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第116話 崩落の地にて

 視界を遮る土煙。目を開けるなんてとんでもない。けど走る。

 方向は分かってるし、障害物はなんとなく分かった。


 だからそのままトンネルの入り口に入った。

 ほぼ灯りのない真っ暗な坑道。それでも中を進めたのは、回収し忘れたのだろうランプがそこらに転がっているから。

 それにしても狭い。

 小柄な今の僕が立って、頭1つ分のスペースがあるくらいだ。

 僕より身長が高く、大柄な鉱夫さんたちには窮屈だろう。


 そして5分ほど歩いた先だ。

 土煙はもうなく、立ちふさがるのは目の前を塞ぐ巨大な岩。


「ふぅ……さて」


 どうする。いや、やることは1つだけ。選ぶのは、武器。

 ツルハシは、確かに無理だ。想像以上の大きさ。おそらく厚みも相当だろう。


 なら、と長さ2メートルほどの鉄骨を取り、それを棒のように構える。

 目の前には分厚い岩盤。それを穿うがつ。そのための鉄骨だ。


 考えてみればおかしな話だ。

 今の――いや、昔も僕はただの非力。

 スキルはあれど、『軍神』は対人戦に効果を発揮するはずのもの。無機物に対し、有効なのかは知らない。


 けど。

 それでも。


 もし自分に力があるのなら。救える力があるのなら。

 かつて、会社に力を尽くした自分のように。

 それを行使しないで黙って見ていられるほど、器用な人間じゃない。


 だから――


「そこで何をしている! 早く戻れ!」


 背後から声。ゴーンおじさんだ。


 その声と共に鉄骨を突き出した。

 金属同士がぶつかるような、甲高い音が響く。


 割れない。構わない。割れるまで、同じことをやるだけだ。


「よせ! 下手するとここら一帯が崩落するぞ!!」


 構うものか。その時はその時。

 崩落した岩を砕いて脱出して見せる!


 そもそも、軍神がなんだ。

 軍の神。すなわち戦いの神。

 といっても神を宿したところで、この人間の世には調伏ちょうぶくする魔も悪神もいない。

 結果として倒すのは人間だ。


 つまり大層なこと言っても、ただの人殺し以上のものにはならない。


 そんなこと言ったら罰当たりになるだろう。

 けど、そうだとするなら。あまりにも悲しすぎる。

 ただ戦い、ただ殺し、ただ滅す。


 そこに救いはない。敵だけじゃなく、周囲だけじゃなく、その本人すらも。


 だから救う。

 目の前にあること。そこから始めれば、あるいは。

 違ったものも見えてくるのではないだろうか。


 手がしびれている。構わない。

 滑った。見れば手が濡れている。汗か。いや、違う。その液体がどこから来たのか。考えないようにした。


「軍だ戦だ関係ない。神だというなら……人を救ってみせろ!」


 叫ぶ。

 そして突き出す。


 ひと際甲高い音。それが岩盤の断末魔の叫びのようで、次の瞬間、その一部がボロボロと崩れ始める。


「くっ! ええいやるしかない!」


 ゴーンおじさんが意を決したように、僕の横に立ち、拾ったツルハシで僕の開けた穴を広げ始める。


 そして――


「だ、誰か!」


 中から、声が聞こえた。

 つまり空気が通った。

 もう少しだ。


「グラッツだな! そこに5人いるか!?」


「親方!? は、はい! 全員います……が、レウのやつが怪我して……」


「分かった!」


「穴を開けるから、その間に出てください!」


「その声……誰だ。いや、分かった。助かった!」


 それからもう少し穴を広げると、ようやく人1人が通れるほどのスペースができた。


「今だ、這い出ろ!」


「けどレウは一人じゃ通れません」


「いいから元気な奴から来い! 1人でも多く助けるぞ!」


 おじさんの声に勇気づけられたのか、穴から人が這い出てくる。1人、2人、3人……。

 その間にも、僕は穴を広げていった。その怪我人を通すためだ。


 パラパラと、天井から降り注ぐ粉塵が不吉だが、ここまで来てしまった以上、後には退けない。


「おい、グラッツ! ラウを押し込めるか!?」


「ダメです、親方! ギリギリで、何より遠い!」


 ダメか。いや、この穴の大きさ。彼らには狭いが……。


「グラッツさん、1人で出てください」


「しかしレウを置いていくわけには……」


「いいから!」


「っ! 分かった」


「何か考えがあるのか?」


 ゴーンおじさんが不審げに、そして怒気をはらんで聞いてくる。

 グラッツという人を外に出してしまえば、中には怪我人が残される。つまり助ける道はないということ。


「助ける道は、1つじゃない」


 と、そこへグラッツが穴から這い出てきた。


「君は……確かお嬢の」


「いいから出て!」


「あ、ああ!」


「おい、どうするつもりだ。このまま出るのか、レウを残して」


「僕が行きます」


「っ! バカな! そんなこと」


 問答の時間は無駄だった。

 自分が掘った穴に飛び込むと、そのまま這い進む。

 ごつごつとした岩が肌に当たって痛い。何より、ここでもしまた崩落が起きれば、自分の体なんてぺちゃんこになるんだろう。

 けど現実感はない。だから思考から排除する。それにその時はその時だ。


 やがて広い空間に出た。

 広いと言っても高さは変わらない。ただ奥に進む道が数メートルで来ているだけの空間。

 工具やらが散らばっているところを見ると、ここからさらに掘り進めようとしたのだろう。


 そんな空間の端に、男が壁を背にもたれて倒れている。

 近づくと、その男が額から血を流しているのが分かった。そしてうつろな目を向けてくる。


「う……誰」


「ちょっと我慢してくださいね」


「お、女……?」


 うわごとのようにつぶやく男性を背負い、そのまま出口の方へ。

 そこで地面が揺れた。いや、揺れたのは山か。


「イリスちゃん! 限界だ! 来れるか!」


「行きます!」


 穴は男性を背負って通れるほど広くはない。

 だから先に僕が入って、男性を引っ張るしかない。


 まずは僕が穴に入り、それから男性を引きずるようにして穴の中へ。

 ぐったりと体の力を無くした人間は重い。それでも軍神の力が少しずつ、前へと動かしていく。


 半ばまで来た、と思ったが、まだ出口にいるおじさんの顔が遠い。揺れが断続的になってきている。このままだとまずい。

 無理やりに力で引っこ抜く。ゴリっとこすれた音。申し訳ないけど死ぬよりはマシだと思ってもらおう。

 痛みがきた。自身の肩も激しく岩盤でこすったようだ。舌を噛んで這い進む。


 長い、長い苦痛の時間。

 けどそれは実際の時間にすれば、ほんの1分程度のことだったのかもしれない。


「イリスちゃん、よくやってくれた!」


 そう、おじさんの声が聞こえた時には、ホッとして思わず力が抜けた。

 けどまだ危地を脱していないと気を取り直して、そのまま穴から這い出た。半ば気を失った男の人は、おじさんが引っ張り上げてくれた。


「その人を、連れて……」


 疲労と負傷、そして軍神による寿命消費の三重苦で完全に口が回っていない。

 それでも何を言いたいか、分かってくれたようだ。


「分かった。こいつは責任もって連れていくぞ。イリスちゃんも来れるな」


 こくりと頷いた。

 自分が背負っていくほどの体力も残っていない状況ではそれがベストだ。


 ゴーンおじさんが男の人を背負ってどんどんと出口へと進んでいく。

 その後ろを、おぼつかない足取りで追う。


 確かに足は動いているはずだ。けど、おじさんとの距離がどんどん開いていく気がする。


 その時、地面が揺れた。いや、揺れたのは自分自身だったのかもしれない。

 肩に何かが当たった。痛い。それは子供の頭ほどもある岩石。ついに崩落が始まったようだ。


 急がないと危ない。

 なのにスピードが出ない。意識ももうろうとしていて、危ないという感覚も曖昧。


 もう少し。もう少しだと思う。

 だけど、分からない。

 今がどこか、どうなっているのか、これからどうなってしまうのか。


 視界が真っ白になったようで、すでにこの世かあの世の区別もない。


 だからきっと、このまま真っ白で何もなくなってしまうんだと思った――


「イリスさん!」


 名前を呼ばれた。

 そうだ、僕の名前。この世界での、僕は女の子。


 そしてそんな風に呼ぶ人は1人しか知らない。

 でもその人がこんなところにいるわけがないから、これはやっぱり夢で、あるいは走馬灯のようなもので。


「こっちです!」


 何かに引っ張られて、歩いているような、走っているような、浮いているような、飛んでいるような気分。

 それもすぐに収まって、現れたのは新たな世界。


 眩しい。


 そう感じたのは、赤の光を浴びてから。

 それが陽の光だと気づいた時に、ようやく意識が覚醒した。


 頬をでる風。これまでの狭く風のない空間から飛び出たことをまざまざと感じさせてくれるもの。

 そうやって目が覚めた僕は、ようやく自分の隣にいる人物に気づいた。


「危なかったですね。イリスさん、もう無茶はだめですよ」


 そう、僕を助けてくれたミリエラさんは、にっこりと笑った。


「そしてこれは、仲間を助けてくれたお礼です」


 チュッと、額に唇が当たる。


「……え?」


 今、自分が何をされたのかが、一瞬分からず。

 そして理解した時にはなぜだかひどくこっぱずかしい気持ちになって、顔をそむけた。


 けどそれ以上に、恥ずかしい思いをする出来事が、僕を待ち受けていた。


「うぉぉぉ! お嬢ー!!」「グーイシィの! すげぇじゃねぇか!」「助かったよ、ありがとうね!」


 大歓声が僕を包み込む。

 見れば鉱夫たちが、こちらに腕を突き上げて興奮した様子で口を大きく開いている。

 その誰もが、僕を賛辞するような言葉ばかり。


 そこで初めて理解した。

 あぁ、僕はやり遂げたんだと。


 誰1人の犠牲も出さずに済んだ。

 これほどの達成感を得たことは、この世界に来てもなかった。

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