第9話 惨劇の世界
悲鳴。
もちろん自分のじゃない。モルスでもない。
もっと別のところ――眼下の地図から聞こえてきた気がする。
しかも女性、いや、それより幼い少女の声。
それは偶然だった。
これまで音も声も聞こえてこなかったのだから、このシステムがどういう仕組みになっているのかは分からなかった。
とにかく、人の顔が確認できるほどの至近距離。そこに至って、声を認識したのか。あるいはその悲鳴だけを拾ったのか。
場面は逼迫していた。
そこはどこかの森。適当に移動していたから今が地図のどこかは分からない。
その森の中、昼間にも関わらず、事件が起きていた。
森の開けた部分にいるのは子供と少し歳のいった女性たちの集団。
その集団を、古風というか、全身をプレートアーマーで覆った人間――西洋の鎧騎士の集団が囲っている。
それだけでも何が起こったか判別できそうだが、彼女らのうち誰かがあげた悲鳴。
その原因となるものが転がっている。
護衛なのだろう。3人ほどの男が倒れている。
全身とは言わないが、肩、胸、足をアーマーで覆った屈強な男たち。
それらが倒れ、ぴくりとも動かない。
彼らの体の下から流れる液体が地面を濡らしている。
死んで……。
その元凶を作り出した、鎧騎士の集団。
その手には、凶行を起こした何かに濡れた剣が握られていた。
それだけで何が起きているのかは一目瞭然。
ワンチャン、倒れた男たちが女性たちの集団に暴行を加えようとしているところを、鎧騎士の集団が助けた、という解釈もできなくないが、それは女性たちの表情が否定している。
彼女たちは怯え、一か所にまとまって鎧騎士の集団から距離を置こうとするが、後ろは森。
じりじりと距離を詰められて追い詰められている。
つまり加害者は鎧騎士の集団。被害者は女性たちとその護衛ということ。
「お、これはなかなか面白い場面を引き当てたねぇ」
面白い?
いや、こいつみたいに人間を見下してまったくの他人事と思えばそうなのかもしれない。
けど、自分には無理だ。
こんなことを見てしまった以上、見て見ぬふりはできない。
正義感とかそういったものじゃない。
これから起こることは分かり切っている。
一方的な虐殺。
それを見たいわけじゃない。
けどここで目を逸らしてしまったら、僕は一生後悔する。
間近で見てしまった護衛たちの死に顔。
そして恐怖に染まる彼女たちの顔。
もし見逃してしまったら、それが一生、夢に出てくる。
それが怖い。
だから嫌だった。
そして悲劇は起こった。
女性たちの中から飛び出した、1人の少女。
鎧騎士の集団の前に立ち、両手を広げて必死に何かを叫んでいる勇敢な少女。
「よせ!」
こちらからの声が聞こえるはずもない。
1人の鎧騎士が前に出て、怯えながらも必死に身を挺する美しい少女を――
「あ――」
鮮血が舞った。
血ってこんな綺麗なんだな、と不謹慎なことを思いつつ。
一拍置いて、糸が切れたように地面に倒れる少女を見て、不覚にも涙があふれてきた。
胸の中に熱いものがこみあげて止まらない。
「モルス! あの場所に僕を落としてくれ!」
「あぁ、初めて名前で呼んでくれたね! 嬉しすぎて涙が出るよ!」
「そういうのいいから!」
「えー、でも君。彼女らとは初対面、というか名前も何も知らないよね。もしかして気に入った子がいた?」
「っ! そ、そういうわけじゃなく! こんなの、見てらんないだろ!」
モルスはそこでさも不思議そうに首をかしげ、
「なんで? こんなのこの世界では日常茶飯事だよ。それにまだ君はこの世界の住民じゃない。さっきも言ったでしょ? 君はNPCが殺されて、何を罪に思うことがあるんだい?」
「それは……」
そうだ。
この世界はゲーム。
なら僕には本来関係ない。
けど――
彼女らの表情。
彼女らの運命。
小学校の彼を思い出す。
1日しか学校に来れなかった、けど、彼は明るかった。
精一杯を生きた。
今の少女も、その精一杯も生きられず、ここで人生をシャットダウンされた。
そして今の僕だ。
必死に働いて、その果てに得た失業という現実。
報われない。何もかも。
その理不尽さが、なによりやっぱり、見捨てて夢に見るのが怖くて、嫌で。
「いいからさっさとする!」
「もぅー分かったよ。じゃあ結局、やるでいいのね。介入するなら、所属は彼女らがいるところで、アバター作る時間もないから、転生方法は憑依型でいい? それからスキルは――」
「なんでもいい! あいつらをぶっ飛ばす強力なのくれ!」
「うーん、あ、そうだ。この『軍神』なんていいんじゃないかな。ちょっとデメリットが強いけど――」
「それでいい! 早く!」
眼下の光景では、倒れた少女に駆け寄る小さな男の子と女の子が見える。
親しかったのだろう。
彼らは涙をこぼし、倒れた少女を必死に起こそうとする。
彼らの背後で女性たちは腰を抜かしたように必死に何かを叫ぶ。
対するフルプレートアーマーの集団は、勝者の余裕か、顔は見えないが、その光景を楽しそうに眺めている。
「ほい、じゃあ登録完了。あ、あとこれ。死神フォンね。オフラインでも使用できるし、充電も1日もってソーラーチャージ型だからどこでも充電可能ね」
「分かったから急いで!」
「じゃあ、きっともう二度と会うこともないだろうけど。君の物語、楽しみにしているよ、切野蓮くん」
「いや、もう一度会いに来るよ。さっさと全部終わらせて」
「え、なにそれ。告白!? あたい、今、告られてる!?」
「違うから!」
こんな色々振り回してくれたお礼参りをさせてもらわないと気が済まない。
最後の最後までこいつとは合わなかったな。
ま、いっか。
再び会う時は、すべてが終わった後だろうし。
それにしても、なんとも衝動的に決めてしまった。しかもいきなり修羅場中の修羅場か。
覚悟する時間がない。
後悔する時間もない。
けどいい。
彼女を救う手段がある。
それが僕なら、それでいい。
なら行く。
僕は行く。




