第064話 怖気を誘う悲鳴
「東門が破壊されましたの!?」
ミシルパは、屋敷の執務室で報告を聞くと、驚いた様子で椅子から立ち上がった。
首都の防衛設備から考えて、一晩すら持ちこたえることが出来なかったのは、想定外だったからだ。
「現在、東門で交戦開始。魔導師団と軍により、ロボリ軍の侵入は阻止できているとのことです。が、敵の攻勢が厳しく、首都内に侵入されるのも時間の問題かと」
ゼーブ家の執事ゼーリが、執務用のゲージを見ながら、冷静な顔つきのまま伝える。
大貴族であるゼーブ家は、軍事上秘匿性が高いとされる情報にも、閲覧の許可が与えられていた。為政者の責務としてだけではなく、貴族として独自の警護部隊を所有しているのが大きな理由だ。
今のような非常時に、政府や軍と連携するためである。
ミシルパは、素早く思考を働かせると「早すぎますわね」と、机上の書類を睨みつけながら一言呟く。そして、当主の顔付きとなってゼーリへ向き直った。
「当家の者は、軍に協力し民間人の避難誘導を。後は、私が戻るまで、ゼーリ貴方が指揮なさい。敵の目的が、クレタス住人の根絶やしと推測できる以上、屋敷などを無理に守る必要はないと、皆に言い含めておくように」
ミシルパは右腕をさっと横に振って言葉を締めた。
「かしこまりました」
ゼーリが恭しく頭を下げる。そして、不意に顔を上げると、ミシルパへ視線を向けて片眉を上げた。
「ミシルパ様は、どちらに?」
ゼーリの問いに、ミシルパは微笑を返す。
「私は、シャポーさんの所に行きますの。私の権限や貴族としての立場が、シャポーさんのお役に立てるのではないかと思いましてよ」
シャポーに対して謎の深い信頼を寄せているミシルパは、それが正解であると確信しているように顎をついと上げて言うのだった。
***
魔導師団と精鋭エルダジッタを引き連れ、東門の軍と合流していたダイヘンツは、苦戦を強いられていた。
「体内魔力の枯渇には注意するんだ。魔法の威力減衰が激しいからと、無暗に魔力を込めすぎるな。全魔導師に伝えろ」
補佐官のアーナスが「了解しました」と答えるのを聞いて、ダイヘンツは敵の方へと視線を戻す。
魔導師団の放つ攻撃魔法は、精霊力で支配された空間によって魔力が拡散され、有効的な打撃を与えられていない。
「防衛機構の攻撃と同じく、我々の魔法も威力が弱められてしまうのか」
カルバリ軍とロボリ軍が衝突している東門。その近隣建屋の屋上から、魔導師団は魔法による援護射撃を行っている。
攻撃魔法が十分届く位置取りをしていたにもかかわらず、放つ魔法は空中で分解でもされているかの有様だ。
「近接戦闘に切り替えますか?」
アーナスは、口調こそ冷静ではあったが、怪訝な表情を浮かべている。
エルダジッタ部隊ならともかく、魔導師団を大軍がぶつかり合っている場へ投入するのは、あまり好ましい選択ではない。
だが、効果が上がらぬ作戦を続けるのも、魔力を消耗するばかりで意味があるとは言えないのが現状だった。
「いや、東門により敵の兵士数が絞られ、戦場は拡大していないからな。我々が加わった所で、軍の統制を乱す可能性こそあれど、戦況を優勢に変えることは不可能だろう。軍が押し返せるよう、このまま援護するのがいいと判断する」
言ったダイヘンツも、魔導師団による援護が、敵を押し返す程に至っていないと解っていた。
しかし、軍の動きを阻害してしまう恐れもあるので、迂闊に地上におりて戦闘に加わることができない。
敵の大規模な侵入を阻止できているいじょう、下手な手は打てないとの判断だ。
「劣勢に傾いたとみられる部隊の援護に火力を集中する。無駄に魔力を消費するな。エルダジッタの各部隊は、情報を密に共有しろ」
ダイヘンツの傍に居た漆黒の魔導師達が、承諾の旨を返した。
(現状維持を続けるのは、こちらの消耗を待つのと同じだが。門の外に居るロボリ軍が、防衛機構の攻撃に耐えかねて撤退するか。我慢比べになるな)
首都に入ることが出来ていないロボリ軍は、壁に設置された術式に攻撃され続けている。威力が弱められているとはいえ、被害が出ていない分けが無いのだ。
さりとて、東門が破壊されたのと同様に、防衛機構を潰すため、ロボリ軍は壁をも攻撃対象としていた。
カルバリとロボリ、どちらが優勢になるかは、今のところ判断付きかねる状況なのであった。
「ダイヘンツ指揮官!あれを!」
首都内へと突出して来た敵を注視していたダイヘンツを、アーナスが叫ぶように呼んだ。
ダイヘンツは、彼女の指さす方へ目を向ける。
壊れて開け放たれた東門の先、ロボリ軍の頭上に、精霊の軍勢が発現していた。
「門を破壊した攻撃か!防御術式展開!軍の被害を最小限に抑える」
ダイヘンツの指示が飛んだ次の瞬間、人型の姿を得た大気や風の精霊達が、門の中へとなだれ込んだ。
「ピギャァァァァァアアッァァァァァァ!」
苦しみとも悲しみともとれる、悲痛な叫びの音を纏った精霊の塊が、カルバリの軍に覆いかぶさる。
魔導師団の構築した防衛術式に衝突し、消滅する精霊達が、断末魔の声を響かせて消えゆく。
「何なんですか、これが精霊魔法なんですか?」
両手を前に突き出し、防御魔法を展開しているアーナスが、顔を青ざめさせて言った。
精霊が人の形を成しているから尚更、その突撃は不気味さを増して映る。
「こちらにも来るぞ!」
ダイヘンツの声に反応して、エルダジッタ部隊の者達が、魔導師団のいる建物の屋上にも防御魔法を形成した。
「ピギィィィイ」
ダイヘンツの眼前にまで迫った風の精霊は、苦悶の表情で爆ぜ、強烈な風を巻き起こす。
地上では、魔法による防御の崩された箇所から、カルバリ兵が精霊の直撃による被害を受け始めていた。
「全軍に通達!精霊の突進が再び来るぞ!」
ダイヘンツが門を見やれば、精霊達がまたもや姿を具現化させようとしている。
(軍が崩された。魔導師団の被害を把握し、市街戦に移行せねば)
怖気を誘う悲鳴とともに、ロボリ軍の出現させた精霊が、再びカルバリ首都内部へ移動を開始したのだった。
次回投稿は12月15日(日曜日)の夜に予定しています。




