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第060話 緊急会議と噂の出所

 戦端は唐突に開かれた。


 外交交渉に応じるかの姿勢を見せていたデルアボリが、商業王国ドートへ軍勢を送り込んできたのだ。


 クレタ山脈の麓にあるドート領の都市は、交易の要所として栄えており、決して小さな規模ではなかった。有事に備えて、通常よりも多くのドート軍が配備されてもいた。


 だが、デルアボリの軍は、高い塀に囲まれたその都市を、簡単に蹂躙して見せたのだった。


 大陸東部の君主制国家である、ネーシミジア、ラメア、クセの兵力を引き連れたデルアボリの軍は、想像を絶するほどの大軍だったのである。


 数に任せ、強力な精霊魔法を惜しみなく使ってくる軍勢に、ドートの都市や宿場町は次々と壊滅させられてゆく。


 デルアボリの戦略はあってないようなものと言えた。疲弊した兵力を後方に下げ、新たな兵を前に押し出すという、単純かつ効率的なものだったからだ。


 そして、デルアボリ軍に驚異的な進軍を可能とさせたのは「捕虜を取らぬ」作戦であった。ドートの一般市民にも、デルアボリの凶刃は容赦なく振り下ろされた。


 捕虜を抱え込めば、連行するにせよ後方へ送るにせよ、多少なりとも人手と時間が必要となる。僅かな労力すら惜しむかのように、デルアボリは「進軍優先」の方策を選んできたのだ。


 いや、デルアボリに、クレタスの住人を生かしておく考えなど、最初から無かったのかもしれない。


 デルアボリ軍の通過した後には、瓦礫と化した町と、膨大な量の亡骸が積み上げられていたのだった。


 商業王国ドートの王カルモラも、指を咥えているほど馬鹿な男ではない。


 都市や宿場町を放棄するよう、ドート領全域に通達し、首都の守りを早々に固めたのだ。同時に、クレタス全土に向けて、援軍の要請も行ったのである。


 ドートの王は、豪商上がりである為、他国に借りを作るのを良しとしない。だが、デルアボリ軍の破竹の勢いを前に、商売人特有の危険を察知する「勘」が働いたのであろう。


 しかし、クレタスの中央王都や諸王国の反応は、好ましいものではなかった。先の内乱による爪痕が、癒えきっていないのが大きな要因だ。


 唯一、強固な同盟関係にある技研国カルバリが、魔導師団の一部を急ぎ派遣する旨を伝えてくるのみであった。


 そんな中、デルアボリ軍がドートの首都にまで到達し、今日明日にも激しい戦闘が始まるかの様相となる。


 ところが、デルアボリは進軍の歩を止めた。


 ドートの為政者には「首都の堅牢さを前にデルアボリ軍が怖気づいたのでは」と、楽観に過ぎる意見を口にする者までいたが、そうではない。ドート領南部に広がる「深き大森林」に住まうエルート族が遊撃部隊となって、伸びきったデルアボリの補給線を寸断していたのだ。


 君主制国家群のある東部圏からドートへ続く兵站線は、交易路とはいえども、山越えを要する。一度分断されてしまえば、輸送の回復に手間取り、前線の補給は距離に応じて遅延してゆく。


 大きな軍勢であるが故、補給の遅れはデルアボリにとって思わぬ痛手となったのだ。


 技研国カルバリからの増援も到着し、ドートは辛くも防衛ラインの構築に成功する事となるのでる。


 時を同じくして、技研国カルバリでは、緊急の会議が開かれていた。


 首都カルバリの中央にそびえる巨塔の上層階。国王専用の会議室に、軍幹部を中心とした為政者等が集められている。


 楕円の卓には、オストー王の姿もあり、大貴族ゼーブ家当主であるミシルパも出席していた。


 王の右手側に政府幹部が並び、左に軍関係の者達が座っている。ミシルパの席は、政府幹部の中ほどの位置であった。


「クレタ山脈の谷を越え、我が技研国カルバリに直接派兵して来たのは、ロボリの軍である。これに間違いはないでしょう」


 軍のトップである厳めしい男が、低い声で呟く。


 彼は、手元に置いた身幅程もあろうかというゲージに目を落としている。そこには、カルバリ領の精巧な地図が表示されており、敵であるロボリ軍の位置や、味方の配置が表示されている。


 攻撃された町には赤い印が付けられており、既に四か所に及んでいた。


「裏交易路は、軍が通れるような道ではなかったはずだ。この短期間に、一国の全軍に相当する数が、カルバリに攻め込んで来られるなど、信じられん。どういうことなのかね。敵の連合軍は、ドートを攻めているんじゃなかったのか」


 大臣の一人が、己のゲージを高らかと持ち上げて、手で叩きながら声を荒げた。


 政府内では、ドートと東の国々とを繋ぐ道を、正規の交易ルートとして「表」と呼んでおり、カルバリに繋がる険しいルートは「裏」と呼称している。


「我が国とロボリとを結ぶ山道の各所に、隠匿した部隊を配置していれば可能であったかと思われます。敵軍の規模から、示す場所を使えば十分であったと考えられます」


 軍参謀である女性が、各々のゲージに情報を共有すると、ルート上の何点かを丸で囲んだ。


「人も留まれぬ傾斜地にも印が付いているじゃないか。適当な事を言う場では無いと、わかっているのかね」


 有力貴族でもある大臣は再び、ばんばんとゲージを叩いて大声を上げた。


「崖上部に窪みがあります。登攀能力に優れていれば、身を隠す場所として十分です」


 軍参謀は、大臣の態度など気にする様子もなく、冷静に答えた。


「わかっていながら、警戒もしていなかったのか。軍の仕事だろう」


「哨戒任務の兵士が、姿隠しを看破できませんでした。これは軍の失態です。ただ、ロボリの軍は、それほどの実力を有しているとも言えます」


 怒鳴る勢いの大臣に、軍参謀は起立して頭を下げる。だが、表情は平静そのものであり、大臣の癇癪につき合う気はない様子だ。


「頭を下げて済む問題ではないぞ!どう責任を取るつもりかね。ドートに、百余名の魔導師団を送っている場合でも、無かったのではないか」


 ドートへ援軍を送ると決めたのは、国の総意としてであったはずだ。だが、大臣は、まるで軍の失態かのような口ぶりで言った。


 軍参謀は、黙ったまま席に腰を下ろす。その態度が気にくわなかったのか、大臣が再び口を開いた。


「我々政府側としては、ずいぶん前から有事を危惧していたのだ。裏交易路付近に、軍を集中させるくらいの先見は無かったのかね」


 敵軍の動きを察知できなかったのは、軍上層部として頭が痛い所だろう。その上、攻め込まれてからというもの、対応が後手に回っており、四つの主要な拠点となる町を落とされているのだから、軍の側が反論できる立場ではないのだ。


「責任を、どうとるのか。はっきりとさせておくべきではないのかね」


「少し、お黙りなさい」


 机を叩く大臣を、冷ややかな声が制する。


 若く澄んだ女性の声は、部屋の隅にまで響き渡るかのようであった。


「んな!?」


 大臣は声の発せられた方を向くと、慌てた表情で口を噤む。


 技研国カルバリの筆頭貴族とも呼べるゼーブ家当主が、鋭い視線を大臣に向けていたのだ。


「過ぎた事ばかりを話していても、意味がありません。現状、どのように動いていて、今後どうすべきか。重要なのはそこでしょうに。責任の所在など、生き残れていたら考えれば良いだけです」


 堂々と言い放ったミシルパを見て、軍幹部達は驚いたような表情を浮かべていた。


 ミシルパの事を、ゼーブ家が国政に復帰するため、当主を挿げ替えた「お飾り」に近い存在だと考えていたのだ。ゼーブ家の内情は、前当主が裏で動いているものとばかり思われていたのである。


 軍の者達の中で、魔導師団の幹部として顔を出しているダイヘンツだけは、自分事のように得意気な表情を薄っすらと浮かべていた。


「参謀殿、民間人の避難状況について報告を」


「は、はい!軍は撤退戦に移行し、敵軍を引き付けており、国民には敵進路から距離を取る形で避難を続けさせています。近々戦場となる町からは、民間人の退避が完了しており、防衛ラインの構築も終了しています」


「突破される予想は?」


「もって一日かと。同様の撤退戦を、宿場町含めた都市で繰り返す予定となっています」


 ミシルパの質問に、軍参謀は起立して答えた。


 ミシルパは、脳内で素早くカルバリ首都にロボリ軍が到達するまでの日数を割り出すと、今の段階で軍部に伝えておくべき事柄を整理して口を開いた。


「我々が扱う攻撃魔法について、敵との交戦の際に威力減衰を起こしているというのは、既に聞き及んでいるかと思います。魔導研究院では、精霊魔法により、空間のエネルギーが精霊力に傾けられたことで、威力減衰が引き起こされているのではないかと考えています」


 その内容に、軍幹部だけでなく、政府側の者達もがざわつく。


 研究院の理事でもあるオストー王は、ミシルパの発言にゆっくりと頷いていた。


 前線で戦った魔導師団からもたらされた情報を、魔導研究院に所属している者達が検証して導き出した、現在考えうる答えであった。


「体内魔力のみで術式を構築せねばならないため、魔導師団の戦闘継続時間が大幅に減る可能性を考慮しておいてください。魔法の有効射程も短くなるでしょう」


「空間のエネルギーを魔力側に傾けるなどの、打開策は?」


 問われたミシルパは一瞬黙る。


 報告から察するしかないのだが、精霊による空間支配が、あまりにも広域で強力なようなのだ。戦場一つ、まるまる飲み込むほどの広い空間を、精霊力の支配下とされてしまっているのである。


(打開策……シャポーさんから教えてもらっている、精霊文字を組み込んだ術式なら。でも、使い慣れていない言語を術式に入れ込み、補正値を脳内で再計算しなければなりませんの。訓練を続けていたわたくし達ならまだしも、下手をすれば術式の不発動を招く結果になりかねませんわ)


 脳の使い方から修正を必要とするため、最悪を考えると、魔導師団が機能しなくなる恐れもあるのだ。ならば、戦えている現状を変えるべきでは無いとの結論に至ってしまう。


 シャポーの論文の査読が速やかに終わり、その理論が魔導師の間に広まっていれば、現状も変わっていたかもしれないのだが。


(過去を悔やんでいては、先程の大臣と同じですわね)


 ミシルパは気を取り直すように一つ大きく息を吸い込んだ。


「精霊を操り、エネルギーを精霊力に傾けている術者がいるはずです。その者を割り出し、無力化することさえできれば、あるいは」


 確証がない事であるため、ミシルパの言葉は尻すぼみとなってしまう。が、彼女の言葉を、魔導師団の精鋭であるダイヘンツが引き継いだ。


「魔法には行使する者が必ず存在する。魔導師団が本来の力を発揮できれば、必ずや敵を押し返す一歩となるだろう」


 先に起きた内乱を経験したダイヘンツの鼓舞は、軍や政府の関係者の心に強く響いた。


 あまりにも小さな物だが、しるべを見つけた者達の表情は、会議の前とは明らかに違った。


(建設的な議論を交わす雰囲気になりましたわね。ダイヘンツさんが居てくれて、助かってしまいましたわ)


 ダイヘンツとふと視線が合い、ミシルパはにこりと微笑んだ。ダイヘンツも「どういたしまして」と言う様に静かにうなずいて返す。


 そんな二人が笑顔を交わし合うのを、軍参謀たる女性は見逃さなかった。


(なに、今の?ゼーブ家の御当主と、エルダジッタのダイヘンツ卿が!?え?そういう関係?年齢差すごくない?)


 軍に所属する女性達の間で、禁断の愛についての憶測が広まるのは、遠くない未来のことである。


 そんな空想を余所に、緊急招集された軍事会議は、順調に進められるのだった。

次回投稿は11月17日(日曜日)の夜に予定しています。

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