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第100話 終息、そして…

 なんとか間に合った。

 お偉方えらがたを狙ったテロは、ぎりぎりのところで防ぐことができた。


 それで胸をなでおろしたいところだが、不安が残る。


 本当にこれで終わったのか?

 陽動を重ねて襲った人数にしては少なすぎないか?

 そう思ってしまうわけで。


 何より、ここにいない国家の重鎮じゅうちん、父さんの姿が見えないのはどうしたことか。


 僕はインジュインらを送り出したトルシュ兄さんに近づくと、


「トルシュ兄さん、父さんは?」


「ここにはいないらしい」


「いない……そんな」


 なぜだろう。父さんはどうでもよかったのか? 狙う必要がなかったというのか?

 そうであってくれたならいい。

 けど軍神か軍師の直感か、嫌な予感は消えずにどんどん膨らんでいく。


 そう、そもそも父さんとインジュインは同時に始末しないといけないのだ。そうしなければ生き残った方が国の主導権を握り、今まで分裂の危険があったのが統一されることになってしまう。それはイースが強くなるということ。

 このテロの企画者である敵は、そんなことは望まないはず。


 だからインジュインに刺客を向けたなら、父さんにも行くはずなんだ。


「インジュインは、何か言っていなかった?」


「ああ、何か仕事をしていると言っていたが……正直、こんな祭りの日にまで仕事などしているのか? いや、ボクらと同じく祭りの警備が仕事だとも?」


 そうだ、この凱旋祭は国が主催者のお祭り。だから父さんが仕事をしているというのも分かる。

 ただ、何かが引っかかる。

 それは……そう、朝のことだ。


「そういえば、朝、言ってなかったっけ?」


 記憶をさかのぼる。

 確か家を出るときに……。


『うむむ……フィナーレの大宴会のための差配がなければ全力で応援にいったのに、おのれインジュイン! 娘の晴れ舞台(こんなとき)にわしに仕事を振るとか、鬼か!』


「それだ! ということは――」


「政庁!」


 すぐそこの大きな建物。そこに父さんがいる。

 そう確信してトルシュ兄さんと共に走る。


「先に行きます」


「ああ」


 兄さんは政庁に入ったことがないようだ。だから案内として、何度か訪れた僕が先に入る。

 さすがに祭りだからから、政庁に人の気配はない。完全に締め切っているから、一般人は入れないのだ。


 だから何も起きていないと感じた。

 そう、杞憂きゆうであってくれ。本気でそう思う。


 だから執務室に飛び込めば、


『イリスちゃぁーん! パパを心配してくれたんだね! よぅし、パパもっと頑張っちゃうゾ!』


 とかなんとか言ってくるに違いない。そうに違いない。

 まさか襲われているとか……最悪のことが起こっているとか、そんなことはない。だって、朝は元気だったんだ。それなのに、こんないきなり、それは、ない。ありえない。だから起こらない。


 執務室までの道のり、それは無理やり自分を納得させる時間だった。


 そして、審判の時は来た。


 父さんの執務室。

 その前に立った時、


『ぐぅっ!』


『父さん!』


 くぐもった悲鳴、父さん、いや、ヨルス兄さんか!


「下がってろ、イリス!」


 トルシュ兄さんもそれが聞こえたらしい。加速して、そのまま閉じた扉を蹴り飛ばした。


 何度か訪れた父さんの執務室。そこは今や、原形がないくらいに荒れ果てていた。

 5人の招かれざる客が、部屋の隅にいるヨルス兄さんを取り囲んでいる。その足元。そこにいつも家で見る、厳格な顔をした男性がうずくまっていた。


「お前ら、何やってんだ!」


 本気で怒った。

 他人のために怒るなんて、いつぐらいぶりだろう。


 それでも、今のこの状況。起こった事象。それを見て、何もしないことなんてできない。

 なにより、今の僕にはこの状況を叩き潰す力があるのだから。


 対する5人。そのどれもが物騒なナイフを構えている。

 3人がこちらに、2人がヨルス兄さんと父さんを狙う。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 叫ぶ。

 怒っている。僕じゃない。イリス・グーシィンが、軍神が怒っている。


 手にした棒、投げた。一直線に向かって父さんを狙う1人の頭部にクリーンヒット。

 これで武器はなくなった。けど構いやしない。


 1人目。突き出された右手。そこに光るナイフ。それを脇に受け流して、後頭部に肘を打ち付けた。

 2人が左右から襲いかかってくる。それを跳躍してかわすと、足を開いて顔面に同時に蹴りをくらわせてやった。


 ラスト1人。

 背後の物音に気付いていてかいないか、ただ僕の発する圧倒的な怒気に男が振り向く。

 その顔面に思いっきり右ストレートをぶち込んでやった。


 何かがつぶれる音。

 あぁ、初めて人を殴ってしまった。罪悪感……というより気持ち悪さの方が勝った。


「ぐっ……」


 見れば、先ほど棒を頭部に受け、隣でうずくまった男が起き上がろうとしている。その頭を蹴り飛ばしてやった。

 自分でも考えたことのない残虐性に、若干自身でも引いた。けど後悔はない。


「あ……父さん!」


 ヨルス兄さんが思い出したように、倒れた父さんを抱き起そうとする。


「イリス、助かった。けど父さんが……」


「っ!」


 父さんは額に脂汗を浮かべ、苦しそうにわき腹を押さえている。

 その部分は濡れていて、それは父さんの上着を、そして押さえる両手を不吉に染めている。


「い、いい……わしは、無事、だ」


「なわけないでしょう! トルシュ兄さん! 医者を!」


「わ、分かった!」


 僕の叫びに、慌てた様子でトルシュ兄さんが外に出て行く。

 その間に止血をしなければ。


「お、おい!」


 ヨルス兄さんが戸惑いの声をあげる。僕が体育着の上着を脱ぎ始めたからだろう。

 それを止血のための布が手近になかったからで、別に他意はない。


「そんなハレンチなことさせられるか。それにお前は外を駆けまわってて汚れてるだろ。私のを使おう」


「でも……」


「でももなにもない。それが最善だ」


 兄さんは高そうな上着を脱ぐと、それを父さんの腹に巻き付ける。

 腕とか足なら傷より上の部分に巻けばいいが、腹部の場合はそうもいかない。素人療法だが何もしないよりはマシだろう。


 そうやって人心地ついた時だ。ヨルス兄さんが真剣な目でこちらを見つめてきたのは。


「トルシュ、イリス、お前たちが来なければ、父さん……そして私も助からなかっただろう。感謝する」


「う、うん……」


 年上――といっても本来の自分からは年下――の人間に、こうも真剣に言われ、少なからず動揺した。

 人に感謝されたことなんて、ここ数年来なかったから。


「けど、どうしてここに? まるで分かっていたように入って来たが」


 そこで僕はヨルス兄さんに話した。これまでのすべてを。


「そうか、そんなことが……」


 ヨルス兄さんは苦虫をかみつぶしたような表情でうなる。


「くそ、なんでこんなことに……」


 兄さんが、手を額に当てて嘆く。

 本当に、なんでこんなことに。けど、その根幹にあるものはうっすらと想像がついている。


「だがこれで凱旋祭は中止だな……いや、その前に各国への体面と、参加者への配慮をしないと」


 兄さんはすぐに政治家の顔になって、ぶつぶつと言い始めた。

 さすがというべきか、頼もしいというべきか。


 けど、その対応方針を耳にして、何か違和感を得た。

 それは違うという直感。ここで凱旋祭を中止にしてはいけないという、軍師的な勘。

 迷う。そこまで入っていいのか。いや、そうも言ってられない。これもまた、この国が生き残るかどうかの瀬戸際の判断なのだから。


「いや、兄さん。凱旋祭は続けよう」


「なっ! だが西地区では爆発騒ぎが起き、ここでは太守様を含め、父さんまで狙われたんだぞ。各国の参加者の人にも少なからず被害が出ているはずだ」


「だからこそだよ。今ここで中止にすれば、イース国には問題を収拾する力もないと判断され、各国への対応も下手に出ざるを得なくなる。それは今後の外交に影響が出るはず。だからなんでもないというアピールは必要なんだ」


「そ、それはそうかもしれないが……しかしそれでは父さんは? 父さんを病院に運べば、それですべてがパァだ。国の重臣がテロに屈したと、内外にバレるじゃないか」


「急病で隠すしかない。それと父さんには悪いけど、最低限の治療をしてもらって目途が立ったら、自宅で療養してもらう」


「バカな! 父親の命をそんな風に――」


「いや、それでいい」


「父さん!」


 父さんが絞り出すような声で会話に割り込んできた。どうやら意識がはっきりしたらしい。


「もともと病院ということが嫌いでな。自宅の方が清潔だし落ち着くから、そっちの方がいい。ふっ、それにこの程度の傷、傷のうちには入らんよ……つつ」


 額に脂汗を浮かべ、痛みに顔をしかめる父さん。

 言葉とは裏腹に傷は重そうだ。


「ごめんなさい。でも、それが必要なんです」


「ああ、分かってる。逆境にもくじけず強いイース。それを喧伝けんでんできれば、まだこの国は大きくなる。なに、私は大丈夫だ」


「…………分かりました。けど、医者が入院を主張すれば、そこはしたがってもらいますからね!」


「ふっ、長男は政治家としてはまだ甘いな。だが、それがいい。ヨルス、わしのポストはお前が継げ」


「分かってますよ。財政なんて繊細な部分、あの野蛮なインジュインに渡せるものか。軍部も財政もあいつの好き勝手にはさせません」


「ふふ、その意気だ……では頼む」


 父さんがそう言って少し笑うと、ホッとした空気が流れた。

 父さんは無事だ。なんとかなった。その安堵。


 だが、事はそれだけで済んではいなかった。

 これですべてが終わったと勘違いしていた僕は、なんて幸せ者だったのだろう。


 囮を使った要人暗殺。

 それだけの準備をしておいて、これだけで終わらせるか。

 ありえない。

 ゲームだって、謀略だけやって終わらせるなんてことはない。


 そう、こんなことで僕たちを狙う悪意が消え去るはずなんてないのだった。


「た、大変だ! 父さん!」


 トルシュ兄さんが、開け放たれた執務室の扉から転げるように入って来た。


「どうしたトルシュ。父さんの前で騒々しいぞ」


 ヨルス兄さんが注意をうながすも、入って来たトルシュ兄さんは顔面蒼白で完全にを失っていた。


 トルシュ兄さんをここまで慌てさせる事態。一体何が……。


「宣戦布告だ」


「は?」


「宣戦布告された。トント国が、攻めてきている……」


「…………なんだって!?」

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