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第061話 知らぬところで筋骨隆々

「そんなにむつかしくは、無いのですけれ――」


「難しいだろうな。精霊文字を単純に覚えるだけではなく、その成り立ちや意味に含まれる自然現象への理解。そして、五感全てで精霊語を認識していなければ、俺達の使う術式に組み込んだところで『単なる未知の変数』になるだけで、魔法として機能しないんだからな」


 シャポーの言葉を途中で切るように、ウォーペアッザは一呼吸で断言した。


 遮られたシャポーは「むぅ」とほっぺたを膨らませる。彼女の頭の上で、ほのかも「ぷぅ」と楽しそうに顔真似をしていた。


「ですわよね。緊急会議で、意見として述べずにおいて、正解でしたの」


 ミシルパは、ため息とともに安堵の表情を浮かべた。


 彼女は、軍事会議が終わったその足で、シャポー研究室に来ている。会議の場で、精霊文字について言及しなかったことが、間違いでは無かったと確認したい気持ちがあったのだろう。


 シャポー研究室には、いつもの五人が顔をそろえている。ピョラインとムプイムは、窓辺のソファーに座って、すっかり日が落ち、暗くなった外を眺めているのだった。


 再び長いため息を吐いたミシルパは、彼女にしては珍しく丸机に突っ伏すように姿勢を崩した。


「ミシルパさん、とっても疲れてしまっているのですね」


 シャポーは、ミシルパの頭の天辺を心配そうに見つめる。


「疲れは感じていますけれど、おかげさまで、前程ではありませんのよ。それよりも、ここに来ると、なんだかとても落ち着きますの」


 顔だけ上げたミシルパは、にこりと微笑む。


「それは、とっても嬉しいのです」


 シャポーは微笑んで返すと「ではでは、ミシルパさんのお茶を入れますのですよ」と席を立った。


「避難者の数も増えてるよねぇ。避難所が、足りていれば良いけれど」


「ドートも、混乱してるから、食料とかも、心配かも」


 ピョラインとムプイムは、町を見下ろしながら呟いた。


「避難所については、ゼーブ家が所有している区画なども解放しましたので、今のところ、大きな混乱は起きていませんの。でも、ムプイムさんの言う通り、食料や生活必需品については、手を打っておかなければなりませんわね。首都の備蓄も、無限ではありませんもの」


 攻め込まれている現状、カルバリ領の生産力は、半分近くにまで落ちていると言っても大袈裟ではない。物流路が、ドートの国境沿いにのびる渓谷道であるため、戦いが長引けば、食糧不足など様々な問題が表面化してくるのは明らかだ。


「それも見越して、動いていたんだろう?ゼーブ家の魔導品商会が、商っている品自体が減っているはずなのに、トップであるミシルパは、相も変わらず忙しくしていたんだからな」


「あら。よくわかりましたわね」


 ウォーペアッザに指摘され、ミシルパはくすりと笑う。


「研究資材の流通が減ったので、有事に備えた物品の輸送に切り替えましたの。当家も小さな商会ではないので、市場荒らしを始めたと受け取られないよう、細心の注意を払うのに苦労しましたのよ」


「はわー。ミシルパさんは、先見の明があるのですね」


 肩をすくめて言うミシルパに茶を出しつつ、シャポーは瞳に尊敬を滲ませて言った。


「自ら忙しくしておいて、それで皆さんに心配をかけたのですから、賢かったとは言えませんわね。今は、父に商会の事を丸投げしていますけれど」


 ミシルパは、ちろりと舌を出す。


「ダイヘンツさんも、忙しいんだろうな」


 机に肘をつき、ウォーペアッザは天井に視線を向けながら言った。


「カルバリ首都防衛における、魔導師団の指揮官を任されていましたもの。ドートがデルアボリ軍を押し返すまで、休まる時間は無いのでしょうね。本体であるデルアボリ軍が退けば、カルバリに侵攻しているロボリの軍も撤退せざるを得ないと考えられましてよ」


 ミシルパは、温かい茶の香りを広げるかのように、ゆっくりと回しながら答えた。


「ドートは、押し返せると思うか?」


 いつにも増して真面目な表情で、ウォーペアッザはミシルパに聞く。


「中央王都から修道騎士団が、ドートへ向けて出発したみたいですの。その到着によって、戦況が良い方向に動くかもしれませんわね」


 内容とは違い、ミシルパは首を横に振っている。


 その様子を受け、ウォーペアッザも眉間に皺を寄せた。


「修道騎士団とはいえ、百数十名だもんな。確実に流れを変えてくれるだろうだなんて、楽観できないか」


 修道騎士とは、クレタスにおいて最強の騎士団と称される者達だ。援軍として、これ程に頼もしい存在はないはずである。


 だが、守衛国家セチュバーが起こした内乱で、その修道騎士団ですらも、かなりの被害を出している。


 君主制国家の連合軍となっているデルアボリの軍勢に対し、二百にも満たない数の援軍では、心もとなく感じても仕方ないことであった。


「修道騎士さん達は、すっごーく強いので大丈夫なのですよ!シャポーの良く知っている騎士さんはですね、攻防に優れた、隙の無い人なのです。お料理やらお裁縫やらも上手で、本当に隙が無い女性なのです!」


「ぱぁぁ!ぱぁぁ!ぱぁぱぁぱぁ!」


 シャポーとほのかが、両拳を縦に振りながら力説した。


「修道騎士は攻撃と防御のバランスが、クレタスの中でも群を抜いているとは聞いているけどな。後半の方は、意味がよく分からんけども」


 ウォーペアッザは、片眉を上げた。あまり本気で受け止めていない表情だ。


「シャポーさんが、そう言われるのなら、わたくしは信じて良いと思いますの」


 全幅の信頼とはこういう物なのかと言う顔をして、ミシルパは顎をついと上げた。


「ですです。シャポーは、その人に、勝てる気が『ぜんっぜん』しませんので」


 聞いた途端、ウォーペアッザは椅子からずり落ちた。


 そんな彼とは真逆に、ほのかは落ち着いたもので、シャポーの話を肯定するように「ぱぁ」と深く頷いた。


 窓の外を見ていたピョラインとムプイムは、信じられないと言いたげな顔でシャポーへと振り向くのだった。


 シャポーから魔導の特訓を受けている彼らからすれば、シャポーの発言こそが信じ難かったのだ。


「えっと、シャポーさんが全力を出しても。という意味ですのよね?」


「です」


 目を瞬かせながら聞き返したミシルパに、シャポーは力強く頷き、ほのかも「ぱぁ!」と両の手を上げた。


「まじかよ」


 ウォーペアッザの頭の中で、凄まじく恐ろしい筋骨隆々の女性が、思い描かれているのだった。

次回投稿は11月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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