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第006話 魔導師団の精鋭エルダジッタ

 漆黒のマントをなびかせ、気難しそうな相貌の男が魔導省の廊下を行く。


 マント中央には黒色こくしょく糸の刺繍が施され、技研国カルバリの魔導師団における精鋭のみが身に着けることを許される『エルダジッダ部隊』の紋章が、薄っすらとその背に浮かび上がっていた。 


「ダイヘンツ卿お疲れ様です。ダイヘンツ卿に監督官をお願いしております第一試験会場ですが、受験者全員の出席確認が終わりました。他二つの会場よりも早いのですが、実技についての説明を開始しております」


 男を見かけた魔導省事務官の女性が、道を譲りつつ声をかけた。彼女は、ダイヘンツへ手にした書類を示すように傾ける。


「名簿ですね。拝見させていただいても?」


 ダイヘンツの申し出に、事務官は快く受験者の名が書き連ねてある一枚を差し出した。


 獣の皮を加工して作られた獣皮紙には『第一術式実験室』と部屋の名が記されており、受験者の一覧が続いている。


 獣皮紙は、長期の保存が可能な媒体であるが故に、政府の管理する公文書に使用される。


 事務業務のほとんどをゲージで行ってこそいるが、魔導検定試験は政府管轄の重要な試験に位置付けられており、このような形で名簿を保管する事と定められているのだ。


「カルバリへ監督官の派遣を要請しましたが、精鋭であるダイヘンツ卿に来ていただけるとは。しかも、急遽の派遣要請にもかかわらず……魔導省の全職員が感謝しています」


「いえ、今回の試験は特別だと聞いていますので」


 ダイヘンツは、事務官の言葉に顔を上げて答えた。


「指揮官や魔導講師となる優秀な人材を選別するためということで、座学試験の難易度を格段に上げましたからね。実技についても、見習い魔導師に対して『全力を出すように』などと、監督官を増やさねば対応できない内容になりましたから。例年とは違い、特別ではあります」


 肩をすくめて見せる女性からは、明らかに不本意である様子がうかがえる。


「内乱で失われた指揮官や講師クラスの人員補充。そして、これ以後の試験を通過した者達を導くための人材として育成する。でしたか」


 少々ため息交じりに言うダイヘンツに、事務官の女性は「上からのお達し、ですね」と苦笑交じりに頷いた。 


 守衛国家セチュバーの起こした内乱。


 一般の民への被害は、驚くほどに少なかった。だが、軍属ともなれば話は別であり、短期間で多くの死者が出ているのだ。


「為政者等が好みそうな、耳心地の良い机上の方針。国民に対する配慮が大部分なのでしょう。が、部下として入って来る人材が優秀であるのは、現場としても助かりますけれどね」


 ダイヘンツは、実際の状況を鑑みて、後々にプラスであるのは間違いないことを吐露する。


「確かにそうです。が、準備する方の身にもなれと!座学試験の問題を一から見直すにも時間が必要だというのに、面接試験も『難易度を上げろ』という指示だけでしたよ。上は丸投するだけなんですから、魔導検定試験を実施できているのが奇跡に思えますよ」


 彼女の言うように内乱の終結から半年と経っていない。兎にも角にも、試験を実施する側としては、控えめに言っても忙しすぎたのだ。


 魔導省が、魔導検定試験を例年通り行うと決めたのは、昨年までの試験内容を踏襲する形であれば可能だという判断があったがためである。それであっても、事務方としては勘弁してほしいというのが本音だったのではなかろうか。


 それを、検定試験が実施されると聞きつけた、クレタス諸王国から成る政府は『人材の補充と次世代の育成』との方策をねじ込んできたのだ。


 実務を担う側となった魔導省所属のこの女性が、愚痴をこぼしたくなるのも無理からぬことであろう。


 試験実施の応援に駆け付けたダイヘンツが、人相に似合わず好人物であるところも、彼女の口を軽くさせるのであった。


「お互いに宮仕え、上には逆らえないですね」


 ダイヘンツは、愛想笑いで答えると、名簿に再び目を落とした。


 受験者の所属国や家柄など、略式的ではあるものの、様々な情報が記載されている。


(ゼーブ家の次期当主ミシルパ嬢の名もあるか。初日の座学試験の折に、個々人の魔力量を推定して三会場に振り分けるとは聞いていたが、間違いないようだな)


 ダイヘンツの記憶では、第一術式実験室で試験に臨もうとしている者達が、名だたる名家や魔導の血筋の者達ばかりであった。


 さして珍しくも無いものか、と彼は心の中で呟く。カルバリの虎の子部隊とも称されるエルダジッタに所属しているだけあり、中央王都含む各諸国の貴族についても、十分な知識がダイヘンツにはある。


 しかして、彼の目が一覧の最後にある名前を確認すると、みるみるうちに見開かれてゆく。


「シャポー・ラーネポッポ」


 ダイヘンツは不意に呟いてしまっていた。


「ああ、その子ですか。初日の段階で、魔力があることは判明しているのですが、測定法陣の不具合が起きたみたいで、会場の振り分けから漏れそうになった子ですよ。委員会側から安全に配慮するとの判断が下りまして、第一試験会場のグループに入れられてしまったんですよね。他の人の魔法を見て、変に自信を無くさなければ良いのですが」


 事務官の言葉に、ダイヘンツは全く反応を示さない。その代わり、シャポーの行にある別の項目について、またもや呟いてしまった。


「教会魔導講師」


「田舎の村出身の見習い魔導師で、たまに居るんです。魔導の師匠が、村にある教会から依頼されて子供に読み書きを教えていて、それを手伝っていたり、引き継いでいたりする見習い魔導師が。教会から依頼料を受け取った実績があれば、一応『教師』としては認められますので。そう思えば『講師』という表現は珍しいですね。教会に魔導の知識を、正規の魔導師が教授する『教会魔導講師』とは異なりますので、混同しないように後程直さねばなりませんね」


 ダイヘンツの持つ名簿を覗きこみ、事務官は困り顔を浮かべて言った。


 魔導省の扱う公文書であるため、正しい内容でなければならない。彼女からすれば、見習い魔導師が教会の魔導講師を務めていたなど、間違いにも程が有ると言わざるを得ない。


 だが、覗いている名簿が小刻みに震えていることに気付く。手にしているダイヘンツが震えているのだ。


「ダイヘンツ卿。どうかなさいましたか?そちらの間違いについてですが、混乱する部分ではありますが、実害の有る内容ではありませんので。上司に報告し、今後は無きよう―――」


「この娘は、薄茶色の髪をし、ブルーグリーンの大きな瞳が特徴的ではありませんでしたか」


 事務官の言葉を遮り、ダイヘンツが問いかける。


「ええ確かに。出席の確認をした際に見ましたので、間違いありません。小柄な女の子でしたよ」


 小柄と聞いたことで、ダイヘンツの脳裏に一人の魔導師少女の姿が思い出された。


「シャポー殿か!?」


 突然、ダイヘンツが大きな声を出したがために、事務官の女性は目を丸くして「ひっ」とか細い悲鳴を上げる。


「第一術式実験室は、この先を右だったな?」


 名簿を事務官に押し付け、ダイヘンツは試験会場の場所を確認した。


「はい。すぐの角を右です」


 こくこくと頷き、女性は正しいことを伝えた。


 次の瞬間、ダイヘンツの姿が彼女の前から掻き消されたかのように失せる。


「え?」


 事務官の女性は案内した方向へ慌てて振り向いた。一瞬だけ廊下を駆けるダイヘンツの背中を目で追えたのだが、右に繋がる廊下へ差し掛かると滑るようにして消えてしまった。


「お知り合い、だったのでしょうか」


 何が起きたのかも分からず、取り残された事務官は、名簿の最下段にあるシャポーの名前を見つめるしかできないのだった。


 そんな事務官の女性とは違い、ダイヘンツは非常に焦っていた。


(教会魔導講師、シャポーという名、身体的な特徴。私の知るシャポー殿で間違いない。全力で魔法を使わせる試験だと?止めなければ。あの純粋と真面目を絵に描いた様なシャポー殿であるならば、言われた通り手加減なしに全力の魔法を行使してしまうかもしれない。いや、する。絶対する)


 嫌な汗がダイヘンツの額を流れた。


(何故、試験を受けているんだ!?教会からの推薦状があれば十分ではないか。エルダジッタと同等の魔力があると仮定すれば、同じ試験会場の者達が危険にさらされる。我ら以上の魔力ともなれば、建屋ごと吹き飛ぶ可能性も……っ!)


 体内魔力制御を全て走力に集中させ、ダイヘンツは試験会場の間近まで迫る。


 それでも、ダイヘンツの気持ちだけが先走るかのように、呻きにも似た声が出てしまう。


「内乱の最前線から帰還した魔導師だぞ」


 精鋭部隊エルダジッタとして参戦した彼は、シャポー・ラーネポッポという見習い魔導師を戦場で何度も目撃していたのだ。

次回投稿は10月29日(日曜日)の夜に予定しています。

投降時間が遅くなってしまいました。申し訳ありません。

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