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第057話 不遜なる侵攻者

 君主制国家の一つであるアムズは広い穀倉地帯を有している。


 冬に入ろうかという季節、金色に色付いていた稲の収穫も終わり、ほっと一息つく時期を迎えていた。


 しかし、豊かな稔りに感謝し過ぎ行くはずの時を、戦火の知らせが打ち壊す。


 北西に隣接する大国ネーシミジアが、宣戦の布告も無くアムズの国境砦を落とし、その勢いのままに三つの町をも占領したのだ。


 ネーシミジアの侵攻は、アムズ正規軍が駐留している都市で抑えることに成功する。だが、軍に所属する者だけにとどまらず、一般の国民にまで多くの被害がでていた。


 古くから、穀倉地帯の領有権を争ってきた二ヶ国であったが、大規模な軍事衝突は互いに避けてきた歴史がある。外交的な衝突はあれど、一方的な侵略が行われたのは、アムズにとって正に突然であったと言えよう。


 君主制国家群がクレタスに攻め入る為に交わした『クセ条約』を締結したばかりでもあったのだから。


「其方が、指揮官か」


 アムズの国家元首リリーマの冷めた声が、謁見の間に響き渡る。


 ここは、戦闘のあった都市から数日の距離に位置するアムズの首都だ。都の中心に石造りの荘厳な王宮がそびえ、その謁見の間に、侵攻してきたネーシミジア国の指揮官やアムズの高士官などが集っていた。


 玉座にはアムズの女王であるリリーマが座し、見下ろす先にネーシミジアの軍服に身を包んだ数名の者達がいる。跪き首を垂れる者達の先頭に立ち、不遜にもリリーマを直視している男が、彼女の問いかけに答えた。


「ネーシミジア南東方面軍指揮官、メッド・マフガルだ。若き闘将の二つ名くらい、アムズまで届いているんじゃないかな?」


 前髪を払い、メッドは口元に薄ら笑いを浮かべた。


 謁見の間に流れる空気が、居並ぶアムズの軍人たちの怒りで、びりりと震えるように張り詰める。


 メッドは涼しい顔をして周囲を見回すと、再びリリーマに向き直った。


「知らぬな」


 表情一つ変える事無く、リリーマは一蹴する。


「東部で随一と称される諜報機関ツーラも、このメッドの情報を報告していないともなれば、噂程でもないのか。いや、指揮官である俺が優秀であったがために、ツーラですら情報を握れなかったと言うべきかな?」


 再び非礼な笑顔を作り、メッドは煽るかの言葉を吐く。


 場の空気がさらに緊張を高める。だが、アムズの女王は眉一つ動かさずにメッドを見下ろしていた。


「無駄話はいい。侵攻の意図を話せ」


 あまりにも無感情な命令口調であったため、メッドは頬を一瞬ひくつかせて、リリーマに鋭い視線を向けた。


 だが、メッドは、首をほぐすように動かせて苛立ちを腹の底に押し込むと、わざとらしい呆れたかのような顔を作った。


「意図が聞きたいのか。白々しい。諜報機関ツーラを使い、我が軍の動向に探りを入れているのはわかっている。デルアボリやロボリにも、同様の諜報活動をしかけているんじゃないのか?」


 謁見の間が、しんと静まり返る。


 メッドは、この沈黙が答えだとばかりに、にやりと下卑た表情を浮かべた。


「事実ではない。証拠が有るとでも?」


 リリーマは羽虫でも払うかの仕草で返す。それを、メッドは軽くあしらわれたと受け取り、真顔に戻った。


「デルアボリやロボリとは違い、長年ツーラに対応している我が軍が、その手口に気付かないと考えているほうが甘いんじゃないか?」


 メッドの苛立ちを滲ませた様子に、リリーマは「ふむ」と一つ唸る。


(手口で気付いた?要するに、尻尾を掴めていない……か)


 ツーラの諜報活動を、ネーシミジアの外交筋から表立って抗議されたことなど一度も無かった。そして、リリーマがツーラの者達に出している「軍を調べよ」との命令においても、その動向を掴まれたとの報告は上がっていないのだ。


 ネーシミジアとて、長年蓄積してきた情報から分析し、諜報活動の痕跡を残さぬようにする手法や、情報収集に使うルートの構築方法など、間接的にツーラの「やり方」であるとの確信に至っている。だが、諜報員を捕らえたり、物的な証拠を押さえたりするような、確実性の高い証拠は得られていないのであろう。


「確たる証拠も無しに国境を越え攻め入ったともなれば、二国間だけの話では収まらない。わかっているのか?」


 難癖をつけて戦争を仕掛けてくるなど、他国からも疎まれる行為といえる。


「クレタス進行を目前に『クセ条約』を締結した国家に対し、諜報工作を仕掛けているほうが問題だ。敵対行動と判断し、軍事介入を行ったまで」


 メッドの言葉を聞いて、リリーマは(そう吹き込まれて軍事侵攻してきたのか)と理解する。そして、再びメッドに確たる証拠の明示を求めても、押し問答となり話が進まないのは予想できた。


「軍事侵攻の報を受け、我が国がネーシミジアに抗議を行ったのは説明するまでも無い。ネーシミジアの回答について、其方は知り及んでいるか?」


 リリーマが、話の方向を唐突に変えたので、メッドは警戒心もあらわに眉根を寄せる。メッドが口を開かないのを見て、リリーマはそのまま続けた。


「全ての判断は指揮官に委ねている。既に国境を越えた先に軍が展開しているため、上官を送ることが不可能である。指揮官との直接交渉の場を設けるよう推奨する。との内容であった」


「全権が委ねられているというだけだ。俺の上官ともなれば、総司令か大臣、その上ともなれば国王になってしまうからな」


 得意げな調子でメッドは返した。


「全権が与えられているのであれば、侵攻の責任は其方が負うことになる。ネーシミジア政府が、其方の独断であったと切り捨てることも可能、との道筋を残したかにも受け取れるが」


「ほう。この場で俺を処断するとでも言いたげに聞こえるな」


 表情を曇らせたメッドは、僅かに身構えると低く言い放った。


「文面を素直に解釈したまで」


 無表情のまま、リリーマは変わらぬ冷たい声で返す。だが、謁見の間に居合わせるアムズの兵は、静かに臨戦の空気を漂わせ始める。


 玉座に座るリリーマの周囲には、大気と風の中位精霊が可視できる程に具現化し、何人たりとも彼女を傷つける事が叶わぬかのように飛び交い、守りを固めていた。


 跪いていたメッドの部下らも、立ち上がって鋭い視線で周囲を牽制するのだった。

次回投稿は10月27日(日曜日)の夜に予定しています。

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