第005話 実技の試験の準備
見習い魔導師シャポー・ラーネポッポは、二日目に行われる魔術の実技試験に臨むため、意気軒昂にカスパード家を出発した。
シャポーが元気満々な理由は、初日の座学試験について帰宅し回答の振り返りを行った結果、手応え十分な出来栄えであったのが一つ。
そして、それを凌駕する程の理由がもう一つ。昨日友達となったミシルパと、試験会場で再び会えると思うと、シャポーはにこにこ顔になってしまうのだ。
「へへへ~なのですよ。今日はお昼ご飯を一緒する約束まで、しちゃっているのです」
「ぱぱぱ~」
シャポーの頭の上で、ほのかが真似をして嬉しそうに笑った。
同年代の魔導師の友人。考えただけでシャポーは楽しさで心満たされてしまう。
「でもでもですね、試験は試験なのですから、気を引き締めて頑張るのです!」
「ぱぁ!」
シャポーの気合の声に、ほのかが鬨の声を上げて拳を天高く掲げるのだった。
道を間違えることも無く、魔導省の門で呼び止められることも無く、シャポーは試験会場まで無事に到着する。
だがしかして、昨日と同じようにシャポーは試験会場の入り口で、足を止めてしまうのだった。
「えと、第一術式実験室。………で、間違いないみたいなのです。確かに、壁や天井に防護魔法陣が張り巡らされているのは見て取れますが、実技試験をしてしまって大丈夫なのでしょうか?」
一歩戻り、部屋の名称を確認したシャポーは、視線を戻しつつ呟いた。
(お部屋の間違いではありませんです。けどけど、魔力強度や深度を何度確認してみても、実技試験に耐えられそうな防護魔法陣ではないのですよ)
シャポーの問いに返事をしてくれるはずのほのかは、既にフードへと潜り込んで安らぎに満ち溢れた寝息を立てている。シャポーの疑問に答えてくれる者は居ないかに思えた。
「シャポーさん、ごきげんよう。ところで、入り口で立ち止まっていては、他の方々の通行の邪魔になりましてよ。何かございまして?」
すやすやしているほのかに代わり、ミシルパがシャポーの背中へと声をかけた。
「ふあ、ミシルパさん、おはようございますです。あのですね、シャポーは試験会場を見てびっくりしていたのですよ」
ミシルパに背を押されて進みながらシャポーは答えた。
「驚かれるのも当然ですの。カルバリの研究院までとはゆきませんけれど、物の一つも設置されていない広いドーム状の空間に圧倒されるのは、普通の人ならばままある事でしてよ」
シャポーの不安げな言葉に、ミシルパは微笑んで返した。
彼女の言葉通り、巨大な部屋の中には机の一つも見当たらない。部屋の中央に集まりつつある受験者と監督官がいるだけだ。
中には、高い高い天井を見上げ、あんぐりと口を開いている受験者も見受けられた。
「大きな円天井も装飾豊かで素晴らしいのですよ。けどけど、防護の魔法陣が床や壁に加えて天井にも設置してあるのですが、試験内容は確か『炎や風などの魔法陣もしくは術式を、全力でもって行使する』だったと記憶しているのです」
なおも不安そうにしているシャポーの様子に、ミシルパは再び優しい笑顔をつくる。
(シャポーさんってば、会場である実験室に入って怖くなってしまったのですわね。精神の乱れは術式の失敗に繋がりましてよ。お友達の私が安心させてあげなくてはなりませんわね)
ミシルパは、技研国カルバリの大貴族である。故に幼少のみぎりから「位の高い貴族には、相応の義務が伴う」との教えを受けて育ってきた。
ひいき目に見たとて市井の民であるシャポーに対し、保護する気持ちが芽生えてもおかしくはなかった。
「見習い魔導師が全力で魔法を行使する際、制御が疎かになってしまうこともありますわね」
どこか遠くへ視線を飛ばし、ミシルパは静かな声で語りだす。シャポーは、突然の話題の転換に多少の疑問を抱きつつも「ですですね」と相槌をうつ。
シャポーも魔導を習い始めた初期、師匠に褒めてもらおうと難しい術式を構築して制御に失敗し、大地に大穴を開けてしまったことを思い出していた。
魔法の影響は天空にまで届いてしまっており、シャポーの師匠が竜族やら地底に住まう種族やらに、手土産持参で謝罪周りをしたのだったか。
その際、師匠が『きちんと見張っておけばよかったよ。正直、舐めてた私の責任でもあるのさね』とシャポーの頭に優しく手を置いたのは懐かしい思い出となっている。
「もしも、被害が出る可能性があれば、監督官が介入してくださいますわ。その為に、初日よりも監督官の数を多くしているのですし、カルバリからも優秀な方々を数十名派遣していますの」
これは、大貴族であるミシルパの家にも話が通されている事柄である。更には、ゼーブ家の当主であるミシルパの父は、為政者の一人として派遣する監督官の選考委員会にも名を連ねていた。
彼女が言わんとしている部分がはっきりせず、シャポーは「ほへー」と感嘆の声を返す以外にリアクションをとれずにいた。
しかしシャポーは、次のミシルパの一言を聞いて、やっと彼女が伝えようとしている内容を理解したのだった。
「シャポーさん。失敗を恐れずに安心して全力を出せばよいのですわ。見張り役である監督官は、その為に配置されているのですし、増員までして対応しているのでしてよ」
堂々とした威厳をも感じさせるミシルパの声に、シャポーはぱっと表情を明るくさせて頷く。
「ですですね。きちんと見守っていただけるのですから、ご心配ご無用なのです。魔法の種類や数も制限されていないのですし、シャポーも頼ってもらえる位には成長しているのですよ」
笑顔をこぼすシャポーに、ミシルパもうんうんと頷いて返した。
(魔法の種類や数ですの?まあ、制限はありませんけれど多重詠唱や複数種類の行使などで、術の相乗効果を狙う方法があるのは知っていますけれど。私でも二重詠唱、魔法陣と組み合わせて三重の行使が良い所でしてよ。それでも相乗効果を生むともなれば、話が別になりますわ。見習いの身で行える者は、皆無といってもよいはずなのですけれど。シャポーさん、元気を出した勢いが余って、虚勢までお張りになってしまったのですわね)
同い年のはずではあるが、元気な妹が出来たような気がして、ミシルパはシャポーへと温かな表情を向ける。
その時既に、シャポーは試験開始に向けて、十四個から成るパッケージ魔法を準備し始めていたのだった。
次回投稿は10月22日(日曜日)の夜に予定しています。