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第114話 ファブル鉱山にて

 翌日。

 空にはお日様が上り、雲一つない行楽日和。


 その下で、僕は馬車に揺られていた。

 隣席にはミリエラさん。


 父さんとヨルス兄さんの許可も得て、ミリエラさんの実家に挨拶することになったのだ。

 出かけに厳重に封をされた手紙を渡されたから、あるいは父さんたちも何か用事があったのかもしれない。


 そういうわけで馬車に揺られること4時間あまり。

 さほど広くもない荷車の中で、さほど親しくもない(と言ったら失礼だけど真実だからしょうがない)人と2人きりという、肉体的にも精神的にも苦痛な時間が終わりを告げたのは、心の底から感謝したかった。


「さぁ、つきましたよ」


 ミリエラさんののほほんとした声に、この人はお尻痛くないのかな? だなんてどうでもいいことを思った。ずっと何が楽しいのか、ニコニコしていたし。


 停止した馬車を降りてうんと伸び。

 辺りは緑と山に囲まれた田舎といった風景。まぁもともとイースの国都も大自然の中にあるから、辺境というほどでもないだろう。


 それでもどこか都心とは異なる、澄んだ空気が満ちているようで、ちょっとした小旅行に心がリフレッシュする思いだ。

 遠くにまばらと人がいるだけで、鉱山らしき風景はない。


「ここがお父様の管轄、ファブル鉱山です。いいところでしょう?」


「はぁ、まぁ確かに」


 何もないところをいいところと言うのであれば、そうかもしれない。いや、自然は豊かだけどね。

 やっぱり物質文明に毒されている時分としては、イースの国都でさえ田舎じみているのだから物足りないと思ってしまうのも仕方ないだろう?


「うふふ、何もない。それがいいんです」


 カタリアさんがそう言ってくすりと笑う。

 心を読まれた? エスパーか!?


 到着早々、冷や汗の出る思いになっていると、


「お、お嬢様だ!」「なに、ミリエラ様か!?」「お嬢様! お嬢様!」


 周囲が何やら騒ぎ始めた。

 え、なに? お嬢様?


「あらあら、皆さん。お元気そうで」


 対してのほほんと馬車から降りるミリエラさん。

 その周囲には、餌に群がる鯉のように、男女のマッチョ軍団が集まってきた。その誰もが暑苦しい外見とは異なり、朗らかな笑みを浮かべているのだから異様な光景と言えよう。


 その光景を前にしていつものように動じずにいるミリエラさんは……もしかしてとんでもない人物なんじゃ? 父さんやヨルス兄さんを手玉に取ってるし。


「お嬢様! お元気でしたか!?」「はっ、お嬢様がグーシィンの青瓢箪あおびょうたんなんかに負けるかよ!」「おうとも! そうなったらグーシィンの奴らと戦争だ!」


 なんか血気に紛れて物騒な会話が聞こえるぞ……。

 だがそれはまだほんの序曲だった。


「おら、てめぇら! いつまでくっちゃべってんだ!」


 大喝だいかつ一閃。


 空気を震わすほどの怒声に、思わず身が縮こまる。


「お、親方……」


 取り巻いていた群衆が割れ、そこから1人の男がこちらにずんずんと歩いてくるのが見えた。


 デカい。


 2メートル近くあるんじゃないかと思うほどの身長に、さらに鉄板のような胸板と、ショベルカーみたいな剛腕を保持したマッチョ軍団の集大成とも言える人間。

 短く刈りあげた灰色の髪。四角く角ばった顔には無数の傷跡が見える。見る人を居すくまらせるほどの眼力に、分厚い唇は……なんというか、喧嘩慣れしたプロボクサーとか、プロレスラーを思わせる。


 待て。親方ってことはもしかして――ー


「ただいま帰りましたわ、お父様」


 ミリエラさんが笑顔で、優雅に挨拶する。

 やっぱり……ミリエラさんのお父さん!? 似てねぇ! いや、似てなくて良かった!


 ミリエラさんのお父さんは、じっと押し黙った様子で娘と対峙する。

 挨拶が必要かと思ったけど、言葉なんて出やしない。


 にこやかに挨拶する娘に対し、無言で腕を組んで待つ父親。

 その周囲に漂う緊張感が次第に高まり、そして――


「ミリエラちゃぁぁん! よく帰って来たね! お父さん寂しかったぞぉ!」


「え?」


 娘に抱き着いて、軽々と持ち上げたかと思うとほおずりし始めた。

 それをミリエラさんは笑みを浮かべたまま受け止めたが、


「あらあらお父様。加齢臭がきついですわ」


「うっ……ふぐぅ」


 うわぁ、ひでぇ。てかすげぇ。

 一撃で父親の心をへし折ったぞ。


「うぅ……でもいいもん。ミリエラちゃんの可愛い姿を見れたから」


 つかなに、この変貌。

 筋肉マッチョの男が、娘をちゃんづけしてめそめそする光景とか軽く地獄なんですけど。

 いや、変貌じゃなく素なのか? 僕がこの人のことを外見で判断していただけで。


 というか親近感。

 ヨルス兄さんとミリエラさん。お互いの父親の属性が同じすぎる。

 親バカという点で。


 と、その親バカ(失礼)の顔がくるりとこちらに向いた。


「おお、そっちはイリスちゃんじゃないか! 久しぶりだな! 娘の結婚式以来だから……4年前か? うんうん、立派になって……」


 初めましてか、お久しぶりかと挨拶に迷ったけど、あちらから先に答えを出してくれて助かった。

 娘の嫁ぎ先の家族だ。そりゃ顔見知りか。それでも好意的に見てくれているらしく、物腰も表情も柔らかだ。

 まぁそうでもなければ、ミリエラさんが「相談してみたら」なんてことは言わないか。


「どうも、ごぶさたしてます」


「そう堅苦しい挨拶はいかんなぁ! 昔みたく、おじ様とでも呼んでくれい」


 おじ様……。

 どうやらイリスは媚び売ってたみたいだな。


「ところでどうしたんだい? いきなり帰ってきて。お父さんが恋しくなったのかな?」


「いえ、それは金輪際こんりんざいありえませんわ。こちらのイリスちゃんがお父様に相談があると」


「あ、そう……」


 しれっと心に傷を負わされたおじさんが、悲し気な目線でこちらを向く。

 うぅん。頼りになるのか……この人。


「それで、相談とは何かな?」


 そう改まって聞かれると困る。

 というかこんな公衆の面前で言う話じゃない。


 太守とインジュインを追放したいので力を貸してくれだなんて。

 この労働者の中にスパイがいないと断じるほどに楽観主義者になるつもりはない。あり得てほしくないがこのおじさん自身がそれをインジュインに伝える可能性だってある。

 そうなれば僕は――グーシィン家は終わりだ。


 いくら娘の嫁ぎ先とはいえ、やろうとしていることは謀反だ。

 味方につけたいとはいえ、しっかり相手を見極めないと大やけどすることになる。


「あ、えっと。ちょっとここだと……」


「そうか。ならご飯でも食べながら話を聞こうじゃないか。ミリエラちゃんを連れてきてくれたんだ、大いに歓迎するとも。なに、もう今日の仕事は終わりだよ。そんなことより――ばはっ!」


 突然、おじさんがつんのめって倒れ伏した。

 何が――と思って彼の背後を見てみれば、今の僕を3人並べたくらいのウェストを持つ大柄な女性がフライパンを片手に立っていた。

 どうやらおじさんをKOとしたらしきフライパンを肩に乗せ、


「なーにが今日の仕事は終わりだい。そういうわけにはいかないでしょ、このバカ亭主が」


 バカ亭主。

 ってことはもしかしてこの人が――


「あら、お母さま。お久しぶりです」


「ん……ほらほら、あんたたち! いつまでくっちゃべってるんだい! さっさと仕事に戻る! 日暮れにはまだ早いよ!」


「ア、アイサー!」


 屈強な鉱夫たちがびしっと背筋を伸ばして敬礼すると、我先に仕事場へと駆け去っていく。

 あっという間に周囲からは人気がなくなった。


 このおばさん。完全にこの鉱山を支配してるな。

 管理者の妻という立場のせいもあるだろうけど、実際、鉱夫とタイマンなら渡り合えるんじゃないかと思うほどの体格と腕っぷしだから、そういった意味で誰も頭が上がらないのだろう。


 というか一番重要な問題。

 この人もミリエラさんと似てなさすぎだろ。特に体格が。

 隔世遺伝か?


「ったく、このバカ亭主が。どこの世界にそんな理由で仕事をさぼる男がいるんだい」


 地面に突っ伏したおじさんに、おばさんは飽きれるような声を投げる。


 いや、それ以上に超絶くだらない理由で仕事をさぼるやつもいるからなぁ。現実問題として。


「イリスちゃん」


「はい!!」


 心の声が聞こえたのか、と思うほどのタイミングで呼ばれて、思わず僕も気を付け。腹の底から返事していた。


「久しぶりに会えておばさんも嬉しいけどね。悪いけどイリスちゃんといえども、ここのルールに従ってもらうよ」


「ル、ルール?」


「働かざる者、食うべからずってね」


 そう、おばさんはニッと笑ってみせた。


 それに文句を言う気は起きない。


 たとえ軍神だろうが、神算鬼謀の軍師だろうが、おっかさんには敵わない。

 そう実感させられた。

1/14 もう少しだけ国内の話が続きます。その後は1章の終わりまで対外的な戦いで加速していく予定ですので、今しばしお付き合いいただけると幸いです。

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