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第95話 凱旋祭2日目・レーススタート

「えー、それでは。これよりスタートの合図をイース国の栄えある太守様にしていただきましょう」


 もう始まるのか。

 緊張が走る。


「あれ? てか今どつかれたんだけど? 俺様、一応、偉いんだけど?」


「…………」


「あ、うん! 俺様が悪かった! 美女からのどつきはむしろご褒美!」


 ……緊張感を返せし。


「それでは太守様、こちらのボタンを」


「ん? これ? これを押せばいいってことね」


「あ――」


 太守は渡された何やらコードのついたボタンをポチっと押す。

 途端、彼らの背後にあった空間から、轟音が鳴り響き、空に向かって閃光が走る。

 それは空へと登っていき、曇り空に大輪の花を咲かせた。花火だ。


「…………」


 誰もが呆気に取られてその光景を眺めている。

 そんな中、はしゃぐのは我らが馬鹿殿だ。


「おー、すっげ。これ俺様を祝福する花火? うーん、これはもう、テベリス砲と名付けて各国の――」


「国都縦断クライング・ルーフ・ランニング・レース、スタートです!!」


 今まで淡々としていたネイコゥが、わめくようにそう叫んだ。

 うーん、あれほどの人が取り乱すなんて。つくづく、あの太守は御しがたいということか。


 ――って、


「スタートぉぉ!?」


 あまりに脈絡がなさすぎて、いや脈絡というか、段取り! あの太守が悪いけど、段取りは大事!


 っと、いきどおってる場合じゃない。スタートダッシュで出遅れるのは致命的。

 だが、それは誰もが同じく思うことらしい。


「邪魔だ、どけ!」「なに塞いでんだよ、兵隊さん!」「ええい、押すな! 我々がどけないではないか!」「100万、100万、100万!」


 スタートラインは大混乱だった。

 封鎖していた兵たちと参加者たちでいざこざが起きたのだ。

 本来なら先に兵たちがどいて、それからスタートという流れだったのだろうけど、あの馬鹿殿のせいでそれも叶わずこうなってしまったようだ。やっぱり段取り!


「お先ですわっ!」


 と、先に飛び出したのは、あのカタリアだった。

 彼女はスタートラインに群がる群衆、その肩に乗り、頭を踏みつけてやすやすとスタートラインを越えた。なんつー身のこなしだ。


 そしてそれはさらなる混乱を呼ぶ。

 自分もそれをやろうと隣の人を足場にしようとして揉めたり、あろうことか喧嘩騒ぎにまで発展していった。


 それを短パンやブルマの屈強な男女がやるのだから、まさしく地獄絵図この上ない。


『さぁ、始まりました! 国都縦断CR3クライング・ルーフ・ランニング・レース! 実況はこの私、アリエーター。解説にはクラーレ・インジュイン様にお越しいただいております! クラーレ様、いかがですかこの大会は!?』


『ふふふ、人がぐちゃぐちゃに押し合いへし合いするこの姿……あぁ、もうたまらないわぁ』


 どっかの誰かには天国らしかった。てか何やってんの、あの人。


『どうですか、クラーレ様。今回の見どころとしては!』


『そうね。あの一番に抜け出した73番、あぁ私の妹なんですけど。あれはやるわよ』


『なんと、そうなのですね。インジュインの方が出ているとは……しかし何故?』


『なんでも個人的な趣味だからと。あぁ、そういえば一番の私の推しが出てるのよ』


『ほぅ、それは!?』


『99番、イリス・グーシィン』


『グーシィン!? もしやそれはグーシィン家の!? キズバールの英雄の!?』


『えぇ、末の妹なんだけどね。あのはいいわよぉ。なんてったって、とてもいい味してるのよ』


『はぁ、味ですか?』


『そう、ほっぺなんてとっても美味しいわぁ。あの真っ赤なりんごを思わせる素敵なほっぺ。いつかがぶりってかじりたいの』


「なんてこと言ってんの!?」


 もう色々我慢できなくなって、声の主にツッコんでいた。

 クラーレは先ほどネイコゥらが挨拶していた壇の横に、解説席を作って座っていた。


『あら、イリスちゃん。お元気ぃ?』


 手をふりふり、真っ赤な髪の毛に隠れて少ししか見えない目は、これ以上ないくらい楽しそうに弧を描いていた。


「お元気ぃ、じゃないって! なにあることないこと叫んでんのさ!」


『あら、私はあることしか話していないけど?』


「ないことでしょ! つか風評被害を生んでるんだって!」


『風評被害? それはおかしいわね。私は何もあなたに損になることは言っていないけど? ほっぺがおいしそうって』


「だからそれ! プライバシーの問題!」


 あぁ、もう。あーいえばこーいう!

 めんどくさいから放っておきたいけど、放っておいたらおいたでそれこそ好き勝手喋るに違いない。


『あらん、それより私に構ってていいのぉ?』


「え?」


 ぴっとクラーレが指さすのは、スタート地点。

 そこに動きがあった。

 どうやら兵たちがどき、参加者が次々と吐き出されていっているのだ。


「あ……」


『おぉーっとぉ! そうこうしているうちに次々と選手がスタートを切りましたぁ! 国都縦断CR3クライング・ルーフ・ランニング・レース! いよいよ本格開始です!!』


『ほらほら、早く行かないと出遅れるわよぉ? ま、もう出遅れているけど?』


「ぐっ……」


 くそ、こんな奴に構ったのが不覚。

 こいつをこのまま放置していくのは危険だけど、このレースに僕の未来がかかっているのも事実。


「覚えてろし!」


『忘れないわよぉ。もちろん』


 妖艶ようえんな笑みを浮かべ満足そうなクラーレ。


 手玉に取られた敗北感が満たすが、それでも何とか気持ちを切り替えてレースに望む。

 そうするしか、その時の僕にはなかった。

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