくらいは……と思わないでもない。
ヨルス兄さんとのネイコゥとやらを調べる約束もあるし、何よりここに来た最大の目的は――
「イリス・グーシィン」
聞き覚えのある声。
そちらを見ると……ああ……素晴らしい!
2人のウサギがこちらを向いて立っていた。
もちろん小動物のウサギが僕を呼ぶはずもなく、
「こ、これで合ってるのでしょうね。いいのかしら、このような、肌を見せるなど……」
着慣れない(いや誰だってそうか)バニー姿で恥じらいを見せるカタリア・グーシィンは、いつもの尊大な雰囲気はどこへやら。両手を抱くようにして体を縮こまらせている。
その圧迫により、自らの胸部を強調しているのだが、本人には無自覚のその行動が、その美を際立たせている。
何より彼女もそれなりに鍛えているのか、腰つきもよく、何より足の曲線美が網タイツに包まれより際立っていた。
「イ、イリスちゃん……ぶふっ、尊い……!」
女の子らしかぬ擬音を口にして鼻を押さえているのは、ラス・ハロール。
こっちはもはや隠そうともしない、ふくよかな胸部がこぼれだしそうになっている。意外と着やせしてたんだなぁ。
あぁ、眼福。
そんな2人を前にして、幸福感が胸に満ちていく。もうここに来た目的の半分は達した。うん? なんてことを考えるんだって? 仕方ないだろ。男なんてそんなものだ。というかそう思うんだから僕はまだ男。うん、そう。まだ身も心も女子になっていないという確認のためにここに来たんだ。わざわざ自分も同じ格好をして。身を切らせて骨を断つってやつだ。やましいことなんて1つもないぞ?
「カタリア、十分に似合ってる。素晴らしい出来だよ」
「そ、そうかしら? に、似合ってる……似合ってる……」
ちょっと褒めてみただけで、何やら陶酔したように明後日の方向を見てしまった。
お嬢様の心の中はよく分からんな。
「ラスも可愛いよ」
「ふぇ!? ほ、ほんと!? わひゃ、わひゃひゃ! イ、イリスちゃんも……そ、その! き、きれ……きれ……」
うーん、ラスはもうダメかもしれない。
こないだも理事長室を盗聴してたみたいだし。あぁ、最初の清楚な女の子像がどんどん崩れて行くなぁ。
さて、芸術の神たるミューズの美(?)も堪能したわけだし、そろそろ本題の太守様にお目通りをしたいところだけど……。
「うわ、マジやべ。ちょっと君、マジかわいくね?」
「ねーねー、少女たちー、俺たちとイイ感じに騒がない?」
はい、パリピ2名追加でーす。
美しい白鳥が織りなす景色に、馬糞が転がり込んできたような不快感だ。
まぁバニーガールが3人集まってれば目立つわな。
「いや、ここだけの話だけどさぁ。俺っちの親父、この国の偉い感じなんだよね。だから? 太守様と仲良しっていうか、ダチマブってやつ?」
「そーそー、だから俺たちと仲良くしてくと、マジいいよ。もしかしたら将来の大臣様のお嫁さんかも!」
うざい。正直うざい。
こういうのって大概、家柄自慢で本人は特に何もできないやつってのが定番だ。おそらく間違いなくそのたぐいだ。
というか国のトップ2の娘2人に向かってよくそんなセリフが吐けるなと思う。
いや、別に僕が家柄自慢しているわけじゃなく。
ただ、こっちこそそういうのが激しいお人もいるわけだし。これはカタリアが火を噴くか?
そう思って盗み見てみたが、
「似合ってる……」
あぁ、まだ駄目だ。
こういう家柄メインの輩はカタリアがていよく追い払ってくれると思ったんだけど。
やれやれ。こうなったら僕の方で適当にあしらうしかないか。
そう思って口を開こうとした時、別の方向から反撃が来た。
「イリスちゃんはね! あんたたちみたいな凡人と結婚しないの!」
ラスだ。
「え!? え!?」
「あんたたちみたいな冴えない頭悪そうな感じの人には、イリスちゃんはあげません!」
あげませんって……ラスは僕の何なのさ?
というか言うことが過激。そんなことを言うと……。
「ちょっち、かちーんと来ちゃったんだけど?」
「あー、やべーよ。こいつきれちゃうよ。きれちゃったら、女でも容赦しねぇから」
まずいな。これ以上はのっぴきならない状況になってしまう。
なんか暴走しているラスを止めないと。
「えっと、ちょっと待とうか、お二人さん。それとラスも」
「あ? てめぇもやんのか? あ?」
「やべーやべー、謝るなら今のうちだぜ」
「誰が謝るもんですか! イリスちゃんはね! 永遠の女の子なの! だから誰とも結婚しないの! そして処女受胎するの!」
ちょっとラス、黙っておこうか! なんかいろいろアウト気味な発言だし!
けどこんなところで暴れることになれば、さすがにマズい。
ここにいられなくなるだけじゃなく、傷害とかそういった事件に発展する。ラスは怒らせると怖いんだぞ!
「そうそう、やめといた方がいいと思うなー俺様も。さすがに君たちでも、捕吏の長官の娘に手を出したらどうなるか、分かってるよね?」
と、割って入る人物がいた。
いつの間にか後ろに立っていた、この国の最高責任者テベリスだ。手にはお酒らしきものが入ったグラスを持ち、それをくいっと飲み下す。
「テ、テベリス様!?」
「え、捕吏長官の娘って……ええ!?」
パリピ2人が目を見開き、顔が次第に引きつっていく。
「あ、それとこっちの2人はそれぞれインジュイン家とグーシィン家の令嬢」
「は、はぁぁぁぁぁ!?」
「な……なんでそんな人がこんな格好を……」
いや、それはまったくもって正当な疑問だよ。
「へっへ、この子たちはね罰ゲーム中なんだよなぁ」
「うわ、そんな人をバニー姿にしちゃうとか、テベリス様、マジぱねぇ」
「やべーわ。さすが太守様、しびれるぅ」
「だべ? というわけで、ちょっと彼女たちに用があるから外してくれるー?」
有無を言わさずパリピ2人を追い払った太守様。
いったい何を考えてる。
「うわー、てかマジやっべ。3人とも似合いすぎ! 写真撮ろうぜ、写真!」
いや、何も考えてなさそうだった。
「あ、太守様。いつの間に?」
カタリアがどうやら正気に戻ったようで何よりだ。
「ふっふ。イリスちゃんがちゃんとバニーしてるかなって確認しにきたんだよ」
「ふん、そりゃ一応負けたのは僕だし。きちんとやりますよ」
「うーん、その感じ。固いなぁ。もっとアゲてかない? ほら、うぇーい」
この陽キャパリピめ。それができたら苦労はしないわ。
はぁやれやれ。
とりあえず目的の半分は果たしたから、あとはネイコゥのことだけ聞いてさっさと帰ろう。
「太守様、1つお聞きしたいことがあるんですけど」
「ん、ちょっと待ってじいちゃんがさ」
「爺さん?」
そういえばどこにいるんだ?
あれだけこのことに心を砕いていた奴が。いや、いないならいないでありがたいんだけど――殺気!
「きゃああ!」
「や、やだ!」
悲鳴。カタリアにラス!
「ふっほほーい! カタリアちゃんとラスちゃんのバニーじゃぞい!」
あぁ……いたよ。
カタリアとラスを交互に行き来しながら、行き過ぎたスキンシップを取るセクハラ大魔神が登場した。
そしてその殺気(?)は当然こちらにも向く。
「やっほー、イリスちゃんのバニーじゃあ!」
カタリアの頭を蹴ってこちらに跳んでくる理事長の爺さん。
だが見え透いた奇襲など、強襲以外の何ものでもない。叩き落してやる。
「甘いのぅ」
「なに!?」
ぞくっとした。平手打ちで叩き落したと思った爺さんは、僕の腕の力を利用して強引に着地。
そのままふくらはぎに抱き着かれた。
「気色、悪い!!」
反射的に蹴り上げていた。力もセーブせずに。
しまった、やりすぎた。
いくらなんでも爺さんは一般人で高齢だ。軍神の力で思い切り蹴飛ばして無事なわけが……。
「うひょぉぉぉ」
「え?」
くるくると飛んだ爺さんは、大ホールの天井にあるシャンデリアの端を掴むと、そのまま勢いを殺してシャンデリアに着地。
「危ないのぅ。危うく死ぬところじゃったぞい。けど、イリスちゃんのあんよが気持ち良いんじゃあ」
妖怪爺め。手加減どころか本気で壁に叩きつければよかった。
だが僕以上に収まらないのが他の2人だ。
「このわたくしに破廉恥な、そして足蹴にするなど……万死に値します!」
「ラスはイリスちゃんだけのものなのに!」
「おおおお、バニーちゃんにこんなに求められるとは……わし、もう死んじゃう!」
「亡くならせてあげますから、さっさと降りてきなさい!」
「お、なんか余興か?」
「わはは、いーぞー、頑張れお爺ちゃん!」
なんというか、カオスというか、平和というか。
いや、これは好機。ネイコゥのことを太守に1対1で問いただすチャンスだ。
「太守様、お聞きしたいことがあります」
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