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第105話 戦後処理 その2

 表向きの情報統制のほか、一番の問題。

 それがヨルス兄さんを含め、首脳部の頭を悩ませていた。


 そう、捕虜についてだ。


「受け取りを拒否してる?」


 凱旋祭の騒ぎから2日。

 急ピッチで進められた東門の修復に目途がたち、人身も少し落ち着いてきた今日。

 政庁の奥に僕はいた。

 もと父さんの執務室で、今やヨルス兄さんがその部屋の主になっているところに呼ばれたのだ。


 そこでヨルス兄さんに聞かされたのは、趙括ら637人の捕虜の扱いについて。


 トント軍襲撃のその日じゅうに、詰問の使者がトント国に飛んだ。

 その返答が昨日の夕方に戻ってきて、その対応の議会が紛糾したという。


『そのようなものは我が国には存在しない。我が国の名をかたった賊には一切の容赦なく断罪することを切に望む。我が盟友、イース国に起きた痛ましき事件に、我が国は遺憾の意を表する。先だってのザウス国の裏切りにより、我ら国の繋がりが疑われていく中、貴国と末永い友好と、一致団結して国難を乗り越える頼もしき隣国として、ここに援助を差し出す次第である』


「どう思う、イリス?」


 トントの太守からの手紙は、きんを積んだ荷駄にだと共に送られてきた。

 その価値、2千万ゼリ。つまり3千万円相当の金を送って来たのだ。


 そのうえで、先の手紙。

 これはつまり――


「舐められてるね、完全に」


「やっぱりそうか」


 ヨルス兄さんが深々とため息をつく。


「てことは議会でも?」


「ああ。完全にトントがやったことで、我らが勝利したから手のひら返しをしたと見ているよ。中にはそんな金など突っ返せと騒ぐのもいてな。まぁ大将軍殿なんだが」


 あぁ、あのおっさん……。本当に残念過ぎる。


 しかし、これはなかなかに込み入ったことになりそうだ。

 トント国がイース国の滅亡を見込んで今回のことを起こしたに違いない。


 だがそれにしては詰めが甘い。

 最初のテロにしても規模は小さかったし、要人の暗殺についてもことごとく仕損じている。

 極めつけは趙括なんて愚将を送ってよこした上に、たった1500という兵力ということだ。


 トント国の事情は分からないけど、少なくともうちより裕福なはずでザウス国を考慮すると3千くらいは動員できたはず。

 その数で来られたら、間違いなく勝てなかった。


 だから詰めが甘い、もとい、どこか本腰を入れていない、中途半端なのだ。

 もしかしたらあの趙括を含め、部隊のほとんどは正規軍ではないのかもしれない。捕虜の受け渡しを断り、見捨てたことを考えればそれも納得はいく。


「とりあえず金はもらっておいたら? あっちがくれるっていうんだから、突っ返す意味はないでしょ」


「うん、そうだな。くれるというのだからもらっておこう。これでも城門の改修や西地区の復興と、焼きだされた民たちの補助。金はいくらあっても足りないのだから」


 そうか。そんなに色々な人が迷惑をこうむっているんだな。

 ふつふつと、胸の奥にトントへの怒りが沸き上がってくる。


「あとは捕虜か……」


「トントに断られたんでしょ? どうするんです?」


「それがなぁ……タダ飯をずっと食わせているわけにもいかないから、解放するっていう意見が出たんだ。だけど解放して、また敵になる可能性のある奴らだろう? なら逃がさずに、銀山の採掘所で強制労働させようって意見が大多数だ。もちろん、あの総大将は処刑だけどね」


「…………」


 その時、胸によぎったのはあの趙括の顔だ。

 正直、史記しきを呼んでいても胸糞の悪い長平の戦い。その原因を引き起こした人間だから、同情の余地はまったくない。


 けど


「ちなみにそれは誰の意見?」


「大将軍」


「やっぱり……」


「と、クラーレら軍部、そしてインジュイン派」


「そりゃ……」


「それだけじゃない。こちらの派閥の中からも同調する意見が出てきている。ここで反対に押し切ったら、離反する者が出てくるかもしれない。それはこれからの政争において致命的なんだ」


 なるほど。

 まぁ確かに、今や捕虜の彼らは、トント国からも捨てられ、ただどこの誰とも分からないやつらがイース国を滅ぼすために襲ってきたという、圧倒的な弱者。


 イース国は被害は少ないとはいえ、家族を亡くした人もいるだろうし、怖い思いをした人もいる。

 だからその不満と怒りのはけ口を、無頼者たちに求めてもおかしくはない。


 それゆえの強制労働と処刑。


 けど、それは愚策だ。

 それで今、この一時は、国民の不満や怒りを解消してめでたしになるかもしれない。

 だが後々を考えると、ここは彼らを助けるべきだ。


 捕虜として捕まった末路が強制労働や処刑となれば、敵は負けると分かっていても抵抗を続ける。

 どうせ死ぬなら、と決死の覚悟で戦うのだ。


 そうなった時、当然こちらの被害も少なくないことになる。

 むしろ降伏させて味方につける場合より、倍以上も効果は高くなるのだ。

 何より、降伏しても厚遇される、殺されることはないと分かれば、敵は不利になればすぐに降伏を決めるかもしれない。

 それは損害的にも時短的にも圧倒的に効果的。

 ゲームにはない、人の心を突いた政策。


 だから、ここはなんとしてでもその案をつぶさないといけない。


「なるほど……イリスの言うことも分かる。が、それで国民は納得するのか? 少ないとはいえ友を、家族を、愛する人を奪われた憎しみは、一番近い敵――つまり捕虜に行くのは当然だ」


 その通りだ。

 けど、だからこそ止めないと。


「してもらうしかない。というより、するように仕向ける。それができればいいんじゃないかな」


「仕向ける?」


「そう、例えば……捕虜に開墾をさせるとか」


「なに?」


 これはこの国の実情を見てから、日々考えていたことだ。

 この国は自給ができない。それは周囲が敵になった時に、何も食べ物がなくなってしまうということ。


 だから少なからず、食物の生産性は上げなければならないわけで。

 とはいえ、今は余分な人間などいない。

 だからこそ、捕虜を使おうというのだ。


「彼らは国から捨てられた人間だ。逃げても行くあてもないし、帰るところもない。なら、この国に縛ってしまえばいい。開墾に従事する者の罪は問わない。そして開墾した土地は1年無税。一定以上、開墾を行ったら特別ボーナス。みたいに」


「それは……大丈夫なのか? それに、解放したら故国に逃げるかもしれないだろう?」


「そうなったらそれでいいんじゃないかな。だって、トント国としてはこうも堂々と無関係を発表しちゃってるんだよ。それなのに、捕虜になった人間が国内にいては嘘をついたとバレる。だから彼らに居場所はなくなる。そうなった時に、言っておくんだ。家族とともに永住するなら、1年間は税を免除するってね」


「な、なるほど……」


「そうすればイース国は少なくとも500人、出戻りを考えれば1千人くらいの人口増加になるはずだよ。それはすぐにではないけど、これからの国には重要なことだと思うけど」


「うん、うん。そうだな」


「それと軍の総大将。彼は逃がそう」


「逃がす!? な、なにを言うんだイリス! 総大将は敗けの全責任を取らないといけない。だから彼の処刑は決まったことだ。そうインジュインは言っていたぞ!?」


 うん、確かにインジュインの言っていることはおおよそ正しい。

 けど僕は趙括のことを知っている。彼が無能な働き者だということを、十全に理解している。


「誤解しないで聞いてほしいんだけど、僕は別にあの総大将に同情するとかはまったくないから。そのうえで、彼は逃がした方がいいと思ってる。というより、逃がした方が得になるってことかな」


「どういうことなんだ? さっぱりわからない」


 まぁこれはその人の能力を分かったうえでの話だから。若干反則な内容だけど仕方ない。


 簡単に言えば、無能な働き者は敵国にいてくれた方がありがたいのだ。

 ゲームで言えば、A国には兵力1万で平均パラメータ60の武将が1人います。B国には兵力10万で平均パラメータ20の武将が3人います。

 どっちの方が倒しやすいでしょう。といった状況。


 この場合はもちろん、真っ先にB国の方を攻める――というのは愚策だ。

 なぜならB国を攻めている間に、それなりの強さをもったA国から侵略される可能性があるのだ。それにいくら弱兵とはいえ、敵に背を向けた状態なら、B国の兵もあなどれないことになる。


 だから正解は全力でA国を攻め滅ぼし、B国の敵は計略とか誘導で適当にお茶を濁し、A国を滅ぼした勢いでもってB国をも蹴散らして制圧する、だ。


 まぁ何が言いたいかというと、無能な働き者は、味方にさえいなければそれはそれは有能な働き者に大変身する、ということ。


「な、なるほど……それはまた……」


「言ってくれていいよ。下衆げすの考えつくような最低の策だって」


 思い出すのは、趙括の最後の顔。

 母親のことをことを語った反応は、泣きじゃくる子供のように哀れで。こちらの胸が痛むほどには心苦しい光景だった。


 そう、彼とて生きている人間なんだ。

 この世界を生きる、一個の人間。

 それに過去の罪と言っても、少し傲慢なところがあるだけで、ちょっと残念なだけの人間。おそらく本人が言うように、相当の努力はしたはずだ。その結果がちょっとついてこなかっただけの話。


 ……いや、でもそれで30万の人間が死んだことを正当化できるわけじゃないけど。

 孫子も言ってた。無能が軍を率いることこそ、最大の罪はないと。


 とはいえ、そんな1人の人間の尊厳を利用して挙句に打ち負かそうというのだから、これ以上の最低の策はないだろう。

 けど、ここで死ぬよりはマシだ。生きていれば、きっとやり直せる。そんなクサいことを言ってみる。


 え? イース国で登用すればいいって?

 冗談。憐れむべき点はあるとはいえ、そこまで自分の命を賭けてまで彼をかばう因縁は僕にない。


「いや、イリスがそんなこと……」


「軽蔑した?」


「……いや、イリスは優しいと思ったよ。敵対した捕虜のことを考えるなんて」


 優しい……?

 そう言うのか、この人は。


「買いかぶりすぎだよ。他人の生き死にを操って自らの安寧をはかる、どうしようもない最低の人間さ」


「私たちを守るため、だろう? それくらい分かってるさ。分かった。そのように進言しよう。なに、これでも父さんのもとで議会の対処法はそれなりに学んできたつもりだ。これくらい、しっかり通して見せるさ」


「…………」


 ヨルス兄さんの柔らかく、温かい言葉。

 じんと、胸の奥がうずいた。そんな気がした。

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