第0話 プロローグ
人が飛んだ。
もちろん比喩的な表現でもないし、人工物を使った鳥人間的なものでもない。
ただただ、物理的に人が空を舞ったのだ。
それも1人や2人ではなく、数十人、合わせれば数百人もの人が飛んだのだ。
それを可能にしたのは、人でありながら人を越えた力を持つ者。
その者たちが、数十万の人間を沈黙させる声を発する。
「我は呂奉先! 武の化身なり!」
「覇王の前に立ちはだかるとは。死にたいようだなぁ!」
「鎮西八郎の弓は天をも貫く!」
呂布奉先、項籍羽、源為朝。
歴史上トップクラスに数えられる3人の猛将だ。戦場に出れば、1人で戦況をガラッと変えることができるほどで、ゲームで言えば武力は100、チート級のスキルを持つ。
そんなものが一気に襲い掛かって来たのだから、いくら相手より兵力が勝っているとしても、たまったものじゃない。
前衛は地獄だろう。ことごとく蹴散らされ、蹂躙され、叩き潰される。
「なにあれ……化け物じゃない」
姉さんがつぶやく。
いつもは豪放磊落、細かいことは気にせず、あっけらかんとした彼女だが、この時ばかりは恐怖していた。
それも仕方ないだろう。普通の神経なら、あれを見せつけられて恐れおののかないものはいない。
この姉。もちろん本当の姉ではない。この異世界に血縁なんていないし、むしろ本来の僕にとっては年下だ。
けどこの僕のもととなっている体の、その姉ではあることは確か。そんな生活を長年送っていれば、自然と姉さんが定着した。
思えば彼女とは、この世界に来てから色々なことがあった。
そのどれもがこの姉の変態性を物語る、残念過ぎる思い出ばかりだったが、それでも戦場に立つ彼女は最強と思えてしまう。
そんな彼女が恐怖するのだ。
無理もない。けど対策済み。
だから僕は彼女に言った。安心させるように。
「大丈夫、クース国の鉄砲隊と、ツァン国の大砲が止める」
と同時、戦場に響き渡る轟音。鉄砲隊の一斉射だ。
それがわずかな間をおいてもう一射。さすが、鉄砲隊国クース国だ。練度が高い。
さらにそれと時を同じくして、腹に響く大砲音が響いた。
それは戦場を大きく離れ、3人の猛将が暴れる後方、敵の本陣近くに着弾した。
人的被害はさほどではない。だが、前で戦う兵たちは後ろが気になるはず。本陣が大砲により撤退すれば、彼らは取り残されるのだ。その心理的圧迫は相当なものだろう。
「それにほら、彼らが行く」
「キタカとエティンの騎馬隊……」
土ぼこりをあげて、戦場の左右から騎馬隊が疾駆。敵の左右に噛みついた。
ここまでは軍議で話した作戦通り。
だが――
「はぁぁぁぁぁ! そんな鉛玉でこの俺を止められるものかぁ!!」
それでも止まらない。呂布が、項羽が、為朝が、それぞれ武を発揮し、敵――つまり僕らの味方をほふっていく。
あぁ、やっぱり半端ないな、あの3人。
武力は100な分、知力は低いとされる彼らは、計略に弱いとされるが、こうも乱戦になってしまえばもうその弱点は意味をなさない。
残るのは圧倒的な武だけだ。
だから――
「姉さん、あとは止めるのが僕の仕事だよ」
「っ! やめなさい! あんなの止められるわけないじゃない! いくらイリリが強いからって。軍神とか言われておだてられた!?」
「大丈夫、そのための皆だから」
この世界に来て出会った仲間たち。そして姉さんたち家族。
彼らのためなら戦える。彼らのためなら死ねる。
あぁ、あそこまで自堕落で、ネガティブで、人づきあいができない僕が、よくもまぁそんなことを言えたもんだ。主人公かよ。
本当、人生というのはままならない。
これまで辛いことが多かった。多すぎた。
だからこそ、この乱世を平定するために知力を絞った。
できるだけ、血を流さないように。
だけど、それだけで平和を築けるほど世界は生易しくなかった。
だからここでは武を振るう。
圧倒的な武力を前にしても、それを振り払う力が僕にはある。
「イリス隊、出る!」
叫び、馬を走らせる。背後から部隊の皆がついてくるのが分かる。
味方の部隊の隙間を縫って、戦場をひた走る。
剣戟の音、断末魔の叫び、血の匂い。
どれも人をひとでなくす、最悪の所業。
けど、ここではそれが当然で、日常で、常識だ。
飲まれれば死ぬ。だから僕も武器を取った。殺しはしない。覚悟がないから。だから持つのは鉄製の棒。
敵の一部に突っ込んだ。
棒を振るって、相手の歩兵をなぎ倒す。
その向こう。いる。
呂布。
その巨体に禍々しいまでに無骨な黒の鎧。そして得物は当然方天画戟に馬は赤兎馬。
ゲームや漫画などで出てくるそのままの姿が、今目の前にいる。
そして振れれば死ぬとされるその武は、今も大量の死を量産している。
それを見れば、怖気づいているわけにはいかない。
歯を食いしばり、恐怖を払いのける。
「呂布!!」
叫ぶ。同時に加速した。相手もこちらに気づく。
「小娘が何をする!!」
「お前を、討つ!!」
「小癪!」
方天画戟が来る。受けられるのか。叩き折られて真っ二つにされないのか。
恐怖が身をすくませる。けど、思う。姉さん、兄さん、父さん。そして出会った人たちのこと。彼らが僕の背中を押す。
信じろ。僕がこれまでやってきたこと。この智と武で培ってきたこと。
そのすべてをここに置く。
きっと、この世界に来たのもそのためだったのだろうから……。
新しく書き始めました。
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