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第007話 高温の上限

 その部屋は、いびつと呼ぶにふさわしい空間であった。


 実技の試験会場となっている第一術式実験室に足を踏み入れ、ダイヘンツは両の眼を見開く。


 床から天井に至るまで、物理的に歪みが生じているわけではないのだが、生き物であるかのようにゆっくりと波打って見えていた。巨大な生物にでも飲み込まれたかのような錯覚を覚える光景だ。


 ダイヘンツは、室内の魔力濃度が極端に希薄となっていることをも感じとっていた。空間から魔含物質まがんぶっしつが急速に失われたのが理由なのか、密度が低下したことで空気中に白色の靄が発生してしまっている。


 質量変化に伴い、強制的に屈折率を変化させられた大気元素が、壁や床を揺らめかせて見せているのだった。


「っ!」


 ダイヘンツは、体内魔力を奪われる感覚に襲われ、咄嗟に己を保護する術式を発動した。


 もう一瞬遅れていれば、魔導師団の精鋭であるダイヘンツであっても、床に膝を付いていた事だろう。


 ダイヘンツは気を引き締め直すと、広い部屋の中央に視線を向けた。


 部屋の中心となる位置に、小柄な見習い魔導師の少女がいる。彼女から少しばかり距離をとり、監督官とみられる魔導師達が取り囲んでおり、更に距離を置いて受験者らが集まっていた様子であった。


 だが、その光景も異常だ。


 監督官も受験者も、自力で立っている者など存在していない。かと言って、床に倒れ伏しているわけでもなかった。


 皆が皆、透明のベッドに寝かされているかのように、同じ高度を保って横になっている。


 唯一、自らの足で立っているは、原因であろう魔導師の少女だけであった。


「シャポーさん!」


 ダイヘンツはその者の名を呼ぶ。


 困り顔で周囲を見ていたシャポーは、彼の存在に気付くと、助けが来たかの明るい表情となり答えた。


「エルダジッタのダイヘンツさんなのです。お久しぶりなのですよ」


「お久しぶりですね。その節は……と、挨拶している場合ではありませんよ、これはいったい?」


 駆け寄ったダイヘンツが、眠っているかのように穏やかな顔をしている者達を示して聞いた。


「えっとですね、全力で魔法を使うための準備をしたところだったのですよ」


「準備、です、か?」


 悪戯がばれた子供のように「てへへ」と笑うシャポーに対し、ダイヘンツは(本番となる魔法を使っていない、だと?これ程の状況をつくり出しておいて、まだ準備だというのか?)と冷たい物が背筋を伝うのだった。


「まずですね、第一術式実験室の防護魔法陣が、城壁の守りに施される物よりも脆弱でしたので、魔力深度と強度を増加させてもらったのですよ。床面の法陣は、三層構造立体術式でしたので、一層ごとに平面多層構造術式を加えまして、合計九層からなる防衛術式に一時的に変換したのです。壁や天井は二層でしたので、仮設的に六層構造へと変更させてもらったのです。壁面の魔法陣は帯状法陣の形式でしたから、魔法使用後の残留魔力を吸収する魔法陣も同一平面上に組み込ませていただいたのです。ただですね、魔力衝撃への耐性は高く出来たのですけれども、物理衝撃に対する耐性値が建屋の造りに依存していまして、余波計算式の―――」


「わ、解りました。シャポーさんの行使しようとしていた術式に対し、実験室の防護が低かったと。耐えうるよう一時的な改編を施したと。で、どうしてこの者達が意識を失っている理由に繋がるのですか」


 術式の細かな説明が始まりそうだったので、ダイヘンツは遮る様に言葉を挟む。己も含め、説明好きという魔導師のさがを彼が理解しているが故であった。


 シャポーは、はたと話を止めて、空中に浮いたまま失神している監督官や受験者らを再び見やる。


「監督官さんには伝えまして、大丈夫だからと言われたので準備を開始したのです。けれども、魔力吸収の法陣を稼働させた際に、皆さんの魔力が吸われてしまった結果、急性魔力枯渇に陥ってしまったのですよ。魔力保護の術式が、まだ準備できてなかったみたいなのです」


 その答えに、ダイヘンツは頷きつつも(保護術式が必要とは、思わなかったのだろうな)と心の中で呟いていた。


「では次の質問ですが、なぜ全員が浮かんでいるのでしょう」


「シャポーオリジナル術式、快眠ベッド魔法なのです」


 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、シャポーは胸を張って答えた。あまりにも簡潔だったため、ダイヘンツは「はぁ、ベッドですか。ん?」と首を捻る。


「魔力枯渇を起こしてしまう人も居るかと思いまして、気を失って頭を床に打ち付けないように、ベッドのような術式をですね、準備を始める前に行使しておいたのですよ」


「そうでしたか」


 安全の為、術式でベッドを作っておいたのだなと理解することにして、ダイヘンツは深く考えるのを停止した。


「現状の理由について概ね把握しました。ではシャポーさん、術式を解除してもらっても良いですか」


「ほえ?シャポーはまだですね、実技試験が終わっていないのですけれども。どうしましょうか」


 ダイヘンツの言葉に、シャポーは大層驚いた表情で返した。


「と、とりあえず、魔力を吸収し続けている空間をどうにかして貰わないことには、皆が意識を失ったままになってしまいますから」


 ダイヘンツ自身も、雑に体内魔力保護の術式を組んでしまっていた為、維持するのが難しくなりはじめていた。


「ですですね。シャポーも監督官さんがいなくて『本番』の魔法をどうすればいいのか、困ってしまっていたのです」


 諦めの小さなため息をついて、シャポーは事前準備用のパッケージ魔法の解除を承諾し「仕切り直しなのですよ」と、ぽつりと漏らした。


 シャポーの独り言が耳に入ったダイヘンツは、慌てて口を開く。


「いやいやいや、大丈夫です。私も、第一試験会場の監督官を任されていますから、これだけの魔法が使えるなら実技は十分!問題ない!私が保証しましょう!」


「出題通りに、全力で魔法を使ってませんけれども―――」


「エルダジッタの名にかけて、だいじょうぶですから!」


 焦りを滲ませた笑顔でダイヘンツはまくし立てた。


(準備段階で、恐らく十個近くの術式を行使しておいて、これから全力を出す、だと?監督官として立ち会いたくなくて当然ではないか。探求心からくる興味はあれども、本能が「やめておけ」と警鐘を鳴らしている。危険だぞ。これは絶対に危険だ)


 経験豊富なエルダジッタの精鋭ダイヘンツは、勘に従うよう己に言い聞かせるのだった。


「ダイヘンツさんがそこまで言って下さるなら心配無いのです」


 うんうんと頷き、シャポーは準備の魔法の解除へと取り掛かる。


「ところでシャポーさん、お聞きするだけですが、全力の魔法とはどのような術式を予定していたのでしょうかね。あくまで聞くだけですが」


 好奇心に駆られたダイヘンツは、こそりとシャポーに問いかけた。


「床面の防御術式に熱耐性の式が組み込まれてましたので、高温高熱の術式を試してみようかと思っていたのです」


「ちなみに、熱量は?」


 ダイヘンツは、仮に監督官として立ち会った場合、どのレベルの防御魔法を使えば良いのかと更なる興味が湧く。


「一応ですが、建屋の材料の融点を超えてしまうまでは解るのですけれども、全力での行使は経験がないのですよ。せっかく見守ってくれる監督官さんが居るのに、試せなくて残念なのです」


「はい。それでは、解除の方、お願いします」


 しょんぼりとする見習い魔導師少女の横で、精鋭魔導師は(無理だ。私も融ける所だった)と安堵し胸をなでおろすのだった。

次回投稿は11月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそも全力出すために自分で準備が必要とか、その時点で全力では無いけど
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