第058話 君主制国家群の命運
第057話において、メッドの台詞を下記のように、接続詞「いや」以降を修正いたしました。
「東部で随一と称される諜報機関ツーラも、このメッドの情報を報告していないともなれば、噂程でもないのか。いや、指揮官である俺が優秀であったがために、ツーラですら情報を握れなかったと言うべきかな?」 ――2024.10.27
「国境砦での戦闘について、報告くらいは受けているのだろう。俺らの使う精霊魔法の威力に比べれば、貴様らの魔法の威力なんぞ児戯に等しいものだと、聞いているはずなんだがな。知っていても尚、この場で争おうとでも言うのか」
己の精霊魔法によほど自信があるのか、敵地のど真ん中にあって、メッドは不敵な笑いを浮かべている。
確かに、メッドの軍が行使する精霊魔法について、リリーマは報告を受けていた。通常の攻撃魔法の数倍にもなる威力があり、砦の守りを易々と突破したとの報だ。
アムズ正規軍の駐留していた都市での戦闘においても、甚大な被害が出ていると聞かされている。
(我が軍の精霊魔法が児戯――この男が言っていることも、あながち間違いではないのでしょうね。それに……)
リリーマは、すっと目を細めてメッドに意識を集中する。
彼女が防御のために中位の精霊を展開したことで、メッド含めたネーシミジア兵の周りに、自然な流れとは異なる『違和感』が現れ始めたのだ。
(ツーラからの報告にもあったのは、これ?精霊が、彼らへ接近することに嫌悪の感情を示している)
謁見の間に生じた風の流れの中、小さな風の精霊達が、メッドと彼の部下を避けるように動いていた。
自然な風の流れを好む精霊が、自然であることを脅かす存在に、近付きたくないという意思を示しているかのようだった。
ツーラの諜報員から、デルアボリやロボリの軍事施設で「精霊を強制的に従わせる研究が行われているのではないか」との報告が上げられている。現在も、その裏付けを取る為、ツーラの者達は情報収集に奔走しているのだ。
しかし、その必要も無くなるかもしれない。
精霊魔法の使い手は、精霊達と親しくあるのが本来の姿であるはずなのだから。
リリーマは、細めていた視線をゆっくりと戻すと、メッドらを見据えた。
「率先して争う気などない。其方に、現状を冷静に理解せよと諭しているだけ。但し、其方らが攻撃してくるのであれば話は別ともなろうな」
落ち着けとの意図を伝えようとしたリリーマの言葉であったのだが、メッドは、交戦の意志ありと受け取っていた。
「一応、警告だけはしておこう。俺にもしもの事があれば、北西の都市を包囲させている軍に、すぐにでも殲滅戦を開始するよう伝えてある。まあ、その『もしも』が起こるのは、俺達にではないけれどな」
メッドは、とんとんとこめかみを指で叩き、王であるリリーマに「よく考えろ」とのジェスチャーを送る。
あまりにも不敬な態度であったため、アムズの者らが殺気もあらわにざわりとするも、リリーマは控えるようにと手で制した。
「説明しないとわからない、か」
リリーマは、ぽつりと呟く。
「ああ?」
メッドは顔をしかめて、低く聞き返した。
彼の態度は、若くして力を得てしまったが故に増長し、己を見失っている者のそれだ。恐らく、ネーシミジアの国内でも、強力な精霊魔法の使い手となったことで、不必要にもてはやされたのだろう。
そうでもなければ、相手国の元首であるリリーマに、失礼な態度を取り続けられるはずがない。抗議声明に対するネーシミジアの回答が、メッドの立場を不利にさせる内容だったことも、冷静に考えれば理解できたはずだ。
聞く耳など持つまいとは思いつつ、リリーマは口を開く。
「国境を越えて上官を送れぬと伝えてきた時点で、ネーシミジアは現状の国境線を変える気はないと明言したも同然。其方が軍事侵攻で切り取った領地、無かったことにされていると気付けないだろうか」
リリーマは、彼を憐れむ気など欠片もなかった。故に、何の感情ものせていない声色で告げた。
(仮に、我がアムズの首都にまで駒を進めてさえいれば、ネーシミジア政府も彼に増援を送ることを検討したかもしれない。増長した若者を、切り捨てるか、有効な駒と考えても良いのか。一軍の全権を委ねることで試した、そんな所なのでしょうけれど)
心の中で囁いた時、リリーマの脳裏にネーシミジアの老元首のぎょろりとした双眸がよぎった。配下に対しても利用価値を試すような、下卑た策をも厭わない、痩せ細った老王の顔を思い浮かべてしまったのだ。
(まさか、実戦のデータを取るため、この男にアムズへ侵攻するよう仕向けた?クレタス進行を前に、新たに手に入れた精霊魔法を試しておきたかったのでは)
背筋にぞわりとするものを感じ、リリーマは眉をひそめた。
老王の治めるネーシミジアが、高い攻撃力を有する精霊魔法を、デルアボリやロボリから入手したのは間違いない。その軍事技術が、実際に運用可能か試す場所を必要としていたのではなかろうか。
アムズの抗議声明に対し、まるでメッドを討ち取れと言わんばかりの回答を寄こしたことも、辻褄が合ってしまう様な気がした。
その刹那、リリーマは精霊力の急激な高まりを感じ取って、己の思考の渦から現実へと呼び戻される。
「リリーマ女王には、領地を割譲する意思も無い。そういう意向ということか」
メッドは、言うと同時に、風の刃を解き放った。
ネーシミジアの兵も、メッドの動きに同調し、周囲に向けて攻撃魔法を放つ。
緊迫した表情をしている兵士の中にあって、メッドだけは嬉々とした表情を浮かべていた。実力を発揮できる場を得て、喜んでいるかの様子だ。
(この男の性格を理解していたのならば、ネーシミジアの老王は、戦闘になるのも見越していたか)
リリーマが国家元首として、指揮官であるメッドに責任を取らせる決断をした場合も、結局は戦うことになっていたのだろう。
メッドの精霊魔法は、狙いたがわずリリーマに襲い掛かかる。
届こうかという距離で、その凶刃は大きな破裂音と共に、強風の渦となって消え失せた。リリーマの前に風の中位精霊が立ちはだかり、その拳をもってメッドの攻撃を打ち払ったのだ。
「流石は王族。強力な精霊を従えているものだな」
「従えているのではない。深交をもって、助力を賜っている」
リリーマは、風に乱された黒髪を手で落ち着かせながら、メッドの言葉を静かな物言いで訂正した。
守りを固めたリリーマの中位精霊であれば、軍属の扱う攻撃魔法なぞ、そよ風の一つすら通過を許さないはずであった。メッドの精霊魔法は、それだけ高威力だったと言える。
「助力なんぞ願っているだけでは、本来の力は引き出せないんだそうな」
メッドが更に強力な精霊魔法を練ると、風が軋んで悲鳴にも似た音を上げた。
彼の背後では、ネーシミジア兵とアムズ高官らが、交戦を開始している。
「精霊が、引きはがされて、魔法が、行使できない!」
アムズの士官が、悲痛な叫び上げた後、ネーシミジア兵の放った大気の爆発に巻き込まれた。
王たるリリーマも、凄惨な光景を見て苦々しい顔となる。
「精霊を強制的に従わせる。本当だったとは」
「正確には『隷属化』って言うらしいがな」
幾重にも重なった鋭い風圧が、リリーマに飛来する。
「中位の精霊だろうと、隷属化からは逃れられはしない」
攻撃と同時に玉座へと駆けだしたメッドは、リリーマの前に立ちはだかる中位精霊に向けて、淀んだ精霊力の塊を右手から伸ばした。
凶悪な風圧を抑え込んでいた風の中位精霊に、淀んだ力が触れ、その身を急激に侵食する。
『アムズ王家と精霊との絆、舐めるでない!』
リリーマと中位精霊の発っした精霊語が、重層の波となって謁見の間を震わせた。
中位精霊の力は、メッドの淀んだ精霊力を弾き、空間にいくつもの細かな断裂を引き起こす。
乾燥した大地のひび割れが如く、メッドの皮膚や軍服に、無数の傷が刻みつけられていた。
「っごふ!」
気道や肺をも切り裂いた風の断裂は、消失とともに衝撃波をつくり出し、メッドを後方へと吹き飛ばした。
その衝撃が、数人のネーシミジア兵を巻き込んだことで、戦闘の形勢はアムズ側が優勢となるのだった。
敵の排除が終わると、リリーマは、どさりと玉座に身体を預けた。
謁見の間は荒れ果てており、臣下や使用人らが、死者を運び出すなどの作業を始めている。
「恐ろしい力でしたね」
ため息をつくリリーマに、側近の者が近付いて声をかけた。
「ええ。王家の守護精霊にも損傷を受けてしまった」
「精霊様に!?」
側近は驚きの声を上げる。
王家は、精霊と血脈の契約を交わしており、強い結びつきから大いなる助力を授かっているのだ。並みの兵士が扱う精霊魔法では、王家の守護精霊に傷を負わせられようはずもない。
「被害の状況は?」
「負傷していない者のほうが少ないですね。死者は六名、いずれも前に出た軍の士官です」
リリーマの問いに、側近は畏まって答えた。
「武勇に秀でた者を集め、数で勝っていたというのに……」
リリーマは一際大きなため息を吐いた。
「精霊との繋がりを引きはがされるような、あの力はいったい」
眉をひそめた側近は、囁くように聞く。
「隷属化。あの指揮官は、そう言っていた」
リリーマの言葉を繰り返すように、側近は「隷属化」と小さく呟いた。
その時、一人の士官が二人に駆け寄り、急報を知らせた。なんでも、北西の都市を囲んでいたネーシミジア軍が、包囲を解除し、撤退していると言う。
メッドらとの戦いが開始されたのと時を同じくして、彼の軍が撤退を始めていたのだ。
「まるで、首都に来た者らを、助ける気が無かったかのようですね」
側近は、士官を下がらせると、眉間に皺を寄せて言った。
リリーマは頷きつつ、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
(ツーラの者達に、隷属化の魔法と大地の精霊力が失われた事の関係性を、急ぎ調べてもらわなければ。クレタス侵攻の事由が揺らぎかねない)
謁見の間から退出し、執務室へと向かうリリーマは、硬く険しい表情をしていた。
アムズ一国にとどまらず、君主制国家群の位置する東部地域全体の命運を左右する分水嶺に立たされているのだと、褐色の女元首は予感しているのだった。
次回投稿は11月3日(日曜日)の夜に予定しています。




