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第042話 反動の障壁

 人の倒れる気配を感じ、シャポーは立ち止まって振り向いた。


 先ほどまでシャポーと話をしていたアーナスが、ぐったりと地面に倒れ込んでいる姿があった。


 アーナスは、シャポーが助けに応じてくれたことで安堵し、張り詰めていた緊張の糸を不意に緩めてしまったのだ。


「はわわ。アーナスさん!」


 言うと同時に走って戻ると、シャポーは両目を薄緑色に発光させる。


 これは、シャポーが日ごろからよく使用している魔力の流れを視認するための魔法だ。術式や魔法陣などの魔力を観察する術式なのだが、シャポーは相手の体内魔力の流れも目視することが可能なのであった。


 並みの魔導師では使用すら困難とされ、熟練魔導師でも長い詠唱を必要としたり、難解な術式構築により発動までに時間を要したりする、高等な部類に入る魔法とされている「はず」のものである。


 そんな両の目を光らせているシャポーは、アーナスの左肩に違和感があるのをて、漆黒の外套をそっとのけた。


「深い傷なのです!攻撃性の魔力が入り込んでいて、アーナスさんの体内魔力を乱しちゃっているのですよ」


 シャポーは、体の他の部位に異常が無いかを、ざっと見まわして確認した。そして、アーナスの腰にあったポーチへと手を伸ばす。


(肩の傷だけみたいなのです。確か、魔導師団の人達は、剣などの装備が無いので、応急処置の出来る薬などを持っているはずなのですけれども)


 内乱の時はそうであったが、町での捜査と言った場面で、戦場と同じように常備しているのかシャポーは知らない。


 シャポーは、ポーチに入っていた瓶を取り出すと、急いで名称を確認する。


「傷薬の軟膏なのです!でもでも……」


 しかし、ポーチの中に、シャポーがもう一つとして求めていた包帯は入っていなかった。


(大きくない切創せっそうでしたら、この薬を塗るだけで大丈夫なのですけれども、アーナスさんの怪我はお肉が削られてしまっているのです。意識を失ってしまった以上、アーナスさん本人が体内魔力を操作して、救援が来るまで耐えることも出来ないのですよ。ですので、包帯をぐるぐるっと巻いて圧迫止血をしないといけないのですね)


 体内に流れている魔力の操作に熟達していれば、流血量の軽減や痛みの緩和をすることができる。敵から流し込まれる魔力の量にもよるが、深手を負おうとも一命をとりとめる確率は大いに上がると言っていい。


 練度の高い騎士ともなれば、簡単な切り傷程度ならば即座に出血を止めてしまえたりもする。


 だが、それもこれも意識あってのこと。


(アーナスさんも制御していたのでしょうから、気を失ってしまったので、このままだと傷からの出血がひどくなってしまうと思われるのです)


 重傷を負っているアーナスにとって、意識を失ったのは致命的と言えよう。


 骨にまで届こうかという深い傷を前に、シャポーが動揺せずにいられたのは、先の内乱で多くの負傷者を目にしていた経験があるからだ。


「トゥームさんみたいに、負傷者の自然治癒力を助けたりはできませんけれども、応急手当はいっぱいお手伝いしたのです!」


 シャポーが口にしたのは、尊敬すべき友人である修道騎士の女性の名だった。


 シャポーは、着ているローブの裾を掴むと、躊躇することなく幅広に長く切り裂いた。


 魔導研究院のローブは、さまざまな属性の魔力防御に優れ、着用者を快適な温度に保つ能力にも優れているという、魔力適性の高い布を使用して作られている。シャポーは、切り取った布の特性を少しばかり弄って、傷薬の効能を補助する術式を組み込む。高い止血性能を獲得するためだ。


 手に乗せた軟膏も活性化し、その効能を最大限にまで引き上げるのも忘れない。


「害する魔力も、少しは吸収してくれるはずなのです」と言いながら、シャポーは布に傷薬を塗布すると、アーナスの左肩へと巻き付け始めた。


「うっううっ」


 お世辞にも優しいとは表現できないシャポーの腕前に、アーナスが意識を失ったまま苦しそうな声を漏らす。


「うぅ……」


 シャポーが、これでもかという勢いで「ぎゅっ!」と布を縛り終えた時、無意識のはずのアーナスの眉は苦悶の形に歪められていた。


「ぽひー。上手に出来たのですよ!」


 シャポー特製の包帯(仮)で固められたアーナスの傷から、新たな鮮血が流れ出ることは無かった。


「ではでは、ダイヘンツさんの無事を確認しに行かなきゃなのです」


 シャポーは立ち上がり、喧噪の響き渡るレイロゲートの屋敷へと、改めて向かうのだった。


 屋敷の中では、魔導師団と「人であった者達」が激しい戦闘を繰り広げている。


「えと、二階の右側の奥なのですよね」


 シャポーは、薄緑色に光っている目で、周囲の状況を確認して呟く。


 戦いの音は一階に集中しており、二階部分へと続く階段とシャポーの間に、障害となるものは見当たらない。


 攻撃を受けた当初こそ混乱が生じてしまったものの、精鋭であるエルダジッタ部隊の者が、魔導師団の統制を取り戻させた様子であった。


「こちら食堂側、廊下まで後退する。負傷者は回収できていない」


「広間、おされている。敵の数が多い。二名脱落。どこかから戦力を回せないか」


「応接室方面、残り一体と交戦中。制圧次第、広間に向かう」


 戦いの音に負けじと、各所からの怒号が飛び交う。


 大きな屋敷とはいっても、開けた空間とはわけが違う。数の差は大いにあれど、クレタス全土に名を知られる魔導戦闘集団は、部屋や扉といった障害物を利用することで、上手く立ち回れているようだ。だが、場当たり的な消耗戦であることは明らかだ。


 増援の到着が間に合うか、体力と魔力の限界が先かという、追い詰められた状況に変わり無い。


 シャポーが把握できただけで、少なくとも五か所で戦闘が行われているのがわかった。そして、アーナスから教えてもらった二階奥から、不気味な魔力反応が微量ながら漂って来ているのだった。


 シャポーの体は自然と、一番危険と考えられる二階に向けて動いていた。


 階段を勢いよく登りきり、奥へと続く廊下に入る。


 次の瞬間、シャポーの死角となる部屋の中から巨大な拳が付き出された。小柄なシャポーの側面を、完全にとらえたタイミングだ。


 シャポーに直撃したかと思われた刹那、骨の砕ける音とともに、巨大な拳は部屋の中へと勢いよく反射される。


 シャポーの視界の端が攻撃を認識したことで、防御術式である『反動の障壁』が発動したのだ。


 部屋の奥の壁に叩きつけられた敵は、シャポーを追う為に動こうともがく。しかし、数倍の威力となって返されたエネルギーが、既に体の自由を失わさせていた。


 べろりと壁から剥がれ落ちると、床に倒れた巨躯は痙攣することしか出来ないのであった。

次回投稿は7月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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