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第045話 超・魔力吸引お掃除魔法

「もう良い。話をするだけ無駄だったな」


 調子を狂わされたことに気付いたのか、ザレデスは眉間を押さえて首を振る。


 表情や物言いから、シャポーの言葉を信じようとしていないことは明らかだ。


「失敗と口走った我が研究の成果、その命をもって理解すればよかろう」


 ザレデスの言葉が終わらないうちに、彼の足元の魔法陣が怪しく輝く。


 次の瞬間、ザレデスの体に異変が訪れた。


 筋肉が隆起し、体全体が一回り以上肥大化したのだ。


「自分にも、魔力オーバーフローを!?」


 目の当たりにしたダイヘンツが叫ぶ。


「魔法陣に繋がっていたエネルギールートから、魔力を吸収したのです」


 シャポーは、薄緑色に光る両目で確認していた。


 照明や水道といった、家屋敷の生活インフラを動かすため、建物には魔力の通り道となるエネルギールートが設置されている。


 ザレデスは、魔法陣の動力として、エネルギールートを術式に繋げていた。それ故、高威力の衝撃波を放つことができ、瞬時に防御術式を発動することが可能だったのである。


 それらエネルギーの注ぎ先を、魔法陣から己の肉体へと変更することで、過剰とも言える魔力を手に入れたのだった。


「使用人に施した人造魔人族の手術とは、格が違うぞ。私は自我を保ちながらも、膨大な魔力を制御下に置いているのだからな。彼らも素晴らしい成果物であったが、私こそが『完成形』なのだよ」


 手術と言う単語を発すると同時に、ザレデスは自分の頭を指で差した。ザレデスは、にまにまと口元を歪め、先ほどまで怒りに震えていたとは思えないほど、楽し気な口調で語った。


 ザレデスの仕草を見たシャポーは、なるほどと理解した。


(情緒不安定な感じだったのは、そういうことだったのですね。魔獣化する手術の影響で、人としての理性が揺らいでしまっているのかもしれないのです。獣が魔獣になると、食欲などの欲望ばかりが行動を支配すると読んだことがあるのですよ。レイロゲート家の当主さんも、恐らく……)


 シャポーは、彼の欲望についても、大方の予想がついていた。


 肉食の獣が魔獣と化し、獲物を狩ることや、腹を満たすことばかりが頭を支配するように、ザレデスも何かを満たす為に行動している。


(研究した魔法が「どれほどの完成度なのか」試してみたいという欲望、なのかもです)


 シャポーの眉間に皺が寄る。


 同じ魔導師という立場から、ザレデスの考えが推測できてしまう。しかし、魔導師として、愚かな実験に他者を巻き込んでいることが、非常に許せないという気持ちもわくのだった。


「シャポーさん、あの者を、捕らえることに、こだわらずとも、構いません」


 シャポーの背中に、息苦しそうなダイヘンツの声がかけられる。


「エルダジッタの権限で、この場での、処断を――」


「いえ。ちょっと強引になっちゃいますけれども、捕まえようと思うのです。シャポーの尊敬している人が、盗賊さんですらも、法に照らして裁くべきだと教えてくれましたので」


 答えはしたものの、シャポーは心の中で(手術の影響が取り除ける物なのかは、解らないのですけれども)と呟く。


 魔獣化する改造をしてしまった者が、まともな聴取に応じられるとは考え難い。現段階におけるやり取りですら、会話のように成立しているだけに見えて、全くの別物という可能性もあるのだ。


(でも、まずは捕まえないとなのです)


 シャポーが、強硬手段で捕縛することを決心した時、屋敷の一階から壁を破壊する轟音が響いた。二階の奥であるシャポー達のところにも、振動が伝わって来るほどの衝撃だった。


「うむ。我が愚息が『また』暴れているな。施術に対する適性があったのか、使用人なぞよりも強力な『個体』になったのだよ。強化されている、この屋敷の壁を壊せるレベルだ。あの愚か者も、ようやっと私の役に立てて喜んでいることだろう」


 自慢などではなく、研究結果を述べるかの口調でザレデスは言う。そして「自我を喪失し、命令を与えてやらねばならんので、成功とは言い難いがね」と付け加えた。


「デガン・レイロゲートか」


 ダイヘンツは、彼の息子の名を口にする。ザレデスは、他に何がとでも言うように手を広げて見せた。


「愚息がエルダジッタと、どれだけ渡り合えているのかを、観察しに行かねばならんのだ。私の研究が、技研国家カルバリを越えた証となるのだからな」


 言ったザレデスは、シャポーとの距離を一気に詰め寄った。


「死んでおけ。無礼者」


 天井に仕掛けてあった魔法陣が強く発光する。と同時に、ザレデスの降り上げた右手の周りに、無数の術式が展開される。


『ザレデス・レイロゲートの名を基軸に、思考空間を全て展開。攻撃魔法の並列起動命令を実行し、補正座標零点二の距離を出力座標と定める』


 魔力の強度や、術式の深度を強めるため、ザレデスは持ちあわせている攻撃魔法の全てに、極限まで魔力を注ぎ込んだ。目標とする出力位置は、当然シャポーの立っている場所。


 反動の障壁という優れた防御術式であろうとも、その性能を凌駕する程の強度と深度の魔法で圧し潰してしまえば良いのだ。


 並列で起動した攻撃術式は、指数関数的に深度を跳ね上げ、例え大魔導師ラーネのゼロ式シリーズの防御魔法であっても防ぐことは出来ない。


 魔導師少女のたたずむ位置へ集束する局所空間に、衝撃波や炎、氷や風の刃に加え、空間の圧縮などが起こる――はずであった。


 それらは発動しなかったのだ。


「!?」


 事態の掴めぬザレデスの周りに、いびつと呼ぶにふさわしい空間が出現していた。


 空気中に白色の靄が発生し、景色がゆらりと波打っている。急激な気圧変化によるものか、ザレデスの耳にきんという甲高い音が鳴った。


 周囲の変化に気付いたザレデスは、体内魔力が急激に奪われる感覚を覚えた。


 手足は鉛のように鈍重と化し、大気が泥沼にでも変化してしまったのか、ザレデスの全身へとのしかかる。


「るあにぉうしあぁ」


 言葉にならない声を発っしたザレデスは、巨大化した体を支えられなくなり、どさりと膝を着く。


「シャポーさん、これは」


 ダイヘンツには、見覚えのある光景だった。


 シャポーと再会した、魔導検定試験の第一術式実験室。そこに足を踏み入れた時の記憶が脳裏に甦る。


 違いが有るとすれば、近くにいるダイヘンツの体調には、変化が全くないことか。


「魔力を吸収する術式を改良したのです。魔導検定の実技試験の後にですね、敵を無力化するのに役立つのではないかと閃いたのですよ。でもですね、お仲間の魔力も失わせては困りますので、研究院に来てから、少しずつ弄ってみていたのです。ただ、魔力枯渇は命も危険になりますので、最終手段かとも考えていたのです」


 シャポーは胸を張って答えた。


 彼女の前では、床に倒れたザレデスが、魔力枯渇を起こしてぴくぴくと震えている。ダイヘンツの目には、ザレデスの肉体が心なしか縮んでいるかのように映った。


「名付けまして、シャポーオリジナル術式『超・魔力吸引お掃除魔法』なのです」


 得意気に名称を告げるシャポーを見上げ、ダイヘンツは「ああ、そうなんですね」としか言葉が出てこないのだった。

次回投稿は8月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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