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第117話 宴会

「それじゃあ乾杯だぁ、野郎どもぉ!!」


「うぉぉぉぉぉ!!」


 ゴーンおじさんの完敗の音頭に、負けじと鉱夫たちが叫びかえす。

 そしてところどころでジョッキ同士が打ち合う音が響き、その後はもう阿鼻叫喚だった。


 ここは中央棟にある大食堂。

 数百名のマッチョな男女が酒を飲み、肉を食らい、馬鹿笑いする。


 大学のサークル飲みというべきか。

 陽キャの集まりというオーラを振りまくこの空間は、大の苦手分野だった。


「ジョン・ミシル! 一気、いきまぁす!」


「うぉら! そんな爪の先みてぇな小瓶で調子乗んな! 男なら、これだろうが!」


「あ? だったら勝負だ、この野郎!」


「あはは! あたいもやる!」


「上等だ! どいつもこいつもかかってこい!」


 ……地獄だった。

 この体じゃ酒も飲めないし。ボクはそもそもちびちびやるのがいいのだ。


 とはいえ逃げることも、隅でちびちびやることもできない。

 というのも――


「いやー! しかし、グーシィンのお嬢さんは偉い!」


「おう! 俺はもう、感動したね! 誰もがしり込みする中、突っ走ってくんだからな!」


「ああ、そうさ。そこらの役立たずの男連中とは肝っ玉が違うよ! ほら、お姉さんのお酒、飲むかい?」


「は、はぁ……」


 一応、お客として来ていて、そしてまがいなりにも事故から人を救った僕は、この宴会の中心になっていて逃げる暇もなく、マッチョ軍団に囲まれてしまっていた。

 正直、見知らぬ人にここまで持ち上げられるのは、こそばゆいを通り越してひどく居心地が悪い。お酒も飲めないし。


 とはいえ、一応ここには味方もいて。


「おめぇら、そろそろイリスちゃんを解放してやれや。困ってるだろうが」


 ゴーンおじさんが戻ってきて、僕の周囲にいる連中を追い払ってくれた。助かった。


 ただ、そのおじさんもおじさんで、僕の横に座ると持っていたジョッキを置くや、あぐらをかいたまま頭を下げてきた。


「すまなかった。いや、ありがとう。あいつらを救ってくれて。本当に心から感謝している」


「い、いえ! その、頭をあげてください。なんというか、運が良かったというか」


 さすがにスキルのことは話せないから濁したけど、こうも大の大人に頭を下げられると困る。


「だがイリスちゃんよ。お前はやっちゃいけねぇことをしたんだ。お前さんはまだ子供だ。真っ先に突っ込むより、もっと周りの大人を信用しな」


 ただ、直後にはそう真顔で言われた。

 その時のおじさんは、これまで見てきたどの大人よりも、大人をしているような気がした。

 300人以上の人間の生活を背負う大人の男というか。覚悟と責任を抱えて生きる、その意志が見えて、どこかの会社の社長とは違う。そう感じた。


「あらあら、お父様。そんなことを言ってイリスちゃんを困らせちゃダメですよ」


 と、今まで台所にいたミリエラさんがやってきた。

 このまったくそぐわない場でも相変わらずのメイド服だ。


「ミリエラちゃん! 嘘だよぉ、すごい偉かったよぉ、けどやっぱりこういうことは言っておかないと? ね? だから嫌いにならないで?」


「ええ、お父様。私がお父様を嫌いになんてなるわけないじゃないですか。お小遣いがもらえたら、もう少し好きになれますわ」


「よし! こうなったら、ほら受け取れぇ!」


 これさえなければなぁ……ん?

 ふと、匂いを感じた。

 悪い匂いではない。懐かしい匂い。


 この鼻孔びこうに漂う懐かしく芳醇ほうじゅんな香り。体じゃなく心が満たされるような、そんな香ばしい匂い。


「ほらほら、あんたたち! 飲んでばっかいないでこっちも食いな!」


 ミリエラさんとおばさんたちが運んできたのは、大きな米びつ。そう、米びつ。

 ドカッと、目の前にも1つ置かれる。大きな木桶に入っているのは、真っ白に光り輝く白米。


「お、おおおおお!」


 二度と見ることもないだろう。

 いつかそう思った米に、思わずうなってしまった。


「いよ! 待ってました!」「やっぱ米だな! これがないと締まらねぇ!」「いっただっきまーす!」


 鉱夫たちが米びつに群がる。

 そんな光景を夢のように見ている自分がいた。


「はい、イリスさん」


 と、目の前に米の香り。

 見ればミリエラさんが僕のお皿(茶碗がないのが残念だ)にお米を寄せてくれた。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、どうぞ」


 スプーンで一口。うん、米だ。しかもタイ米とかじゃない。日本産、とまではいかないが、それでも十分すぎるほどに米だ。


「ん、おいおいイリスちゃん! どうした!?」


 ゴーンおじさんが戸惑ったようにしている。ふと感じたのは水分。

 目から流れ落ちたそれは、頬を濡らしていた。


「お父様……イリスさんを泣かしましたね?」


「ち、違うぞ! 何もしていない! 無実だ!」


「…………本当?」


「ごめんなさい、ちょっと感激して」


 ミリエラさんが黙ってメイド服のポケットからナイフを取り出したので、慌てて両者の間に入る。

 危ない。あやうく勘違いで血を見るところだった。というかミリエラさん、怖いよ。


「これ、お米はどうして?」


「ん? ああ、これか。まぁ珍しいよな。こりゃ北だよ。北から流れてきてるのを買ってるんだ。鉱夫は力仕事だからよ。米を食わないと力がでねぇ」


 なるほど。炭水化物にタンパク質があり、消化吸収力もいいからこういった力仕事にはもってこいなのは間違いない。

 しかし、こんなところで米が食べれるとは。思ってもみなかった幸運に、僕の日本人のDNAも感激している。


 それにしても北か……。北に米があったのか。この世界もまだまだ知らないことばかりだ。


 と、肩をバンバン叩かれた。見ればおばさんだ。


「泣くほど美味しいってかい! いいさいいさ、どんどん食いね!」


「ご、ごほっ! は、はい」


「ミリエラ、あんたももう他家の人間だよ。今日はもういいから、あんたも食べなさい」


「ありがとうございます、お母さま」


「ん……ほら、あんたらもどんどん食べな! 明日もまた仕事だよ!」


 おばさんがそう豪快に叫びながら、のしのしと宴会場を闊歩かっぽする。

 その行く先々で米を押し付けてはまた厨房に入っていく。すごい人だ。


 それからしばらくの間、周囲の喧騒をよそに、お米に舌鼓したつづみを打ち、頭の中では流通経路の確保の構想を練ることに終始していた。


 左隣ではゴーンおじさんが鉱夫たちと騒ぎ、反対では――


「ミリエラさぁん! どうっすかー! もうこっちに住みませんか? いや、住みましょう!」


「そうですよ! お嬢がいないと、もう女っ気のない職場はいやだぁ!」


「あぁ? そりゃあたいらが女じゃねぇっていいたいのか!?」


「ったりめぇよ! そんな岩盤みたいな胸、誰がありがたがんだよ! いいか? お嬢みたいなのを女っていうんであって、お前らみたいなのは鉱物なんだよ! 採掘して出荷してやろうか?」


「はぁ!? てめぇらこそ力しかねぇくせに、ぎゃーぎゃー騒ぎやがって! どうせそっちの方も硬いだけで何の役にも立たない、役立たずだろうが!」


 聞くに堪えない言い争いだ。

 その中央にいるミリエラさんは、ニコニコと笑みを崩さないのはさすがというべきだったが、内心困っているだろうな。

 そう思ったが、彼女の口が開いた途端にその認識が間違っていたことを知った。


「ほらほら、喧嘩はいけませんよ。いい加減にしないと、その『ピー』を斬り落として『ピー』を『ピー』にしてさしあげますわ、このクソ野郎ども」


 え……。今なんて言った?

 いや、言った言葉は聞いた通りだとして。それを誰がいったんだ?


「そっちのも。それ以上下品なことを言うと、口を縫い付けて吊るしますよ?」


「す、すみませんでしたぁ!」「ごめんなさい、お嬢!」


 泣きださんばかりに平伏した2人を、ころころとした笑みを見せて眺めるミリエラさん。

 そして僕の視線に気づいたのか、ミリエラさんはこちらを一瞬見ると、


「あら、私ったらはしたない。今見たことは忘れてください、ね、イリスさん?」


「は、はい! 分かりました、お嬢様!」


 背筋を伸ばして敬礼していた。なんて迫力だ。小松姫との一騎討ち並みに背筋が凍ったぞ。


 なんて一幕もあり、うるさくて苦手で辟易へきえきとした中で感動の出会いとかがあった宴会の時間も宴もたけなわとなった頃合いで。


「そういや、話があるんだっけな。イリスちゃん」


 ところどころで酔いつぶれている人たちがいて、僕の周囲もようやく落ち着いて静かになってきたころ。

 真っ赤な顔をしたゴーンおじさんが、こちらを向いてそう口にした。

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