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第062話 経験の差

 シャポーは、戦争の足音が、すぐそこまで迫っているとは思えないほど、普段と変わらぬ日常を過ごしていた。


 起床してから五十八階の中庭でピョラインやムプイムらと身体を動かし、ウォーペアッザが登院すれば今後の研究について議論を交わす。夕方ともなれば、仲間が自然と集まって、魔法の訓練をするという、シャポーにとっての日常だ。


 戦禍を避けて町に流入する民間人は日に日に増えつつある。だが、ミシルパら為政者による適切な裁量によって、首都の混乱は最小限に抑えられていた。


 そのため、カルバリ首都で暮らしている人々も、シャポーと同じように、いつもと変わらぬ生活を送ることが出来ているのであった。


 隣国ドートの戦場が、膠着状態にあるという情報も、人々の心をある意味平穏たらしめる要因になっていたかもしれない。


 そんな日々が続いて行くかと感じ始めていた中、シャポーの研究室に一通の連絡が届けられたのだった。


「紛失厳禁の印が付いた書類なんて、初めて見たな」


 シャポーと並んで研究院の廊下を歩いているウォーペアッザが、手にしている紙に目を落とす。


 そこには『超総合庁舎塔サーペンの魔導従事者各位、有事における戦時行動への御協力のお願い』という、長い題が書かれていた。


 内容としては、カルバリの首都が戦場となった場合、研究院に所属している魔導師にも協力を要請するとの旨が記載されている。詳細については、指定されている場所にて説明が行われるらしい。


 シャポーとウォーペアッザは、指定の場所に向けて移動しているのだ。ほのかは、いつも通りシャポーのフードの中でお休み中である。


「初めてと言えばですね、研究院の塔の正式名称を、シャポーは初めて知ったのですよ」


 紙を覗きこんだシャポーが、名称を指差す。


「超総合庁舎塔サーペン、な。実は俺も」


 首都の中央にそびえ立つ巨塔は、一般市民からも「魔導研究院」と呼ばれているし、事務局からの連絡でも「研究院」と記されるのだ。彼らが、建物の名称を知らなくても仕方ないのかもしれない。


 ウォーペアッザが見ている書面は、全ての研究室宛に送られている物のようだ。その証拠に、シャポーとウォーペアッザの他にも、集合場所へと向かう研究員の姿がちらほらと見受けられた。


「魔導師ではあっても、全員が戦えるわけじゃないんだけどな」


 同じ方向へと進んでいる魔導師達の様子を確認し、ウォーペアッザは小さなため息とともに呟いた。


 攻撃魔法を得意としている者であれば、既に魔導師団に所属しているはずだ。


 ウォーペアッザが見る限り、研究を本分とする魔導師ばかりである為、誰もが浮かない表情をしているのだった。


「でも、魔導師団は、この前の内乱の時に中央王都を奪還する作戦で、かなりの被害を受けてしまっていたのですよ。シャポー達でも協力できる事があるなら、お手伝いするのもやぶさかではないのです」


 眉をぎゅっと寄せているシャポーの横顔を、ウォーペアッザはちらりと見やる。


「お手伝い……ね」


 ウォーペアッザの脳裏に、この魔導師少女なら敵を全て吹き飛ばしてしまいそうだな、という考えが浮かびはしたが、口に出すのはやめておくことにした。


 言ってしまえば、本当に前線まで行きかねないと感じたからだ。


「どうかしましたのですか」


 ウォーペアッザの視線に気づいたシャポーが、きょとんとした表情で首を傾げた。


「いや。ダイヘンツさんの役にも立てるだろうし、きちんと説明を聞かないとな」


「ですですね」


 視線を逸らせながら言うウォーペアッザに、シャポーは力強く頷いて返すのだった。


「おんや~。シャポーちゃんにウォーさん」


「おっす。おっす」


 シャポー達を見つけたピョラインとムプイムが、追いついてきた。


 四人は挨拶を交わすと、連れ立って目的地へと歩き出す。


「しかし、しかし。塔に備え付けてある魔装臼砲の取り扱いについての説明を受けるなんて、思わなかったよ。戦争とはいえ、物騒だよねぇ」


 ピョラインの、さも当然であるかのように言った内容を聞いて、ウォーペアッザが「え?」と驚きの声を上げる。


「書いてありました?」


 ウォーペアッザは書類をまじまじと見返す。


「書いてないと思うよ。私のところの代表研究員から教えてもらっただけだからねぇ」


「うちの研究室でも、話出てた」


 あははと笑いながら答えるピョラインの横で、ムプイムが親指を立てた。


「はわ~。これから聴くのは、魔装臼砲の説明なのですね」


 魔装臼砲とは、内部に仕込まれた術式によって魔力の『弾』を生成し、高威力で打ち出す砲だ。攻城兵器として使用される魔力を放出するだけの物とは違い、大気中でのエネルギー拡散を抑えることで、長い射程距離を持つのが特徴だ。


 だが、弾の生成というプロセスを踏むため、連射性能は高くない。


 そんな弱点を補うため、敵の攻撃にさらされぬよう、カルバリでは塔の十階層付近に複数の砲が設置されているのだった。


「塔の魔装臼砲を稼働する準備をするのだから、軍や政府の上層部は、首都の内部で戦闘になる可能性が高いと考えているのか?」


 顎に手を当て、ウォーペアッザは険しい表情で唸った。


「あくまで、最悪を想定してって事らしいよ。魔導師団の多くを、エルダジッタ指揮下に置くためみたいだからねぇ。塔の防衛戦力として最低限残される魔導師団員に、研究員の魔導師が協力するって感じみたい」


 ピョラインは腕を組んで、何度も頷きながら答えた。


「詳しいですね。ピョラインさんの研究室って、軍事関係でしたっけ?」


「んや、農業系で、専門は土壌の開発と改良だよねぇ」


 ピョラインは、かんらかんらと笑うのだった。


 そうこうしている内に、四人は目的の十階層に到着した。そこは事務局側の管理する階層で、研究院の魔導師であるシャポー達は、こんな事でもない限り立ち入ることの無い場所だ。


 人の流れについて行くと、魔導師団員が廊下に立っており、魔装臼砲の設置されている部屋に案内された。


 大人の胴体ほどはあろうかという砲身が、部屋の中央に設置されており、壁には魔装臼砲に魔力を供給するためのエネルギー結晶が並べられていた。


「でかいな」


「思ったより大きいねぇ」


 ウォーペアッザとピョラインは、流石は技研国カルバリの魔装臼砲だなと、感嘆の声を上げた。


 部屋に集っている研究員たちも、物珍しそうに眺めていた。


「けっこう、長い」


 ムプイムが両手を広げる。彼女の身長の三倍はあろうかという長さだ。


「少し小さめなのですかね」


 以前、暴発寸前の状態を解除した魔導砲を思い浮かべつつ、シャポーは素直な感想をぽつりともらした。


「「「え?」」」


 聞いてしまった三人は、微妙な表情を浮かべるしかできないのであった。

次回投稿は12月1日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
戦闘経験なら歴戦なだけのことはあるな 交友関係もそっち方面のプロフェッショナル揃いだな、そういえば
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