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第053話 剣呑な話を呑気な雰囲気で

 ダイヘンツは、シャポーとウォーペアッザに、レイロゲート家の捜査内容を伝えた。


 花の香気を改変した精神汚濁魔法の研究資料は、屋敷の地下実験室から発見されたとのことだ。


 また、変異させられた使用人やレイロゲート家の嫡男デガンについては、教会の治療院が全力で治療に当たっているらしい。しかし、直接脳に術式を埋め込む手術がされている為、不可逆的な変異を起こしており、回復は絶望的とのことであった。


 レイロゲート家の当主ザレデスは、聴取に際し、己の実績を自慢するかの如く、べらべらと質問に答えているそうだ。自ら施した脳への手術により、前頭前野の抑制機能が著しく低下して、才能をひけらかしたいという『欲望』を抑えられなくなってしまったのである。


「ここまでは、シャポーさん達であれば、推測されていると思います」ダイヘンツは一呼吸おくと「これ以降が、本題と思ってください」と声のトーンを下げた。


 シャポーは真面目な顔で頷き、ウォーペアッザは眉間に小さく皺を寄せた。


「北東の町セルカに、名義を偽装したレイロゲート家所有の屋敷が存在していると明らかになりました。調べを進めたところ、クレタ山脈を越えた先、君主制国家群の一国『ロボリ』の商人と人身売買を行っていたとの情報や証拠が見つかりました」


 言葉を区切ったダイヘンツは、二人の表情を確認して続ける。


「情報の裏取りと、証拠固めの必要性から、技研国カルバリとクレタ山脈の峡谷を挟み隣国となっているロボリに、捜査協力を依頼する手筈となっています」


「東の国々と貿易をしているのは、商業王国ドートだと、ミシルパさんから教えてもらった覚えがあるのです。カルバリにまで商人さんが来ているのですか?」


 シャポーは、記憶を手繰るように天井へと視線を泳がせる。


 ドートを経由しての商売は、相当に大変なのではないかと思ったのだ。


「カルバリとロボリは、隣接するとは言っても、繋がっているのは険しい峡谷で、ですの。とても危険が伴う場所ですので、正規の貿易ルートとしては成り立ちませんのよ。行き来しているのは、小規模な個人経営の商人か、登録のない闇商人ですわね。後者の方が殆どですけれど」


 魔導品商会を取り仕切る立場でもあるミシルパが、シャポーの疑問に答えた。


「ドートと物理的な貿易ルートを保持しているのは、確か……デルアボリという東の大国だよな。ロボリは――」


 ウォーペアッザは、脳裏に地図を思い浮かべながら腕を組む。東の国家群は、クレタスの人々にとって馴染みが少なく、地理的な位置関係が曖昧なのだ。


「デルアボリの北に位置する国ですわね。商人が国境を越えれば、当然ながら商う品に関税や通行税が上乗せされますの。ですので、ロボリの資金の乏しい商人は、危険を承知でカルバリへと直接つながる危険な峡谷を使用しますの。不正な品を扱う者でしたら、検品なども避けたいでしょうし、尚更ですわ」


 ミシルパが説明をすると、ウォーペアッザは「なるほどな」と小さく呟いた。


「捜査への協力依頼も、デルアボリを通してロボリにお願いする形となるのですが……時間がかかりそうなんです」


 付け加えるように言ったダイヘンツは、困った顔を作るのだった。


「問題でもあったのですか?」


 丸机に身を乗り出したウォーペアッザが、ダイヘンツに聞く。


「国を通してデルアボリに正式な打診をしましたが、回答が無い状態なのです」


「検討中としても、その旨伝えてくるでしょうね。国家間の犯罪に関する事ならば、尚更レスポンスは速くするはず」


 ウォーペアッザは考えを巡らせるように言った。


「査読の委員会の話になるのですが、シャポーさんの論文の一つに精霊文字に関係するものがありましたよね。東の国家群は精霊信仰の国でもある為、精霊文字の知識を保有しています。委員会は教えを乞うため、我々とは別の外交窓口からデルアボリに専門家の派遣を依頼したようなのです。そして、その回答も――」


「無いと?」


 ダイヘンツの言葉にウォーペアッザが相槌を入れると、ダイヘンツは「ええ」と頷いて返した。


「精霊文字なら、シャポーがお教えしてもやぶさかではないのですけれども」


「査読対象の執筆者に、論文の肝となる部分のご教授をしていただくわけにはいかないですからね」


 シャポーがあまりにも簡単に言うもので、ダイヘンツは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


 そんな会話の横で、ウォーペアッザはミシルパとのやり取りを思い出す。輸入している研究用の材料を、多めに確保しておいた方が良いかもしれないと、彼女が助言してくれた事があったのだ。


「ドートとの不平等な貿易協定の影響か?」


 ウォーペアッザはミシルパの方へと顔を向けた。


 それは、東の君主制国家群が、ドートと締結している貿易協定を解除するのではないかという噂だ。クレタスと東国との貿易量の減少が始まっており、ゆくゆくは貿易自体が停止してしまうのではないかとの予測だったはずだ。


「該当する国々から、正式な発表があったわけではないんですのよ」ミシルパは金髪を払い上げ「でも、商人の自由な行き来が制限されているのは確かですわ。特に、魔導の研究や構築に必要な材料は、あからさまに輸入が止まっていますの。デルアボリ側は、生産量が下がっていると商人に説明しているらしいんですけれど、そちらも公式の発表はありませんわね」と、近々の商人に対する東国の動向を教える。


「正常になる見通しは?」


 ウォーペアッザは顎に手をあてて問う。彼の頭の片隅に、クレタスで起きた内乱の事が浮かんでいた。


 国同士の問題が、悪い方向へと大きく発展してしまうのを怖れる部分が、彼の中にあるからかもしれない。


「ドートの外交次第ですわね。カルバリ政府の中には、東国との『戦争』などという単語を口にする者も、居なくはありませんの」


 ミシルパは、ふっとため息をついた。


 その時、部屋の中で、丸机を囲んでいる彼ら以外の気配が動く。


「!」


 シャポー達は、その方向に視線を向ける。流石といったところか、軍属のダイヘンツは椅子を離れて身構えていた。


「なるほど、なるほど。話は聞かせてもらいましたよぉ」


「聞かせてもらった」


 立っていたのはピョラインとムプイムだった。


 二人は腰に手を当てて、どうだと言わんばかりに得意気な顔をしている。


「っふは」


 ダイヘンツは、妙な音を立てて息を飲み込んだ。


「ピョラインちゃんとムプイムちゃん、いらっしゃいなのです。お茶を入れますね」


 シャポーが笑顔で手を上げると、二人も手を上げ返して「どうもどうも」と丸机に近付いた。


「ど、どこから、聞いていました?」


 慌てた顔のダイヘンツが、今にも膝を着きそうな様子で二人に問いかけた。


 シャポーにすら、捜査内容を伝えてよいものかと悩んでいたのに、更に二人に聞かれていたのだから仕方ない。


「ミシルパちゃんが『責任を負いますの』って言ったあたりですねぇ。夜のごはんに誘いに来たら、内緒話に遭遇しまして」


 シャポーの出した紅茶をすすりながら、ピョラインはひょうひょうと答える。


「ほぼ、全部」


 ムプイムはダイヘンツに向けて親指を立てた。


「遭遇って……」


 ダイヘンツは膝を着く。


「秘密を共有する仲間が、増えてしまいましたわね」


 にこりと口角を上げたミシルパが言った。


(この笑顔、さっき見たよな。ピョラインとムプイムが来るのも、知ってたんじゃないだろうな)


 ウォーペアッザは、ダイヘンツがうな垂れるのを目の端で見ながら、机に肘をつくのだった。

次回投稿は9月29日(日曜日)の夜に予定しています。

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