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第103話 凱旋祭の乱・終結

 ようやく、ようやくだ。

 たどり着いた。


 敵総大将の居場所。

 これほど奇襲が上手くいくとは思っていなかった。

 どうやら質の悪い兵も混ざっていたようで、あっけなく壊乱した。だからこちらの犠牲もなく、ここまでこれたわけだが……。


 ここからが本番だ。

 だが……。


「こ、この私が誰だかわかっているのか!? 私は名将・趙奢ちょうしゃの息子にして大将軍! この若さで一群を率い、六国に名を響かす新世代希望の星!」


 なんというか、ちょっと拍子抜けだな。

 見た目は豪奢な鎧で着飾っているけど、体の線も細く、なんというか鎧を着ているんじゃなくて着られている感じ。

 なにより、ここまで敵に攻め込まれてなお、自分アゲをするなんてよほどに自信があるのか。それともただのお坊ちゃまか。


「そう、私こそが――」


白起はくきにあっさり負けて、40万の犠牲者を出した希代の愚将だろ」


 ピタリ、と趙括の笑みが止まった。


「なん、だと……40万? 何を言って……白起、いや、私は……違う。私は勝ったのだ、王齕おうこつに。白起など私を恐れて出てこなかったではないか!」


 なんだ。どうもちぐはぐな。

 琴さんもこんな感じだった。薩摩を憎む理由もなく、薩摩を憎んでいた。


 あるいは、今の情報と死後の情報が混在して錯綜さくそうしている?

 なら、少し意地悪だけど、揺さぶらせてもらう。


「母親が王様に直訴したはずだ。息子を将軍にしないでくれと。もしそれで負けても家族に責任はなくしてくれと。親にも見捨てられた、哀れな将軍だ」


「ち、違う。母は、私のために……母が、あぁぁぁ!!!」


 顔をこわばらせ、ひきつった頬のまま絶叫。


 隙。

 駆けだした。

 趙括の周囲の兵は、完全に腰砕け。だからそのまま趙括に突っ込む。


「あ……」


 そしてそのまま、唖然とした様子の趙括を――


「うぉぉぉぉあ!?」


 棒で胸を突くと、そのまま上へと突き上げた。

 それだけで趙括の体は高々と舞い上がり、そして、


「ぐへっ!」


 地面に頭から落ち、気絶でもしたのだろう。体を痙攣けいれんさせたまま動かない。


 大きく息を吐く。

 これで、勝ちだ。


「敵の大将、趙括は討ち取った! イース国の勝ちだ! ときの声をあげろ!!」


「うぉぉぉぉぉ!!」


 皆が喉よ枯れよと言わんばかりに雄たけびをあげる。

 ザウス国との戦いにもあったように、結局、兵なんてものは負け戦にはとことん弱気になるのだ。

 しかも総大将がやられたとなれば、指揮系統がしっかりしていなければ動揺を抑えきれるものではない。


 そしてこの趙括という総大将および側近の動きを見るに、そんなことができる人材はいないに違いない。


 さらにそれに追い打ちをかける事態が起きた。


 西で喚声。

 まさに、今まで守りを強いられていたクラーレ率いるイース軍が、反撃に転じたのだ。

 総大将を討たれ、これまで攻めていた敵が一気に襲い掛かってくる。

 混乱した頭と、それを包み込む恐怖にまともな判断を下せるわけがない。


「に、逃げろ!」「逃げろって、どこに!?」「し、死にたくねぇ!」「早くしろよ! 敵が、来る!」


 完全に恐慌をきたしたトント国の兵たち。

 趙括のいたところを中心として、東を僕たちが、西をクラーレの軍に挟まれ、完全に進退をなくしていた。南北にいる兵はそちらに逃げられるだろうが、中央にいる兵たちは四方を敵味方に囲まれ極まっている。

 こうなればもはや戦える状態じゃない。追撃を命じれば、半分以上の兵を倒せるだろう。


 けど、それはしない。

 しないことで、次につなげる。そのためには――


「武器を捨てて降伏なさい! 大人しくすれば命までは取りませんわ! イース国軍事統括のインジュイン家の名のもとに、命を保証しましょう!」


 と、カタリアが居丈高に告げると、1人が武器を捨てた。それを皮切りに、次々と兵士たちが武器を捨てる。

 おいしいところを取られた。けど、こういうのはカタリアの方が適役だな。インジュインの名前も効果てきめんだし、タイミングもばっちり。


 西の方でも戦いの音が少なくなって消えた。

 どうやらあちらも降参したらしい。


 降参した兵は500以上、逃げた兵もそれ以上。1500もの敵が雲散霧消うんさんむしょうしてしまったわけだ。

 これはもうイース軍の勝ち、いや、完勝だ。


「んふーふ、見事な勝ち戦だねぇ、イリスちゃん」


「あ、クラーレ……さん」


 さんづけはほぼしてこなかったけど、そうしたのは視界にカタリアがいたからだ。

 まぁ確かに今の僕にとっては年上だし、軍隊的にも上のレイヤーの人だから敬称をつけないというのも失礼に当たる。


「あら、さんづけなんて。今までみたいに呼び捨てにして」


 いや、それができたら苦労はしないんだけど……。


「お姉さま! そんなはしたないこと、言ってはいけませんわ!」


 カタリアが僕とクラーレの間に割り込んできた。


「あら、我が妹じゃない。何してんの、カタリアちゃん。こんなところで」


「なにって……わたくしの威光をもって敵を降伏させたところよ」


「ああ、イリスちゃんについてったわけね。いいじゃない。これであなたも初陣を果たせたわけでしょ」


「違います! ついていったんじゃなく、わたくしがこの軍の中心です!」


「はいはい、分かった分かった。カタリアちゃんはすごいねぇ」


「むむむー!」


 おお、カタリアを言い負かした。さすが姉。あしらい方は慣れているな。


「これが敵将?」


 ちらと地面に転がった趙括――気絶した状態で後ろ手に縛られている――を見たクラーレは、なるほどとひとりごち。


「殺さなかったのね」


 それは残念とか、非難しているといった感じではなく、ただ単に事後確認をしているような言い草だった。


「捕虜たちに、総大将を人質に取っておけば、数が多くても反抗心を削ぎ落せる。そう思っただけですよ」


「ふぅん」


 そう、敵の捕虜は500以上。

 対するこちらは400。南門と西門を守備する兵を呼んだとしても、ほぼ互角の兵数なのだ。

 一応武装解除してあるから、そうそう反乱されることもないだろうけど、万全には万全を期しておきたい。


 こうやって総大将を生かしたまま捕えておけば、反乱したら総大将を殺すと人質にできる。

 まぁそれは後付けで、僕にはまだ、直接手を汚す決心ができていないというだけなのかもしれないけど。


 というわけで武装解除と捕虜の連行はつつがなく進んだ。


「しかし、本当に勝っちゃうとはね……。30分持たせろだの、煙幕弾を撃ち込めとか意味不明なこと言われたけど、こうも鮮やかに勝たれると、こっちの立つ瀬がないというか」


「そんなことはありませんわ、お姉さま! こんなのまぐれに決まってます!」


 おいおい、酷い言われようだな。

 まぁ半分は博打だったけど。


「カタリア。黙りなさい」


「ひっ!」


 ちゃんづけが消えたクラーレの声色は、聞けば三日三晩は夢に出そうなほど暗く殺意を持った恐ろしいものだった。

 ……少しクラーレとの対人関係を見直した方がよさそうだと思えるほどに。


「これが練りに練り上げられた策だってのはわたしにも分かる。しかも敵の愚直さを手玉にとった、名将とも言われる部類のね」


 言われ、ちょっとこそばゆいというか、全身を歓喜が駆け抜ける感じがした。

 だが、それは一瞬のこと。


「問題はイリスちゃん。あなたがなんでそんなことができたのか。正直、分かりかねてるのよ。タヒラから聞くあなたの評価は、根は優しいワンパクっ子。兵書どころか、書物を読むのも嫌いという。それがこうも鮮やかに、勝ちを収めるなんて……」


 ギラリ、とクラーレの視線が鋭く光る。

 その眼光にさらされ、圧倒的プレッシャーの中。クラーレは次の言葉を吐いた。


「あなた、何者?」


「っ!!」


 いよいよ……いや、ついにその問いが来たか。

 イリスの過去を知っていれば、今との乖離かいりは火を見るよりも明らか。だって別人が入ってるからね。


 ただ日頃の生活の中で、それをはっきりと示されたことはなかった。

 それが今、こうして問い詰められる。

 それで僕は、初めて恐怖を感じた。


 あるいは、僕は偽物とされて断罪されるのか。あるいは何かしらの憑き物とでも判断されるのか。

 どちらにせよ、歓迎される事態ではない。

 それが友人の姉――クラーレから問い詰められるとなれば、下手に抵抗はできないのだ。


「お、お姉さま……」


 カタリアが、突如として凶悪になった姉の姿を見て、狼狽ろうばいした声を出す。

 それをクラーレは僕から目を逸らさずに黙殺し、そして口もとにニッと笑みを浮かべると、


「ふっ、冗談だよ、ジョーダン。イリスちゃんは救国の英雄だよ。ザウスに続けて今回。だからそれがなんだって構わない。色々考えて、努力して、迷って、頑張ってきたんだと思うよ。この国を、皆を守るため。そうでなきゃ、先頭に立って、戦えないよね?」


 あぁ。

 それは僕が今、言って欲しかった言葉かもしれない。


 僕の努力を、葛藤を、辛さを、心細さを。

 この人は、どうでもいいと。僕が、僕でいていいと。

 そう言ってくれた。


 それだけで――救われる。


 本当に、この人は。

 ずるいや。


「ありがとう、ございます」


「わたしは何もしてないよ。いや、一緒にこの国を救った。それでいいんじゃない? そうでしょう、カタリアちゃん?」


「え……え、ええ。まぁ、たぶん……って違いますわ! イリス・グーシィン! こんなことで調子にのっては困りますわ! あなたとわたくしの勝敗は今のところ1勝1敗。次です、次で引導を渡してやりますから、しょぼくれてメソメソ泣いてるんじゃあありません!」


 なんかよく分からないけど、たぶん励ましてくれてるんだろうな。こいつ。

 本当に、不器用というか、不格好というか。


「我が妹ながら、単純というか、純粋というか……」


 クラーレも似たような感想を抱いたらしい。ふと視線が合う。そしてどちらともなく笑い出した。


「な、なんですの! お姉さまと、イリス・グーシィン!」


 カタリアの困惑に満ちた悲鳴が、天高く響いた。



切野蓮の残り寿命152日。

 ※軍神と軍師スキルの発動により、42日のマイナス。

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