第047話 安全確保は難しい
「研究院の魔導師か!」
デガンの巨体と距離を取りつつ、残るエルダジッタの部隊員が叫ぶ。
シャポーの魔法によって仲間が高速で『退場』させられたのを目の当たりにしても、戦闘に対する冷静さを失っていない様子だ。それだけで、練度の高い兵士であることがわかる。
「アーナスさんにお願いされましたので、助けに来ましたのです」
シャポーは、レイロゲートの屋敷に立ち入る前、助力を求めてきたエルダジッタ部隊の女性の名を伝えた。シャポーが、この場に居ることをエルダジッタ部隊の者に説明するには、一番簡潔明瞭だろうと思ったからだ。
彼女の声に反応して、攻撃に繰り出されてきたデガンの拳を、シャポーは体を回転させてひらりと躱す。シャポーは体の周りに形成した大気の層を使い、デガンの攻撃から自身を半自動的に遠ざけたのだった。
「腕に覚えのある研究院の方とお見受けする」
シャポーの見事な回避を確認した男は、大きな声でシャポーに呼びかける。
大声を発した男に向けて、デガンは連続した動きで裏拳と蹴りを放った。
流石エルダジッタ部隊といった所か、男はバックステップを一つ入れて拳をやり過ごすと、流れるように後方倒立回転跳びへとつなげてデガンの足に空を切らせた。
「おおー、お見事なのです」
思わす拍手してしまったシャポーの方へ、デガンは体を捻って振り向く。
そして、デガンは体勢を崩したままの状態から、脚力だけを使ってシャポーに飛び掛かった。
「あぶ!あぶ!あぶないのです」
シャポーは横方向へと慌てて駆けだし、デガンの手の届く範囲から逃れた。デガンの巨体が、散乱した家具や調度品を吹き飛ばした。
「こいつは物理防御に加え魔法耐性も異様に高い。援軍到着までの時間は私が請け負う。危ないから、君は建物の外まで退避してくれ!」
デガンから視線を外すことなく、男はシャポーに撤退をうながした。
倒れていたのも束の間、デガンは片手で床を打って立ち上がると、もう片方の手で男に掴みかからんとして腕を伸ばす。人の倍以上に変異したデガンのリーチによって、一瞬で男の目の前にまで手が迫った。
「くおおお!」
魔導師の男は、防御魔法ではなく回避することを選択していた。ここまでのデガンとの戦闘から、防御魔法が握り潰されるのではないかという、勘が働いたのだ。
鮮やかとは呼べないが、男は手を付きながらもデガンの捕縛から逃げおおせる。だが、男の移動に合わせ、デガンは無理な姿勢からサイドステップを踏んで追いつくと、巨大な手を再び伸ばすのだった。
(はわわ。魔力枯渇の術式を使うにしても、エルダジッタの人が近すぎるので、巻き込んでしまうのですよ。反動の障壁で攻撃を反射する場合、あんなにぴょんぴょん移動されていては、どちらへ反動が飛んでいくか予測できないので、とっても危険なのです)
シャポーは、エルダジッタの隊員とデガンとの追いかけっこを真剣な眼差しで追いつつ、打開策を考えていた。
デガンの防御力を越える攻撃魔法もあるのだが、大きく崩れかけている屋敷が、その衝撃に耐えられるのかが疑問視される。屋敷が崩れれば、今一緒に戦っている者もそうだが、別の場所で倒れているであろう魔導師団の者達を巻き込む恐れがあるからだ。
壊れかけの室内で、なおかつデガンを捕えねばという考えが、シャポーの取れる手段を狭めてしまっていた。
(さっきみたいな、弱い攻撃魔法をたくさん当てるのが、有効なのかもですけれども、痛くて暴れられちゃうのも困るのです。攻撃の照準も難しくなるのですよ)
シャポーは飛んできた家具の残骸を、防御魔法で弾きながら「むむむ」と悩んだ。
とは言え、シャポーが弱いとのたまう古代魔導言語の爆発術式は、他の一般魔導師が行使したとてデガンの皮膚を突き破る威力には到底ならないものなのだが。
(真っ黒の血が、あちこち飛び散るのも、痛々しいので嫌なのですよ。あんなにドロッとした真っ黒い血が……)
そこまで考えて、シャポーは「ぴこん!」と閃いた。
「あれだけの巨体だと、酸素をいっぱい使っちゃうのですね!」
シャポーが手を打ち鳴らして声を上げると、デガンが勢いよく振り向く。そして、辺りに散乱していた瓦礫を、シャポーの方へと払うようにして投げつけた。
瓦礫がシャポーに接近すると、展開していた防御術式が波打つように金色の光を放って、全ての物を軽々と弾いた。
「んがあああああああ!」
防がれたのが気にくわなかったのか、デガンは奇声を発すると、シャポーへ拳を振り上げ突進する。
『シャポー・ラーネポッポの名を基軸に、大気組成物質の濃度変換術式を行使。頭上一点三の位置を境界と定め、発動の許可とす』
シャポーの声に導かれるように、術式が素早く組み上げられてゆく。シャポーは人差し指を前に出すと、空中をなぞる様に上から下へと移動させた。
「かひゅぅ!」
デガンは、大きな呼吸音を鳴らせながら、体中を強張らせるように跳ね、床に倒れ込んだ。
シャポーは、追撃とばかりに魔力枯渇を起こさせる『超・魔力吸引お掃除魔法』をデガンを中心として起動させた。当然、エルダジッタ部隊の者が、効果範囲に入っていないのを確認してからだ。
びくんびくんと、打ち上げられた魚のように、デガンの体が痙攣する。その横を、先程まで死闘を繰り広げていた男が、目を丸く見開きながら通り過ぎた。
「えー……君。何を、したのだろうか?」
シャポーの傍まで来た男は、デガンを指差しながら聞いた。デガンの体は、魔力の大半を失ったことで、先程よりもしぼんでいる。
「肥大化しても、筋肉は筋肉だったのですよ。指から流れ出た血の色を見ましてですね、大量の酸素を消費して、血が真っ黒くなっているのを理解したのです。酸素濃度を、一時的に十分の一程度まで下げて、吸入してもらったのです。シャポーの『お掃除魔法』は、効果範囲がそこそこ広めですので、酸素欠乏になってもらいましてですね、素早い動きをとめる必要があると判断したのですよ。空間魔法の基礎を応用しまして、意外と簡単に構築できる術式なのです。シャポー達も酸欠になるといけませんので、発動領域をシャポーの頭の上のこのくらいに設定しましてですね―――」
背伸びをしながら、右手で高さのアピールをするシャポーを前に、男性魔導師は話の内容を頭の中で整理する。
(筋肉?お掃除?頭上の定位置から大気の組成を操作?しかも、簡単?意味が解らないんだが……)
魔導師団の精鋭である男の頭脳で、シャポーの「お掃除魔法」という単語以外は、理解できる内容であったはずだ。しかし、激しく動きまわった戦闘の直後であったためか、はたまたシャポーの早口のせいであろうか、彼の思考は追い付かない。
レイロゲート屋敷の安全確保に成功したシャポーは、長々と説明を続けるのだった。
次回投稿は8月18日(日曜日)の夜に予定しています。




