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第101話 東門の攻防戦

 イース国の東に位置するトント国。

 正直言うと、全然気にしてこなかった。というか格下に見ていた感がある。


 というのも、先日あったザウス国への侵攻。

 あれでイース、ウェルズに加え、棚ぼたでトント国もザウスの領土を獲得した。


 そこまでは良かった。

 問題はその後。


 トントはその新しく得た領土だけじゃ飽き足らず、そのままザウス国を滅ぼしてしまおうという強気を見せた。

 それは弱った相手に付け込んで見せた姿勢ともとれるが、はっきり言って愚策以外の何物でもない。


 国の滅亡となれば相手は必至になってくるし、何よりザウス国には盟友のトンカイ国があり、その兵力5千は温存されたまま残っているのだ。

 しかもそれを率いるのは、クラーレを一刀の元に叩き落した猛将・小松姫こまつひめ。さらにその後ろには武神・関羽かんう神算鬼謀しんさんきぼう張良ちょうりょう北斉ほくせい最強の将軍・蘭陵王らんりょうおうといった強敵が待ち構えているのだ。


 そんな敵に、真正面からぶち当たろうとしたトント国は正気の沙汰じゃない。


 それをイース国の上層部も、おそらくウェルズ国も分かっていたから協力を受けなかったわけで。

 もしかしたら申し出を断られたから、矛先をこちらに向けてきたのでは? と勘ぐってしまうほどの猪突っぷりだ。


 ただ、それ以上に僕は怒っていた。

 戦勝祝いで開催された凱旋祭。皆が頑張って準備して、そして当日を楽しく過ごしているその最中に乗り込んでくるなんて……ということへの怒りではない。

 誰もが気の緩む正月に奇襲するという十一ヶ国太守・尼子経久あまごつねひさの前例を思えば、戦国乱世の現状ではまだ我慢できる。


 何より許せないのが、一般人を多く巻き込んだことだ。

 先ほど起こった火災や狼藉者、そして暗殺未遂など。これらのことが今回のトント国の侵攻と無縁なわけがない。タイミングが合いに合いすぎているのだ。


 つまり奴らが描いた絵はこうだ。

 凱旋祭という祭りの日に、騒ぎを起こし、あわよくば軍と政治を担うトップ2を暗殺。その混乱に紛れて軍を出し、一気にイース国の国都を制圧してしまおうという腹。

 その偽装として、トント国からの祝いの使者は来ているという芸の細かさ。


 敵ながらあっぱれだ。

 けど、やり方が汚い。ひどすぎる。


 それが僕の怒りの要因。

 それが僕の怒りの根本。


 だからこそ、走る。

 乗って来た馬に再びまたがり、東門へ。


「イリス! ちょっと、待て!」


 後ろからトルシュ兄さんのあえぐ声が聞こえるが無視。

 今は1秒がダイヤモンドより貴重だ。だからひたすら走る。


 東門が迫ってくると同時、喚声が聞こえてくる。

 遠目に見てぎょっとした。門が開いている。そりゃそうだ。今日はお祭りで、すべての門は解放されていた。

 けど周囲に逃げ惑う人はまだ無事だ。

 つまり開かれた門でぎりぎり防いでいるということか。


 喧騒が近づく。

 思ったとおり、門を境に兵たちがぶつかっている。

 その指揮をっているのは――


「クラーレ!」


「あら、イリス? なんでここに?」


 少し息の上がった様子のクラーレが振り返る。その鎧に返り血らしきものがついているのは、今まで前線で戦っていたということか。


「状況は!?」


 言いながら自分で見る。

 城門には馬車が数台横倒しになっていた。その物陰から矢を放つことで敵の前進を阻んでいる。急場の防御陣地としては上々だ。


「正直、いつまで持つかね。敵は1千以上。こっちはここに200しかいない」


「200……常備兵はもっといたと思うけど」


「他の門に回したよ。西と南にそれぞれ200ずつ。それでいっぱいいっぱい」


 そんなことをしている場合じゃなく、こちらに全部割り振ればいいのに――というのは正しくない。

 敵が1千以上いるなら、その一部を他の門に回してくる可能性はあるのだ。そして普通ならそれをやる。

 だから無駄と分かっていても、他の門の守備兵は必要になるのだ。


 ちなみにイース国の国都は、北に山を背負っているので3方向にしか門がない。1つ余分になる場所がないだけでこれほど救いになるとは思ってもみなかった。


「イリスちゃん、頼みがあるんだけど」


「家族たちを連れて逃げてほしい、って頼みは聞かないよ」


「さすがね」


 クラーレが苦笑する。

 つまりもうもたないということだ。

 ならば彼女の父親やカタリアたちを連れて逃げてほしいというのは当然の願望。


 けど、それに何の意味がある?

 そもそも今から逃げて助かる可能性も少ない。

 そもそも国のトップ2の家族だけ逃げて、他のみんなはほったらかしというのは生き延びたとしても、あのカタリアが納得するはずもない。


 なにより――それをした瞬間に僕は死ぬということ。

 イース国の滅亡により、この命は消えてなくなる。


 だから絶対にそれは聞けない相談。


 ならやることは1つ。


「やるなら、勝つ手を打つ」


「手があれば、だけど」


「それを考えるんだよ」


 今から。逆転の一手を目指す。

 たとえそれが、ないに等しいものだとしても。


「愚かなる国の民よ! 聞け!」


 そのときだ。

 耳に響く大音声だいおんじょうがこだましたのは。


 城内――ではない。外?

 つまり、敵だ。


「あれだよ、あれが敵の大将」


「敵……」


 クラーレの言葉に意識が声に集中する。それはこう続く。


「我が名はちょうの名将・趙奢ちょうしゃの子にして“とんと”国の大将軍・趙括ちょうかつだ! もはや城門は破られ、落城は目前である! おとなしく降伏せよ!」


「城門は破られたんじゃなくて閉められなかっただけなんだけどさ。ほんと、イラっとくる喋りだよね。拷問してやりたい」


 クラーレの物騒なつぶやきをよそに、僕の頭はフリーズしていた。

 いや、フリーズして、今の言葉をもう一度脳内再生。

 趙? それって春秋戦国の? ちょうかつ? ちょうかつ……趙勝? もしかして平原君へいげんくん!? あ、いや、違う。あれは趙勝ちょうしょうだっけか。あそこらへん紛らわしいんだよな。しかも平原君のわけがない。だって平原君は王族。趙奢とかの息子のわけがない。

 趙奢、趙括、趙……誰だっけ……趙と言えば李牧りぼく藺相如りんしょうじょ廉頗れんぱくらいだけど。


「…………あ」


 思い出した。あれだ。長平ちょうへいの。机上の空論のバカ息子。

 あいつのせいで40万もの兵が白起はくきに殺された伝説的愚将。


 あの自信満々で上から目線のいけすかない感じ。本で読んだ感じと似ているのは確か。


 ……え? もしかしてその愚将に負けるの? ゲームで言えばすべて平均未満の凡将レベルの敵に? てかそのバカ息子に、こんな戦略を描けたってこと!? すごい屈辱。というかそいつがいるなら……この世界に白起いないよね? あんなのいたら勝てる気しないんだけど。


 けど、そいつが相手なら。

 ワンチャンつけ入る隙があるんじゃないか。そう思ってしまう。

 考えろ。まず思うのは、誰か軍師がいるのか。それはないだろう。なぜなら今回の戦略を描けるほどの軍師がいるなら、いつまでも正面突破にこだわらず、他の門への攻撃や、もっと犠牲の少ないやり方を選ぶはずだ。


 なら誰がこの戦略を描いたのか?

 いや、今はそれについては考えるな。考えるのは、あの1千の敵を撃退する方法。あの趙括を叩きのめして追い返す方法。


 やり方はいくつかある。軍師がいなく、趙括が歴史通りのアレなら。

 あるいは生き延びられる。そんな気がしてくる。


 その時の僕の心に浮かんだのは絶望ではない。かといって希望でもない。


 ただ――やらなきゃやられる。


 その切羽詰まった心境が、どうしようもなく心を占めて、僕を突き動かした。


「クラーレ、30分、いや、20分だけ持ちこたえてほしい」


「イリスちゃぁん? いや、いい。もうこれが最期になるかもしれないんだ。好きにすれば。明日の朝日を拝められたら、その時に文句を言ってやるから」


「クラーレも、この国もまだ死なないよ。だから……頼んだ」


 答えは聞かずに馬を走らせる。


 頼む、か。

 久しく聞きなれない言葉。


 けど、今は信じられる。そんな気がした。

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