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第11話 転生無双

 目が覚めた。

 まず初めに感じたのは鼻孔をくすぐる土の匂い。

 そしてチクチクと頬を刺す草の感触。


 どうやらうつぶせに倒れているらしい。

 何でそんな状態なのか。転生したなら地面に突っ伏しているのはおかしいだろ。あの死神め。適当な。


 いや、いい。

 今はつべこべ言ってる暇はない。


「っこらせ!」


 起き上がる。なんだか体が軽い。運動不足で少しお腹が出っ張ってきた自分にしては動きが機敏だ。

 多分スキルのおかげかな。


 軍神。


 いいね、なんだか強そうだ。てか上杉謙信だ。

 つまり最強。

 ならやってやる。


「お姉ちゃん!」


 子供の声。

 あぁ、他か彼女にすがりついていたあの2人がいた。10歳くらいの男の子と、まだ小学校低学年くらいの女の子。

 どこかあの彼女と似ているから弟妹なのかな、と思った。


 待っててよ。今、こいつらをぶっとばして、お姉ちゃんを助けるから。


「馬鹿、な……」


 目の前にいた鎧騎士が動揺の気配を見せる。

 いきなり目の前に現れたんだ。そりゃ驚く。


 相手の身長は僕よりかなり上。確か160半ばだから180くらいはあるのか。

 そんな巨体を鉄の塊で覆って、さらに血に濡れたロングソードを携えている。

 普通なら戦意を喪失するレベル。

 けど今の僕は違う。勝てる。そう確信した。


「驚くのはまだ早い!」


 前に出る。

 体が軽い。

 相手の反応が返ってくる前に攻撃だ。


 ケンカなんてしたこともない。それに武道を習ったこともない。昔、学校の授業でやった柔道くらいだ。

 それでもやれる。そう感じたのは、アクションゲームとか格闘ゲームとかそれなりにやりこんでいるからか。あるいは、漫画やアニメといったもので、僕がこうだったらなんて、夜な夜な想像というより妄想の世界で活躍する自分を夢見たからか。


 けどここなら。『軍神』というスキルが後押ししてくれると考えれば。


 両手のひらを突き出す。

 ガンっと相手の胸部のプレートアーマーに当たった。

 こちらに痛みはない。さらに押す。


 バキッ


 何かが割れる音。破砕。相手のアーマーが砕けた。

 そのまま僕の手は、鎧の奥、相手の肉体に容赦なくぶち当たり、その勢いのまま突き飛ばす。


「ぐほっ!」


 鎧騎士の男の体が吹き飛び、地面に倒れる。


「おお……」


 周囲からどよめき。自分もちょっと驚いた。

 まさかこんなことができるなんて。


 けどその驚きも一瞬。

 その隙に僕は動いていた。

 地面を蹴り、傍にいたもう1人の鎧騎士に狙いを定める。


 なんだか自分の体じゃないみたいに軽々と跳んだ。

 ショートブーツが、鎧騎士の頭部に直撃した。

 メキッ。今度は貫通こそしなかったが、相手の兜を半ばへこませ倒す。


「2つ……!」


 相手は全部で5人。なら残りは3人だ。


「お、お姉ちゃん……?」


 少年の声。もう誰でも彼でもお姉ちゃんだな。

 けどそれだけ不安なのだろう。できるだけ応えてやりたいと思う。


 そして、今の僕にはその力がある。


「このガキ!」


 近くにいた鎧武者が、ようやく動きを見せる。

 剣を大きく振りかぶってこちらに向かって突進してくる。


 身長180以上の大男が、鎧を着こんで、護衛らの血を吸ったロングソードを振りかざして突っ込んでくる。

 普通なら失神するほどの恐怖。


 けど、相手の動きは緩慢。


 それは死の間際に見せる走馬灯のような脳の高速処理のためか。

 いや、違う。体は動く。

 相手の動作が緩慢に見えるほど、今の自分はそれに倍して動ける。


 これが世界。

 軍神の見る、圧倒的な強者の世界だ。


 だから相手の剣の動きを見切って、その外側へと足を一歩踏み出す。


 剣が元いた僕の位置を叩く。

 相手には消えたとしか見えなかっただろう。


 その間に相手の懐に入り込んだ僕は、そのわき腹に再び両手のひらを叩き込んだ。

 鎧騎士が吹き飛ぶ。

 そして偶然なのだけど、飛んだ先にいるもう1人の鎧騎士に派手に激突し、2人して派手に倒れた。ラッキー。


「3つと4つ……!」


 残り1人!


「お姉ちゃん、後ろ!」


 少女の声。ほっと一息つく暇もない。

 顔で振り返る。体は後だ。


 見れば最後の鎧騎士が剣を振り上げて、いや、まさに振り下ろすところ。

 回避は、無理。態勢が崩れてる。


「死ね」


 振り下ろされた。

 遅いと思っても、避けられない。

 斬られる。

 死ぬ。


 それは、御免だ。


「はっ!」


 気合と共に息を吹き出す。

 足がついてこない。ならできるのは上半身での迎撃。

 とはいえ攻撃する前に刃が体に届く。


 だから手の平を叩き込んだ。

 敵――のロングソードの、腹に。


「なっ!」


 驚愕の声。

 飛来する剣の腹を叩くなんて常識的に不可能だ。

 けどそれをやった。やったことで、敵の剣は目測を誤り、僕の横10センチの地面を叩く。


 もちろんその隙を逃すはずもなく、体をひねって繰り出した右の跳び蹴りで戦闘不能に追い込んだ。


「これで……5つ、全部」


 ふぅ。

 ようやく一息つくと同時、これまでにない震えが身を包んだ。


「うっ……」


 立ち眩みがする。

 それも仕方ないか。

 一歩間違えれば死ぬ。そんな状況で大の男5人を叩きのめしたのだ。


 それによって起こるのは様々な感情。


 それは恐怖。

 剣で斬られて死ぬかもしれないという物理的な。


 それは歓喜。

 その状況にも関わらず、勝って生き延びたという圧倒的な。


 それは自信。

 徒手空拳でもこの世界で通用する、武者震いという精神的な。


 前準備は色々足りなかったけど、なんとかなりそうで何よりだ。


「お姉ちゃん!」


 衝撃。


 あぁ、そういえば彼らも無事だった。


 そのことに安堵して振り返る。

 見れば、10歳前くらいの少年とそれより幼い少女が自分の腰に抱き着いているのが見えた。


「よかった……死んじゃったかと思った……」


「おねえちゃん、おねえちゃん……」


 安堵と緊張が解けたゆえだろう。

 涙声でぎゅっと抱き着いてくるこの2人が、少しうっとおしいと思いながらも、なんだかほっこりする。


 っと、そんなことしている場合じゃない。


「いや、僕はお姉ちゃんじゃなくてね。それより本当のお姉ちゃんを助けなきゃ」


「え?」


 2人が顔をあげる。


 だがそこで気づく。

 相手の反応が鈍いことに。


「?」


 少年少女、2人そろって首をかしげるようにしている。

 この反応は? だって、お姉ちゃんは斬られて……なのに。


「おお、イリス様、大丈夫ですか」


 新たな声に振り向けば、木の根元でうずくまっていた女性の集団――3人ほどがこちらに足早に駆けてきたところだ。

 どこかいにしえのメイド服、もちろんミニスカじゃない、のようなものを着ていて、年齢も10代中盤だろう少女から50前後の精神的にも肉体的にもどっしりとしたものまで様々だ。


 イリス? 誰だ?

 名前的に女性っぽいから、あの女の子の名前かな。

 しかも様付けってことは、この人たちはメイドで、それを受ける側にいる少女は雇う側ってことか。


 執事やメイドを屋敷に囲う貴族。

 さすが中世異世界。やることが違う。


「さ、お傷を見せてくだされ。これ、セイラ。医療箱を早く」


「は、はい! 侍従長!」


 侍従長と呼ばれた50前後のメイドに急かされた、セイラと呼ばれた若いのメイドが、慌てて荷物をあさっている。

 その間に、侍従長は少女に近づくと――なぜか僕の体を触り出した。


「え、いや。なんで僕!? ちょ、さ、触られるのは……」


「おかしいですね……傷跡がない。服は斬られ血も残っているのに……マーナ?」


「ええ、傷がふさがった? それにしては早すぎます」


 いや、何か真面目に解説してるけど、すごいむずかゆい。

 侍従長はおばあさんで、残るもう1人――マーナと呼ばれたメイドは小太りな30代くらいの女だからドキドキする状況じゃないけど、訳が分からない。

 逃げ出したいけど僕の足はガッチリ2人の少年少女が確保中。


「あ、あの。僕は大丈夫だから。斬られてないし、何もなってないし」


 というかこの2人は、いや、全員何を心配しているのだろう。

 もっと大事なことがあるはずなのに。


「それよりあっちの少女を助けてやってくれないか。斬られて重態なはずだよ。いや、それより早くここを離れるべきだ。ここにいるやつらが目を覚ますかもしれないし、増援がくるかもしれない」


「ええ、そうですね。敵が目を覚ます前にここから離れましょう」


「え? 離れるって。彼女は?」


「? 何をおっしゃっておられるか理解しかねますが。イリス様の指摘通り早めにここを離れるべきかと存じ上げます」


「いやだからそれは彼女を助けてからで……ん?」


 違和感。

 いや、初めから違和感はあった。


 彼女らの視線。

 それらはどこに向いていたか。


 彼女らの会話相手。

 それは誰に向かっていたか。


 彼女らの心配対象。

 それは誰の傷跡を確かめたか。


 嫌な、予感。


「しかし感心しませんね。グーシィン家の次女ともあろうお方が、こうも軽々と動くなどと」


「いいじゃないですか侍従長。そうでなければ我々は今頃生きてはおりません。それにイリス様の武芸は誰もが認めるところ。それをここで証明なさったのですから」


「あ、あの! 医療箱、用意できました侍従長! ……あれ? いらない、です? わたし、不要、です?」


「お姉ちゃん、すごかった!」


「つよいの! ばこーんって、わるものをやっつけて!」


 彼女らの視線の先、話す対象、起こった事象と起こした事象を掛け合わせて生まれる事実。


 ロジカルに考えるとそんなわけがない。

 ラテラルに考えれば1つしかありえない。


 信じたくない、その事実。


「鏡、ある?」


「あ、はい! えっと、えっと……あっ、はい、ここに!」


 セイラと呼ばれた若いメイドが医療箱の中をがちゃがちゃと漁って取り出したのは、小さな手鏡。

 それを受け取って、一瞬深呼吸、覚悟を決めて映し出す。


 この時、今世紀最大の衝撃が僕を襲った。


「嘘、だろ……」


 自分が初めて一目ぼれした相手。求めていた『黄金の女性』と思っていた相手。


 その相手に、自分がなっているなんて。

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軍神の戦闘の気持ちよさと、 最後の予想外のオチがめっちゃおどろきました!
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