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第111話 結婚?OR決闘?

「今、なんて……?」


 聞き間違いと思って、爺さんに聞き直す。


「イリス・グーシィン、カタリア・インジュイン。おぬしら、嫁に行けと言ったんじゃ」


 読みに行け? 黄泉に行け? YOMEに行け? よめに行け? 嫁に行け。嫁に行け!?

 やっぱり、聞き間違いじゃない!


「だからなんで!?」


 嫁に行け。つまり結婚しろってことだよな。

 僕が? 男なのに? てかまだ15なのに?


「国交を深めるには両国が血で結びつくのが手っ取り早いからのぅ。本来なら我が親族から出すのが早いんじゃがの。あいにく適齢の子がおらんで。テベリスに嫁をもらうのが手っ取り早いが、今回はこちらから頼みに行くからのぅ。えっと、こういうの、なんて言うんじゃったかなぁ。最近、物覚えが悪くての」


「……政略結婚」


「おお、そうじゃそうじゃ。それそれ。というわけで」


 しらじらしい……。

 知ってて言わせるとか。


 そしてそれ以上にこの事態を重く見ていた人物がいた。

 カタリアだ。


「ぬぁにがとういうわけですの! そんなの! 断固! 絶対! 圧倒的! ノンですわ!」


 カタリアが怒髪天を突くというか、怒りが噴火して、ものすごい形相で否定を入れてきた。

 まぁそりゃそうだろう。僕だってまだ混乱している。


「重臣の娘は、国に尽くすんじゃなかったかのぅ?」


「ぐっ……」


「グーシィン家よりインジュイン家の方がはくがつくと誰かが言ってたのぅ」


「ぐぐっ!」


 爺さんに詰め寄られ、言葉に詰まるカタリア。盛大に墓穴を掘ったな。


 だがここは彼女の敗北を容認するわけにはいかない。

 彼女の敗北は僕の敗北。一瞬でもこの場は共同戦線を張るべきだ。


 そう考え、僕も人生をかけて反論にかかる。


「突然のことでさすがに相手も困惑するでしょう」


「それが相手は考えてもいいと言ってきておる」


「け、けど僕たちはまだ15……」


「もう15じゃろう? 嫁に行ってもおかしくない年齢じゃて」


 ぐっ……そうか。この時代。

 はるかに成人年齢が低いのか。


「お、お父様は!? お父様が許可するはずありませんわ!」


「それがのぅ。娘が国のためになるならと、ほれ、こうして念書を提出しおったわ」


 くそ、この爺。こんなところだけ手回しがいい。

 先に外堀を埋めてから本丸を狙う。これが長年太守の座についていた男の力か。


 こうなったら、外部に応援を呼ぶしかない。


「カーター先生! なんとかなりませんか!?」


「う、うん……」


 困惑しきったカーター先生。

 よし、ここで押す!


「ひどい! この前、結婚してくれって迫ったのは嘘だったの! あんなに熱烈なアプローチをしてきたのに、他の男にとられるのを黙って見てるつもり!?」


 秘儀・嘘泣き落とし!

 恥ずかしい? 結婚させられるよりマシだ! もうなりふり構ってられるか!


「そ、それはだなぁ……」


「まぁ! そんなことをしていたのですか! 破廉恥な!」


「なにぃ!? 俺様のイリスちゃんと結婚だと!? 許せんぞ!」


「そーじゃそーじゃ! わしのイリスちゃんになんてことを!」


「い、いや……それは、その……」


 僕の嘘泣きに盛大に反発が起こり、カーター先生が小さく縮こまってしまった。

 ちょっと気の毒……というか、今、変な感じなのなかったか。


 いや、いつもの反応なんだけど、なんだかいつもと違うというか。違わないといけないというか。

 もうちょっとつついてみるか?


「あぁ、あの情熱的な告白に心を動かされたまま、誰とも知れぬ、他国のなぐさみものになるのを、あなたは黙って見ているというのですか。恋した人とげる。私は愛に生きることができないのですね!」


 我ながら演技派だと思う。こんな思ってもないことがスラスラ出てくるのも。


「ええ、その通りですわ。カーター先生! 責任を取りなさい!」


「くっそー! 許せん! そんな奴とは決戦だ! 俺様のイリスに手を出したことを後悔させてやる!」


「そーじゃそーじゃ! わしのイリスちゃんを他国へ嫁に行かせるなんて、ありえんのじゃ!」


「…………」


 自らの境遇を重ねて憤慨ふんがいするカタリア。

 いつお前のものになったのか、とりあえず置いておいて怒り心頭の太守テベリス。

 そしてそれに同調する、一度僕が誰のものでもないことを教え込む必要がある爺さん。

 そしてもはや言葉もないカーター先生。


 はい、ダウトみっけ。


「爺さん」


「ん? なんじゃ?」


「なんで僕の結婚に反対してんの?」


「…………あ! しまった、つい条件反射で」


「つまり、爺さん自身も反対なわけだ」


「そ、それは……その……」


 爺さんがしどろもどろになる。欲望に忠実すぎてボロを出したか。


 ちらとカタリアを見る。

 道は作った。あとは頼む。


 その無言の視線を受けたカタリア、その目が不意に輝きだす。


「あーらあら。前太守ともあろうお方が、そんなことではいけませんわね。自らの発言には、しっかり責任を持っていただかなければ」


「も、もちろん私情じゃよ。けど、それと国のことは別。そう、わしは国のためにイリスちゃんへの愛情を断つのじゃ」


「ふん、こんなちんちくりんが何故いいのかわかりませんが」


 誰がちんちくりんだ。誰が。


「わたくしを誰だと思っていますの? インジュイン家の麒麟児きりんじにして、未来のイース国を背負って立つ人間! 他国の、どこの馬の骨とも知らぬ男に嫁ぐ? はっ、冗談じゃありませんわ! わたくしが欲しいならあちらから来なさい。婿として一生、飼いつくしてあげますわ! おーっほっほ!」


 おお、この悪役令嬢ムーブというか、こういうのやらせるとカタリアは天下一だな。すごいイキイキしてるぞ。今は味方でよかった。


「そんな才能を、たかが一時の平穏のために、嫁に出す? 太守様も耄碌もうろくなさりましたか? へそで茶を沸かして、レモン漬けにしてやりましょうか?」


「そ、そうです。イリスとカタリアは凱旋祭の混乱を静めた立役者! ここで他国に渡すにはもったいない才能かと!」


 ここぞとばかりにカーター先生が援護に入る。

 自分から話の中心をずらそうという思いもあるだろうけどナイスだ。


「う……だ、だがしかしのぅ」


 もはや爺さんはグロッキーだ。

 よし、ここでもう一押し。


「太守様。あなたはどう思いますか?」


「へ? 俺? 何が?」


 あ、やっぱこいつ。何もわかってない。

 仕方ない。


「何って……私が他国の名も知らぬ男の元へ行かなければならないことです。あれほど私を思ってくださった太守様の元を離れ、泣く泣く、年上の脂ぎった中年男に凌辱される羽目になるとは……よよよ」


「な、なにぃぃぃ!? 俺様のイリスが! どこの馬の骨とも知らぬ爺のものになるだとぉぉぉ! どこだ! その礼儀知らずは! 成敗してくれる!!」


 あー、伝わった。良かった良かった。

 ……もう二度とこんな真似はすまい。恥ずかしい。


「爺ちゃん! そんなたわけたこと言うやつはどこだ!?」


「む、むむ……テベリス、ちょっと落ち着くのじゃ」


「これが落ち着いてられるか! 俺様のイリスだぞ! 俺様のイリスが! 俺様のイリスじゃなくなるなんて、そんなことありえるか!!」


 だーかーらー、いつ誰がどこで何時何分地球が何回回った時にお前のものになったんだ。

 とりあえず冷ややかな視線を送っておこう。……通じなかったけど。


「わ、分かった。まぁ先方にはそういう話はありか、みたいな感じで聞いただけじゃからの。それ以外の方法で国交を深めることはできじるじゃろ。そもそもわしもしたくなかったのじゃし!」


 腕と足を組んでぷんぷんとふてくされた爺さん。いい気味だ。


「はい、というわけでこの話は終わりー。まったく。その代わり、責任とってちゃんと使者を務めるのじゃぞ、イリス・グーシィン、そしてカタリア・インジュイン」


「はい」


「当然ですわ!」


 よし、勝った。

 ホッと胸をなでおろすと同時、圧倒的高揚感に満たされる。

 あー、爺さんのふてくされた顔見れただけで、こんなに優越感に浸れるとは。僕って悪いやつ? いやいや、勝手に結婚とか言い始める爺さんが悪いんだ。だから僕は悪くない。以上。


 だが、爺さんの悪辣さは、僕の想像をはるかに超えていたわけで。


「では、どうでもいい前座の話は終わり。今日の本題に参ろうかの」


 爺さんがニヤリ、と笑みを濃くした。

 その顔に、僕はどうしても嫌な予感がとまらなかった。

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