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第112話 本題

「本題?」


「そうじゃ、本題じゃ。まぁイリスちゃんのハートを誰が射止めるのか、そこをはっきりさせておきたかったがのぅ」


「爺ちゃん、それは無用だぜ。なんてったって、イリスちゃんのハートは俺様のものだからな」


「いやいや、太守様。物事には順序というものがあります。そもそも、あなたはすでに婚約者がいるのではないですか? それともイリス・グーシィンを側室にでもするつもりで? それが愛なのですか?」


「はん、そんなやつ破談にしてやるさ。それが俺様の示す、イリスへの愛というもの!」


「それは困るのぉ、孫よ。お前の許嫁いいなずけはイースの豪族の娘なのだから。じゃからイリスちゃんはわしのもんじゃーい!」


 また訳の分からない僕の取り合いが始まった。

 唯一の常識人と思ってたカーター先生まで上役に噛みつくなんて……。


 もう1人の常識人のカタリアは、相変わらず軽蔑しきった目で3人の争いを座りながら見下していた。

 人間にあんな視線ができるなんて思えないほど怖かった。


 というかこのままじゃ本題に入る前に日が暮れる。

 誰かこいつらを止める人はいないのか。それとも僕がやらないといけないのか。


 なんて思い悩んでいると――


「イリスちゃんは誰のものにもなりません!!」


 と、ドアをたたき割るようにして現れた闖入者ちんにゅうしゃ1名。

 その人物はなぜか鼻にティッシュを詰め込みながらも、真剣な顔でいる我が友人。


「ラス?」


「……あ」


 部屋の中にいる全員の視線を集め、興奮で赤くなっていたラスの顔が、別の理由で赤くなって、


「す、すすす、すみませんでした!」


 慌ててその場に膝をついて頭を下げた。

 その光景に呆気にとられる男性勢。カタリアは、まだ毛嫌いしているのか、顔をこれ以上やると壊れてしまうくらいにゆがめてラスの方を見ている。


 いや、それより――


「なんかドンピシャのタイミングで入って来たけど……もしかして」


「き、聞いてなんかないです! イリスちゃんがケッコンするとかで、ドレス着るのかなと思ったら鼻血が……あ、いや! 何もやましいことは考えてないから!」


 ガバッと顔をあげて力説するラス。

 鼻血の時点でやましいわけがないと思うんだけど……。


「やっぱり盗み聞き……」


「ち、違うの! たまたま通りかかったから聞こえてきたの!」


「ここは生徒があまり通らない場所で、敷地内の隅。それに扉は防音だったはずじゃがのぅ……」


 爺さんがため息をもらす。


「え、えっと! 違うの! こう、扉の隙間に集音性の筒を通して、そこから音を拾っただけなの!」


「バリバリ盗み聞きする気満々じゃないか!!」


 この子の倫理はどうなっているんだろう。完ぺきに盗聴したうえで、友達のドレス姿を想像して鼻血とか。


 はぁ……そんなことを言っても仕方ないか。

 ラスは僕がこの世界に来て初めてできた友達だ。最初は心細い中で、半ば強引に作り出した友達だったけど、これまでの交流で、今では家族以外で一番心を開ける相手だ。


 だからここで彼女を見捨てることはできなかった。


 椅子から立ち上がった僕は、ラスに近づくと手を伸ばし、


「心配で来てくれたんだよね。ありがとう、ラス」


「あ……あぁ、イリスちゃん! そういうとこ、好き!」


 ガバッと体を起こしたラスに抱き着かれた。甘い匂いがした。

 てゆうか今、好きって言われた? 告られた?


「え、えっと。ちょっとラス、待って」


 僕は強引にラスを引きはがす。心臓がガンガンと体を叩く音がする。

 ヤバかった。あと少し引きはがすのが遅れたら、理性が何をしていたか分からない。


 うん、よし落ち着け自分。


「ラスちゃんと言ったかの」


 と、爺さんがラスを呼ぶとハッとして、


「ごめんなさい、今すぐ出ていきます!」


「いやいや、それには及ばんよ」


「え?」


 思わず声が出ていた。

 てっきり関係ないラスは外に出ていてもらうと思ったのに。


「君もここにいてもらって構わないよ。イリスちゃんが心配なのだろう? ならいてもらいたい。“そっちの方が色々都合がよさそう”じゃしな」


「本当ですか!?」


「え、でもそれは――」


 どうなんだ。ラスはこういった外交のこととかは関係ない。

 なのにこの場に同席させる意味はないだろう。むしろ心配事を増やすだけじゃないのか?


「言ったじゃろう? いてもらった方が話が早いと」


「はぁ……」


 言ったかな。言ったっけ。ま、言ったでいいや。


「つまり本題に彼女もかかわる。いや、かかわってほしいとわしが考えている」


 なんだって。まさか、本題にラスが?


 爺さんのこれまで以上に真剣な表情に、つい考えてしまう。


 彼女の父は捕吏、もとい警察長官なのだ。

 そこを考えると、本題とは今後の治安の件か、あるいは――


「トント国のことか、爺さん?」


「トント? いや、それはもう終わったじゃろ」


 違うのか。

 じゃあなんだ?


「というわけでイリスちゃん。どっちがいいと思う?」


「どっち?」


 何の話だ? その前に主語を言え、主語を。


「なんじゃ、もう忘れたのか。前に話したじゃろ。えっと、ここにしまったのじゃが……」


 爺さんがごそごそと椅子の横に置いたらしい紙袋をごそごそとまさぐる。


 前に話した?

 どっちがいい?

 なんかあったっけか。


「お、あった、これじゃこれじゃ」


 と、爺さんが袋から取り出したのは――


「メイド服と、バニー服。どっちがいいかの?」


「ちょっと用事を思い出したので失礼します」


 聞いた途端に回れ右。

 今すぐ撤退だ。ここはすでに危地。一瞬の判断が生死を分ける!


 だが――


「カタリアくん、ラスくん、確保じゃ!!」


 爺さんの叫びにいち早く反応したのは、すぐ横にいたラスだ。

 ラスは僕の腰にタックルすると、そのまま体重を預けてきた。


「ごめんねぇ、イリスちゃん」


「ならその手を放してくれ!」


「ダメだよぉ。なんだかわからないけど、たぶん、イリスちゃんを逃がさない方が良いものが見れる。そんな気がしたの」


 くっ……ラスも目覚めたのか野生へんたいの血が!


 ラスの力。あの柔道に似た体術をやっているからそれなりに強い。というか重心の見極めが的確で、気を抜くと床に叩きつけられる気がする。

 なら『軍神』の力を、と思うが、そんなことをしたらラスを傷つけてしまう。


 そのためらいが、致命的な隙を生む。


「見苦しいですわ。男女なら逃げずにいなさい」


 いつの間にか目の前にいたカタリアがいた。

 その手が伸び、僕の襟首をつかむと、僕の足を払う。ラスに重心を崩されていたこともあり、簡単に僕は床に転がった。その背中に乗っかるようにしてカタリアが、足をラスが――なぜかすりすりと肌がこすれる感覚があるのは気のせいだよな――抑えにかかる。


 わずか数秒で僕は2人に抑え込まれてしまっていた。

 完敗だ。


 いや、諦めるにはまだ早い。

 あの屈辱的な格好(コスプレ)から逃れる方法があるはずだ。


「ちょっと待て。なんでその二択なんだ!? てか本題ってこれか!!」


「うむ、どっちを着させるかが一番重要に決まってるじゃろ」


 真顔で返された。やる気が失せた。


「それにな。これは約束じゃぞ。1位になれなかったら、そういう約束じゃったじゃろ?」


「そんなの、競技が中止になったんだから1位もなにもないだろ!」


「うむ。じゃが中止ということは、“1位になれなかった”ということが事実になるのではないか?」


「詭弁だ!」


「詭弁じゃろうが、契約は契約じゃよ。ほら、契約書じゃ。1位にならなかったら、ということで中止になった場合は書かれていないじゃろ」


 くそ! められた!

 1位になった後に爺さんがしらを切る時の保険にしていたのに!


「とにかく! 取り決めがなかったのならその契約は無効だ! 弁護士を要求する!」


「えー、そんなこと言う? 言っちゃう? ふーん……なら次のカードを切るかのぅ」


 と、爺さんはにやにやといやらしい笑みを浮かべながら僕から視線を逸らし、


「というわけで聞いておったかの、ラスさんにカタリアさん。イリスちゃんは理事長でもあるわしとの契約を無視しているわけなんじゃが。せっかくイリスちゃんに喜んでもらえる、可愛いお洋服を用意したのになー」


 わざとらしい言い回しで、爺さんは僕から狙いを変えてきた。

 これは……マズい!


「イリス・グーシィン。見損ないましたわ。あなたは契約書に書かれたことを一方的に反故ほごにするわけですの? 貴族の端くれと思っていましたが、薄汚い盗賊の類でしたか」


「イリスちゃんの可愛いお洋服……可愛いお洋服……えへへ、ねぇ、ちょっとイリスちゃん。着てみない?」


 来た。この正論で見下しぶち抜いてくるカタリアと、もはや変なスイッチが入ってしまったラス。

 ここをどう切り抜けるか。全力で頭脳をフル回転させて逃れる術を探す。


 だが、こういったやり口については、やはり年長の功というか、爺さんの方が勝っていた。


「どうじゃの、お二人さん。イリスちゃんだけに着させるのもなんだから、お主らのも用意しようか?」


「え? うーん。イリスちゃんが着るなら着る!」


「わ、わたくしも!? ……! ええ、いいですわ。わたくしがこの男女おとこおんなに、真実の美というものを教えてさしあげましょう!」


 え、カタリアとラスが着る……? メイド服か、バニーを?

 それは……ちょっと見てみたい。


 いや、待て。それはつまり僕がそれを着るという前提あってのこと。

 だがこの2人のメイド服にバニー姿。これを逃すと二度とお目にかかれないだろう超貴重なツーショット!


 くっ……なんだ、この究極すぎる二択。

 どうする!? どうするの!? 自分!!


「お、じゃあ今度の飲み会の時に新作のお披露目ってことでやってもらおっかなー。やべっ、ネイコゥに早速相談案件じゃね?」


 ピタリ、と思考がとまった。


 テベリスの発した言葉。

 それが耳から脳にいたり、軍師の脳にて即座に演算が入る。


 時間にすればわずかコンマ数秒。


「着る」


「ん?」


「分かった、バニーを着る」


 なぜか、そう口にしていた。


「うっほほーい! イリスちゃんのバニィ!」


「イリス・グーシィン! その、なんだ。いち教師として、そのようなことは困る……だがいち個人としては大賛成だ!」


「ふん、あなたみたいな貧相な体、恥をさらすのがオチですわ」


「あわわわわわ……イリスちゃんのあられもない姿……ほふぅ……」


「よっしゃ、ネイコゥに連絡だ連絡!」


 誰もが熱く口々に騒ぎ立てる中、僕の脳内は冷え切って静寂の中にいた。


 ネイコゥ。

 兄さんと父さんが内々に調べていたという商人。

 テベリスと昵懇じっこんで、宴会の準備や、先日の凱旋祭などの立案や運用までこなす女。


 だがその実態はテベリスの浪費を加速させ、巨額の資金を消費させ、イース国を自滅させる他国のスパイだという。


 そのため兄さんたちは、その噂の真相を掴もうと躍起やっきになっているわけだが、相手はこの国のトップ。おいそれと接近できるわけでもなく、その調査がまだ気ままな身分の僕に振って来たわけだ。


 危険だが、家族のためになり、自分の命に直結することだから二つ返事で了承していた。

 たとえどんな恥辱を受けようとも、命には代えられないから。


 決してラスとカタリアの姿を見たかったから。では決して、ない…………はず!



切野蓮の残り寿命148日。

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