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第96話 第一の関門

 スタートを切って走り出して数秒。

 すぐに足が止まった。


 というのも並べられた板の先、民家の屋根へと続くところで渋滞をしていたからだ。

 ただ坂道を上るだけなのに何故、と思っていたが、近づくにつれようやくその理由を知った。


「さっさと登れよ! つっかえてるだろ!」「痛っ、てめぇなにしやがる!」「ちょっと、どこ触ってんのよ!」「うわぁぁ、落ちるぅ!」「落ちてろ! さっさとどけ!」


 なんというか殺気立っていた。

 それもそのはず。屋根へと続く道は、ただ板が立てかけられただけではなく、湾曲して“ノ”の字を描いているように反り立っていたからだ。

 屋根に乗り移るには、壁のように屹立きつりつとした壁を乗り越えなければならなく、ダッシュ力と跳躍力に秀でた者でないとここでふるいにかけられるわけだ。


 屋根がコースという突拍子もないレースかと思いきや、その最初の関門からしてこれか。


 しかし参ったな。『軍神』のスキルを使えばあの壁くらいは楽勝だろうけど、この人ごみの中を突破して行くのはなかなか骨が折れそうだ。

 カタリアはもう先に行ってしまっただろうし、なんて思っていると、


「遅いですわ!」


 そのカタリアがいた。

 板の先ではなく、こちらを向いて。腕を組んで仁王立ちしながら。


「あれ? なんでいるの?」


「スタートダッシュで負けたと思われても、意味がありませんから」


 何の意味だよ。


「とにかく! ここからが真の勝負ですわ! 無様に負けてタヒラ様に泣きつきいい子いい子してなさいなんてことをするんじゃありませんわ羨ましい!」


 訳が分からなかった。

 けど、こいつなりにフェアプレイでやろうということは伝わって、それが少し嬉しい。


「けど、これじゃあどうしようもないだろ」


 ぎゅうぎゅうに詰まった人ごみを指し示す。

 それをカタリアは鼻で笑った。


「ふん、これだから二流は。こんなもの、どうということありませんわ!」


 なんて意気揚々に言い散らかすと、


「邪魔ですわ! このわたくしが通りますのよ!」


 人ごみをかき分けるように――いや、蹴散らすようにずんずん進んでいくカタリア。

 もちろんコップに満たされた水に無理やり手を入れれば溢れる。押し出された人たちが地面に落ちて脱落していく。ひでぇ。


 とはいえこれも勝負。妨害ありの中では平和な部類だろう。

 せっかくできた道を、僕もカタリアの後にこっそりついて一番前に出る。


「ふっ、これしきの壁。乗り越えられないインジュインではありませんわ」


 そのまま走り出し、壁を1回、2回と蹴り、屋根のへりに手を――失敗した。続いて2回目、3回目も失敗し、4回目にしてようやくへりに手をかけたカタリアはそのままけんすいの容量で屋根へとたどり着く。

 やるな。じゃあこっちも――


「ふふん! どうですの、これがわたくしの力ですわ!」


 肩で息をしていたカタリアは、呼吸を整えると地面に向かって傲岸と言い放つ。

 誰に向かって言ってるのだろうか。

 まぁ確かにすごいことはすごいので、素直に褒めることにした――彼女の横で。


「あぁ、確かにすごいな」


「きゃあ! な、なんでそこにいるんですの!」


 きゃあ、なんて可愛い声出すな。

 なんて呑気に思っていると、


「驚かせるんじゃないですわ! 落ちなさい!」


「ちょ、蹴るな! 落ちる! うわっ!」


 体が宙に浮く。手足をばたつかせようと、寄るべき地面もなければ軍神でもどうしようもない。

 途中で登ろうとする人の肩を掴んで引きずり落としながら落下速度を殺して、なんとか地面に足から降りる。というか落ちた。


「お前な! 危ないだろ!」


 屋根の上で傲然ごうぜんと反りかえるカタリアは、ふんっと鼻を鳴らすと、


「勝負はもう始まってますのよ! 油断する方が間抜けですわ!」


 ぐっ、確かにそれもそう。


「それでは、お先に」


 優雅に一礼して、さっと身をひるがえすカタリア。

 くそ、目にもの見せてやる。


「てめぇ、何してくれてんだ!」「どきなさい、邪魔よ!」


 壁の一番前に突っ立っている僕に、壁の下で殺気立っている参加者たちが猛然と襲い掛かって来た。

 そんなことしてる場合じゃないのに。


 右から来る女性をかわして手を引いてやると、そのままつんのめって反対側の男性にぶつかる。さらに背後から抱き着こうとする相手は、ノールックでジャンプして回避。

 つんのめった相手の頭を踏みつけると、そのまま跳躍して屋根に上る。


「速いな、あいつ……」


 すでにカタリアは数十メートル先を行っていた。

 その前にも登った人間は多いらしく、その向こうに屋根を行く人影が見える。


 ここで1位になれなきゃ、この国を知るということも出来ないし、何より賭けの清算がおぞましい。


 絶対に負けられない。

 その気持ちが足にためた力を、一気に爆発させ、僕は走り出す。

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