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第043話 老魔導師と魔導師少女

 レイロゲートの屋敷を震わせるような轟音が、二階フロアーに響き渡る。


「なかなか優れた防御術式を構築していたのだな」


 執務用の机についたまま、左手だけを前方に差し出している男が、何事も無かったかの表情で呟いた。


 彼は、この部屋の主であり、屋敷の所有者でもあるザレデス・レイロゲートだ。


 ザレデスの左手の向いている先。執務室の扉があったであろう場所は、大きく破壊されて跡形もなくなっていた。


 壁を構成していたであろう破片は廊下に散乱し、強い衝撃を受けたことがうかがえる。


 だが、その衝撃は、壁や扉を壊す為に放たれたものではない。


「ぐっ……いつの間に、術式を構築した」


 膝を着いたままの姿勢で、ダイヘンツはザレデスを睨みつけて言った。


 ダイヘンツの横には、エルダジッタ部隊の印の刺繍されている外套を身に着けた二人が横たわっている。その者達は、呼吸をしている様子が無く、既に息絶えていしまっていた。


 ザレデスの放った攻撃魔法は、聴取に訪れたエルダジッタの三名に向けられたものであった。


「耐えた褒美に教えてやろう。魔導師の情けだ」


 ザレデスは、無表情のままダイヘンツの頭上を指差す。


 天井では、装飾に紛れ込ませた魔法陣が、魔力を得てじわりと明滅していた。ダイヘンツは、ちらりと視線を向け、指向性高い強力な衝撃波を放つ術式が組み込まれているのを見て取る。


(魔法陣の存在には、注意を払っていたはずなのだが)


 気付けなかった己に悔いつつも、ダイヘンツは何をされたのかを理解した。


 ザレデスは、ダイヘンツらの聴取に応じる振りをして、魔法陣による衝撃波を放ったのだ。


 既に準備されていた攻撃魔法である為、発動時間も極端に短かく、精鋭であるエルダジッタですら反応できなかったのである。


 だが、ダイヘンツも含め、部下の二人が無防備であったかと問われれば、それは違うと言えよう。彼らの身に纏う外套には、攻撃魔法に対する防御耐性が付与されているのだから。


 ダイヘンツだけが生き残れたのは、彼が注意深く簡易の防御術式を展開していたが故だ。それでも、全身を鈍器で殴りつけられたかのような痛みに、ダイヘンツは襲われているのだった。


「理解できたか?では、死ね」


「ぬぐぅ!」


 ザレデスは、これ以上の問答は無用とばかりに再び左手を前に差し出した。


 ダイヘンツは、ザレデスの攻撃魔法に抗おうとするが、気持ちばかりで身体が動かない。


「えっほ!えっほ!」


 その時、少女のかけ声と足音が、対峙する二人の耳に届いた。


 ザレデスが小さく唸って方眉を上げ、ダイヘンツは声の主を悟る。


「シャポーさ……!?」


「えーっほ!」


 ダイヘンツが振り向こうとする前に、シャポーの小さな背中が彼の前に現れた。


「なんだ、お前は?」


 割って入って来たシャポーを見て、ザレデスは攻撃の手を止めて問う。両目を薄緑色に発光させ、裾の破れた魔導研究院のローブを身に着けた者が、一瞬で眼前に出現したのだから、多少は驚いたのだろう。


「ダイヘンツさん、大丈夫なのですか!」


 声をかけられたダイヘンツの方が、ぎょっと目を見開いた。


 あろうことか、シャポーはぴょんと飛び跳ねて振り返り、ザレデスに背を向けたのである。


「シャポーさっ!」


 ダイヘンツは、痛みで喉を詰まらせながら、心の中で(うえええ!?)と叫び声を上げていた。


 シャポーに無視されたと同時に怒りを覚えたザレデスは、左手の魔力を解き放つ。


「無礼者め」


 魔法陣に魔力が通い、強力な衝撃波が空間内に構築される。


 そして、ザレデスの背後にあった壁が、爆音と共に消え失せた。


「……」


 ザレデスは、ゆっくりと後ろを振り向く。


 窓や壁はおろか、飾り棚や置かれていた調度品も存在していなかったかのように消失していた。


 自然に吹く風に運ばれ、灰燼と化した物が、さらさらと飛ばされてゆく。


 またゆっくりと、正面に向き直ったザレデスは、眉間に皺を寄せたシャポーと視線が合った。


「何をした?」


 ザレデスは、自分の攻撃が反射されたことは、頭の片隅で理解していた。だが、それにしても威力が違いすぎる。


(防御の魔法陣を敷いていなければ、私も塵と化していた?あの少女が攻撃魔法を構築していた気配は無い。発動のタイミングを考えても、我が魔法が返されたとして間違いはなかろう。威力を増強して返すならば、反動の障壁か?だが、仮に反動の障壁だとしても、倍率が狂っているとしか言えん。ありえぬ話だ)


 ザレデスの知識が、直観的に感じ取った説明を否定していた。なぜなら、彼の魔法陣が生じさせる衝撃波に対し、壁を消し去った事象のエネルギー量が桁違いだったからだ。


 その上、ザレデスが絶対の自信をもって設置していた防御術式が、ぎりぎりの所で耐えたのだというのを、薄々ではあるが感じ取ってしまっていた。私設の魔導研究所の所有を許可される程、魔導師として優れている彼がだ。


「!?」


 ザレデスは、前に向けていた左腕に、異変があるのを目の端に捉えた。


 肉体にこそ異常は感じ無いが、袖がみすぼらしく引き裂かれ、垂れ下がっている。気付けば、上半身を覆っていたローブも、ボロ布のようになってしまっているではないか。


「私の防御魔法が、完全に防げなかっただと」


 驚きに、ザレデスが立ち上がると、軋んだ音を立てて椅子が倒れた。防御魔法陣の影響範囲内にあったはずの椅子がである。


「いきなり攻撃するのは、とっても危ないのです」


 シャポーが、唖然としているザレデスに言った。


(危ない?魔法陣を用いた私の攻撃を「危ない」の一言で片付けるのか)


 白髪の老魔導師は、理解及ばぬという視線を、魔導師の少女に向けるのだった。

次回投稿は7月21日(日曜日)の夜に予定しています。

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