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第107話 グーシィン家の食卓

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁー。うまい! やっぱり飯は“いいす国”が一番うまい! しかもこんな美人さんに給仕してもらえるなんて……ここは噂に聞く竜宮城かなにかです?」


「あらあら。気に入ってくれたみたいで何よりです。うふふ、おかわりいります?」


「はい! 大盛で! いやー、みりえらさんみたいな綺麗な人には、是非、毎日朝ごはんを作ってほしいくらいですよ」


「あらあら、こんなのでよければ」


 ヨルス兄さんのお嫁さんであるミリエラさんはころころ笑うと、小太郎のシチューの皿を持って食堂へと下がっていく。


 そう、ここは僕の家。

 そこに小太郎を招き入れての晩餐ばんさんとなったわけで。


 というのも、


『あー、話したいのもやまやまなんですが。なんか食べ物ないです? いや、姐さんにもらった路銀がですね。追剥おいはぎに襲われた時に咄嗟に差し出して、命からがら逃げてきたもんで。ここ3日、ろくに何も食べてないんですわ。お屋形様のところに戻れば美味しいもの食べさせてくれる、それを希望にここまできたんですが……ちらっ』


 なんか図々しいくらいに食事をねだられたからだ。

 もしかしてこの感じで北条氏康(うじやす)にもねだってないよな。だとしたら大物だぞ。


 というわけで、小太郎の諜報の仕事は非公式であり、政庁で話すには後ろ暗いところがあったため、また、この話は父さんも交えてした方がいいという判断のもと、うちに呼んだわけだ。


「イリス、面前で妻を寝取られそうになってるんだけど、そしてミリエラはまんざらでもないような顔しているんだけど? …………斬っていいかな?」


「ヨルス兄さん、気持ちはわかるけど落ち着いて」


 てか「斬っていい?」なんて、兄さんも意外と過激だ。これが乱世の男か。

 というか小太郎、これが本性か? 人妻相手に浮世うきよを流すタイプなのか?


「いやいや、冗談ですよ。さすがに人妻はいけんです。……未亡人なら話は別ですが」


「それは暗殺予告と取っていいのかな? 聞くところによると諜報の他にも暗殺が得意とか? これは先手を打った方がいいかな? ここで決着つけた方がいいかな?」


「よくないから! 小太郎もからかわない!」


 まずい、ヨルス兄さんが変な方向にトリップしてる。そしていちいち言うことが過激。


「コタローくん、と言ったね?」


 不意に横から父さんが口をはさんだ。

 その静かな口調に荘厳な態度。病床ながらもまさに国を背負う男の姿の瞳が小太郎を射抜く。


 よし言ってやれ、父さん。


「悪いがミリエラさんは譲れないぞ。だって、傷心のわしに、あーんしてくれるんだもーん」


「あんたもかよ!」


「イリス……父さんが息子の嫁を寝取ろうとしてるんだが……これはもういいよね。謀反を起こしても?」


「よくないって! 落ち着いて、ヨルス兄さん!」


「あはは、面白い家族ですねぇ」


「小太郎! いい加減にしろ!」


 おかしいな。小太郎が見聞きしてきたことを元にこの国の方針を決める大事な会議のはずだったのに。

 どうしてこうなった。


「あらあら。皆さん大騒ぎしてどうしたの?」


 と、そこへ渦中のミリエラさんがやってきた。

 その手にはなみなみと注がれたシチューの皿を持って。それを小太郎の席に置く。


「お、ありがとうございます! いや、ほんと。こんなおいしいものを食べられるなんて、昔では想像できませんでしたよ。だからこんな美味しいお料理を作れる人をお嫁にもらった人は果報者っすねぇ」


「いえ、そんなことはありませんわ。私はまだまだ勉強が足りなくて。今はヨルスさんに美味しい料理を食べさせて、きっちりお仕事を頑張ってもらうのが今の私の生きがいですから。それに、今は義父さまの手助けもしてあげないといけないので。大丈夫です、コタローさんには私なんかより、きっといいお嫁さんができますわ」


「……ですかね」


「お、おおおお! ミリエラぁ!!」


「うんうん、できた嫁を貰っていいのぅ、ヨルス」


 あからさまにショックを受けた様子で肩を落とす小太郎と、おーいおーいと男泣きをするヨルス兄さんに、しみじみと涙を見せる父さん。


 ……もしかしてミリエラさん、さっきの言い争いを聞いてたとか?

 それでこんなことを言って、なんとか平和裏に話を落ち着かせようとした?


 うぅん、それが本当ならかなりのやり手だ。

 ひょっとしたらこのグーシィン家で一番力を持ってるのは彼女なのかもしれない。そう思ってしまった。


「どうしました、イリスさん?」


「え?」


 不意打ちのように呼ばれた。

 するとミリエラさんは、にこりと笑みを見せ、


「私にそんな力はないですよ。ただ、皆が楽しく平和に暮らせればそれで」


 何も言ってないのに。まさか心を読まれた? そんな馬鹿な……いや、もう考えないようにしよう。


 というわけで、一歩間違えれば色々終わっていた恐怖の晩餐が終わり、小太郎の腹も満ちたということで、今日の本題に入る。


「それで、小太郎。何を見てきたの?」


「いや、本当に死ぬかと思いましたよ。というかもっと早く帰国してたら、こうして戻ってこれなかったかもしれないっすからね。いや、そう考えるとあの療養の期間がよかったというか」


「うん、それで結局どうなったの?」


「いりす殿、今のは話の“まくら”ってやつですよ。これからみっちり話しますので、まずは自分の苦労話から」


「で? どうなったの?」


 少し声のトーンを落として話を急かす。

 家族の和を乱そうとしてなお、もったいぶる小太郎に、少し苛立ちを感じていたのかもしれない。


「は、はい、というわけで本題入ります! えっとですね……」


 小太郎は慌てたように、ビシッと背を正して喋り出す。


 やれやれ。まだ晩餐は社交の場だから許せたけど、今は仕事の場だ。

 そこら辺のオンオフを切り替えられないやつには容赦なくいく。そんなことを考えてしまった、15歳の夜だった。

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