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第054話 元首は行く末を憂慮する

 商業王国ドートと東の君主制国家群が、事を構える可能性があるのを伝え終えると、ミシルパとダイヘンツはシャポー研究室を後にしていた。


 夕食の誘いに後ろ髪引かれる思いではあったが、ミシルパには貴族家当主としての政務が山積みとなっているのだ。大貴族であったレイロゲート家が、断絶するともなれば、国の政治に関わる者達が慌ただしくなってしまうのも仕方ない。


 カルバリ貴族の中から、余波を受けぬよう立ち回る者が出るのはもちろん、勢力拡大を目論む輩も少なからず現れると予想される。ミシルパは、それらにも対応しなければならないのだ。


「忙しくなりますわね。はぁ」


 魔導研究院の廊下を歩きながら、ミシルパは小さくため息をついた。


 そして彼女が、為政者としてだけではなく、魔導品商会を取り仕切る立場としても、煩雑な日々を送ることとなるのは逃れようのない現実なのだろう。


「心中お察しいたします」


 ダイヘンツは、隣を歩く若き大貴族家の当主に、気遣う言葉を送った。


「ダイヘンツ卿も、他人事ではありませんでしょう」


 方眉を上げたミシルパは、軍属であり今回の件の捜査責任者でもあるダイヘンツを見やる。


「「ふぅ」」


 二人はこれからの忙しさを考え、肩を落とすのであった。


「ところで、シャポーさんに全容をお伝えしてしまって、本当に良かったのですか。シャポーさんを、政治的なしがらみなどに巻き込まぬよう、注意を払っておられたはずですが」


 今更ではあるが、ダイヘンツはもやりと抱えていた疑念を、ミシルパに問うた。


 シャポーに、政争にも結び付く内容を話しただけにとどまらず、他国との戦争にまで言及してしまったのだ。これまでのミシルパの言動とは、相反するものをダイヘンツは感じていた。


わたくしは、今も変わらず、シャポーさんには一人の魔導研究者として居てもらいたいと思っていますわ」


 そう口にするミシルパは、真っ直ぐに前を見据えている。


「ですが、シャポーさんから魔導の指導を受け、レイロゲートの屋敷にまで行ってもらい、己の考え方の間違いに気づかされてしまいましたの」


 ミシルパの口元が、ふっと緩む。


「間違いですか?」


 ダイヘンツは、彼女の胸中を察しきれずに聞き返した。


わたくし達が、彼女の身を案じて策を弄したところで、シャポーさんはその外側にいらっしゃるのだとわかりましてよ。シャポーさんが自ら考え行動する事こそが、彼女の身のみならず、周りに居る者の身をも安全たらしめるのだと。シャポーさんは、次元の違う場所に立っているのだから、我々の尺度を押し付けてはいけないのではないかしら」


 深い思いに浸って語るミシルパの横で、ダイヘンツは助けられた時の場景を思い出していた。


 変異体の襲い来る中「えっほ、えっほ」とダイヘンツのもとへと駆け付け、魔法陣による凶悪な威力の攻撃を苦も無く跳ね返し、負傷したダイヘンツを謎の魔法で運び出し、変異体の上位互換とも呼べる嫡男デガンを圧倒して見せたのだ。


 ダイヘンツの脳裏に「魔力で捻じ伏せる」という言葉が、しっくりとはまる表現として浮かぶ。


「救われた者の一人として、言葉もありませんね」


 言うと同時に、ダイヘンツは勝てる気がしないなとも考えていたのだった。


***


 褐色の女元首リリーマ・アムズは、部下からの報告を硬い表情で聞いていた。


 人払いを済ませたのか、室内に彼女と部下以外の人影はない。


「同盟関係にあるデルアボリとロボリにおいて、耕作地の荒廃は、他国に類を見ない程に悪化しております。二国に隣接する強国ネーシミジア及びラメアにも、砂漠化の兆候が見られており、今期の不作は国土の西半分で起こっているとか。四国は、クレタス進行に向け軍事演習を重ねている状況です」


 白布しらぬので顔を覆った者が、男性とも女性ともつかぬ声で報告する。


 軽鎧に身を包み、女元首の前に跪いているのは、君主制国家群の中でも東に位置する国アムズの諜報機関ツーラの者だ。部隊章や所属を判別する物の一切を身に着けておらず、一見すれば砂漠の旅人と何ら変わらぬ様相をしていた。


「中立国家クセは?」


 しなやかな黒髪に手を伸ばし、アムズ国の王であるリリーマは、諜報員に静かに尋ねる。


「先の四国に囲まれているクセではありますが、四方を山に囲まれている事もあり、土地劣化の影響は軽微。しかし、耕作地が少ないという地政学的リスクは大きく、食料の輸入額が膨らんでいます。四国家と軍事的な足並みを揃えるよう、軍の再編を終えつつあります」


「クセ条約に参加している八か国の内、五つの国家が既に準備を整えていると」


 リリーマの呟きに、部下が「即時の進行も可能かと」と答えた。


 クレタスの東に広がる国家群は、主だった十の国々と、紛争の絶えない小国家群から形成されている。中立国家クセの地で締結された対クレタスの条約には、その内の八か国が賛同の意を示していた。


 リリーマが元首を務める国家アムズも、消極的ながら条約に加わった国の一つだ。


 地理的にクレタスから遠いのも、消極的な加盟とした理由の一つなのだが、リリーマが国家元首達の列席した会議の場で「戦争に向かわせようとする違和感」を覚えたのが第一の要因なのであった。


(クレタスに近い国家のほうが、より多くの土地が枯れているのね。我が国も同様の耕作機器を使っているのに、土地劣化がそこまで進んではいない。クレタスに属する諸王国が、何らかの工作を働いているとも考えられるが、それによるメリットが見出せない。商業王国ドートの立場で考えるならば、クレタスの窓口として貿易を独占している状況なのだから、現状維持を望んだはず。我々とクレタスを争わせたい何者かの存在も――)


 思考の谷へと落ちてしまいそうになり、リリーマは小さく首を振って顔を上げた。


「土地が枯れゆく原因について、調べが進んでいるところまで報告を」


 凛とした国王の言葉に、部下は「はっ」と深く頭を下げる。


「荒廃が進んでいる土地に関して、興味深い情報が上がっています。デルアボリやロボリでは、軍事基地のある地域の荒廃が顕著なようです。しかし、枯れた土地の精霊力は衰えるものですが、軍の敷地内では不自然に精霊力の高い施設があるとの報告がありました」


「精霊魔法の軍事訓練をしているなら、ありえなくはないでしょう。気になる点でも?」


 部下の言葉を聞くと、リリーマは皺ひとつない顔を曇らせ、落ち着いた声で聞き返した。


 リリーマの治める国アムズも、軍の攻撃手段として精霊魔法を使用している。東の国々では、兵士ならば誰しも、戦闘の際に精霊の助力を得るのは当たり前のことなのだ。


 日夜訓練を行っている軍事施設であれば、精霊魔法も使われているであろう。よって、精霊力が周辺地域よりも高くなる時間帯があってもおかしくはないはずだ。


「施設では『常時』高い精霊力が感知されるとのことです。また、デルアボリとロボリの両国に、公にされていない膨大な軍事費があるとの情報があり、我々ツーラが全力をあげて調べを進めています。断定できませんが、軍事基地の精霊力が高いとおぼしき施設に対し、その資金が使われているのではないかと、両国の軍内部で囁かれていると報告が入っています」


 話を聞いたリリーマは、少し考えを整理するかのように時間を置くと、諜報機関ツーラの者に指示をする。


「軍内部の噂の真偽を明らかに。土地から失われている精霊力を、回復させる研究をしている可能性も考慮に入れ、引き続き内偵を継続するよう」


 国家元首の命を受け、部下は短く「ご命令のままに」と首を垂れる。そして、立ち上がったツーラの者は、そこに存在していなかったかのように気配をかき消した。


 残された元首リリーマの表情は、硬く険しいままであった。

次回投稿は10月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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