第003話 大貴族の令嬢
「おいしーのれすぅ~」
見習い魔導師シャポー・ラーネポッポは、お昼ご飯を美味しくいただいていた。
場所は手入れの行き届いた中庭。芝の上に敷き物を広げ、カスリ老が持たせてくれた一折のお弁当を頬張る。
さっぱり味付けのから揚げをメインに、一口大にカットされた色とりどりの塩ゆで野菜が可愛らしく盛り付けられている。味が移らないよう仕切られた場所には、シャポーの食べきれる量を配慮した白いご飯が盛られ、乾燥食材を砕いて作った食欲そそるふりかけが彩っていた。
シャポーの隣では、始原精霊ほのかが、彼女の顔程もある豆にかぶりついてご満悦の表情を浮かべている。
「ぱぁーぱぁぱぁ~」
心地よい秋空の日差しが、二人をピクニック気分にさせるのだった。
「ふふっふー。前半の試験は問題ありませんでしたので、このまま後半もがんばるのです」
「ぱぱっぱぁ~」
シャポーがご機嫌ランチタイムを過ごせているのは、試験が順調に進んでいるのも大きな理由であった。
「しかしですよ、ほのかちゃん。これまで受けた試験よりも、すらすらと回答できてしまった気がするのです。ということは、前半を簡単な内容にしておいて、後半を難しく設定する策略かもしれませんので、気を引き締めなければいけないのです」
「ぱ~ぁ」
緩んだ表情から一転し、シャポーは真面目な顔となって言う。
ほのかも眉間に皺を寄せて深く頷き返した。
「食べ終わったらすぐ講堂に戻って、術式論文集の一冊でも読み返しておいた方が良いかもなのです」
「ぱぁ!」
神妙に頷き合った二人は、お弁当に向き直った。
「作ってくだすったカスリさんには、とても申し訳ないのですけれども、急いで食べるのですよ。ぱくり……ほひひーのれふー」
「ぱぁぁ~」
勢いよく口に放り込んだのも束の間、シャポーの顔が美味しさに緩む。ほのかも同様の表情で、ほっぺたに手を当てた。
「っは!急ぐのでした。ぱく……ほひひーのれふぅ」
「ぱぁぁ~」
美味しさを前に、二人の食事は遅々として進む気配はないのだった。
「お食事中によろしいかしら」
突然、シャポーへと声がかけられる。
だがしかし、シャポーとほのかは「おいしーのです~」「ぱぁぁ~」と繰り返していて気付く様子は無い。
「んんっ!お食事中、失礼ではありますが、声をかけさせてもらってもよろしいかしら」
咳払いの後、少しばかり音量を上げた声の主は、再びシャポーに声をかけた。
「あ、急がないとでした……でも、美味し~のです~」
「ぱぁ~」
「あの!お食事中申し訳ありませんが、失礼いたしましてよ」
ずいと近付かれ、シャポーとほのかはようやく自分達が話かけられていることに気が付いた。
それも仕方のない事ではある。試験会場に知り合いなぞいないシャポーが、声をかけられるなど想像もしていなかったのだから。
「はひ」
「ぱ」
きょとんとした表情で、シャポーとほのかが見上げる。
視線の先には、試験会場入り口で出会った、技研国カルバリの貴族令嬢と思われる女性が立っていた。
「髪の綺麗な美人さんなのです」
「えっと、そ、そうかしら。講堂入り口で一度お会いしましたわね」
シャポーの不意の言葉に動揺しつつ、ミシルパは頬を赤らめて髪を背中にはらった。
「貴方、先程になりますけれど『前半試験が容易だった』という趣旨の発言をされていましたわね。私の知る限り、近年稀に見る難題ばかりだったはずでしてよ」
ミシルパは「御用でしょうか」と表情で問いかけて来るシャポーに、気を取り直して聞いた。
(こ、こ、こ、これは!試験の出来をお友達同士で聞き合って、一喜一憂するというアレなのでしょうか。でもでも、シャポーとこの人は、まだお友達ではありませんので!っと言うことはです、お友達になろうと話しかけてくれたのかもしれないのですよ。お、落ち着くのです、シャポー・ラーネポッポ。まずは、敵だと思わせないように笑顔から、笑顔からなのです!)
脳内において、高速で状況整理したシャポーは、笑顔を作ると口を開いた。
「たたっ、確かに!過去二百年の平均からすればですね、難しい問題が多かったようにも感じられるのです。ただ、五百年前の戦争直後、検定試験が導入されたばかりの数十年間と比較すると、戦闘用の術式に踏み込みすぎた内容などはありませんでしたので、超難題とまでは行かなかったかと。でもでも、近々で起きました内乱により改定された『魔導に関する法律』からの出題がありましたので、一度は目を通しておかなければ難しい引っ掛けになったかもしれないのです。簡単とはシャポーの主観でして―――」
シャポーが、笑顔を浮かべながらも早口となり、慌ただしい手振りで話をまくしたてるのを、ミシルパは冷静さを装って観察していた。
(二百年分の過去の問題の平均ですって!?この子、どれだけお勉強をされてきていますの。初期の検定試験なんて、現代において内容すらもはっきり伝えられていなくてよ。予想や妄想をお話しになっているのかしら。それに、為政者とは縁遠そうな子が、法律の問題を把握しているですって)
ミシルバの冷めた視線に、シャポーはハッと気づいてばつの悪そうな顔をする。
「あ、一方的にお喋りしてしまったのです。驚かせちゃいましたか」
「私からお聞きした事ですから、お気になさらなくって結構でしてよ。参考にもなりましたし」
上目遣いで言ったシャポーに、ミシルバは首を横に振って返した。
「よかったのですぅ。同じ歳くらいの人と話すことが少なかったので、緊張して喋り過ぎちゃったのですよ」
シャポーはほっとした様子で胸をなでおろす。
友人ではないが八百歳を超える師匠から始まり、長寿で有名な他種族の友人などなど、シャポーの知人友人は年上が多いのだ。
(周りに年上ばかりだった?やはり地方のご出身なのですわね。でしたら、試験問題の趣旨を掴みきれず『簡単』と思ってしまった可能性もありますわ)
ミシルパは、ふむと心の中で頷いた。
都市や栄えている町に比べ、田舎の方で子供が少ないのは確かだ。その上、魔導師の素質がある者ともなれば、尚更その数は減る。
彼女が、同年代の見習い魔導師と会話したことが無くとも、ミシルバとしては何ら不思議に感じない。
田舎ゆえ、試験対策も十分に行えておらず、自信の無さから知識を多く見せようと喋りすぎてしまったのだろうと、ミシルパはシャポーに対する考えをまとめるのだった。
「人型の使い魔を使役しているのですから、相当の実力をお持ちなのですわね。でも、時と場合によっては、術式を解除しておくのも礼儀でしてよ」
さらさらの髪を再び後ろへとはらいながら、ミシルパはこの場を去ろうと思っていた。人型の使い魔をひけらかしている者が、試験について簡単だったと言っているのが耳に入ってしまった為、興味を覚えてつい声をかけてしまっただけなのだ。
(最初にすれ違った時に感じた『違和感』も、講堂に設置されている術式の影響を勘違いしただけかもしれませんわね。今対面していますけれど、普通に見習い魔導師という雰囲気ですわ)
「ほのかちゃんはお友達なのです」
「ぱぁ!」
シャポーについて一応の品定めを終えたミシルパに、シャポーが言った。
「お友達ですの?えっと、それは、失礼なことを言ってしまったみたいですわね」
「ふふふ、解ってもらえればいいのです」
「ぱぁぁ!」
困惑気味に言うミシルパへ、シャポーとほのかがさも嬉しそうに返す。
(そうですのね。貴方、お友達がいないのですわね)
理解どころか、新たな誤解がミシルパの中に芽生えただけであった。
「あのあの、前半の試験は、美人さんはどうだったのですか」
不憫に思っていたミシルパへ、シャポーが笑顔で話しかける。作り笑いではなく、打算の無い素直な表情だ。
あまりにもざっくりとしたフランクな質問だったため、ミシルパは何を問われたのか即座に把握できなかった。
だが、それも一瞬のこと。
「ミシルパですの」
ミシルパは品の有る微笑を浮かべて名乗った。そして「試験については『問題なく』と言っておきますわ」と付け加え、つんと尖った顎を上方へ向ける。
「私はですね、シャポーなのです。お友達ができて嬉しいのですよ」
「おと……」
己が貴族であることを忘れた事のないミシルパも、流石に拍子抜けして肩から力が抜けてしまった。
カルバリの大貴族である彼女に対し、気軽に『友達になった』と言ってくる者など居たためしが無かったからだ。クレタスの人族の常識から考えても、貴族に対して屈託なく「お友達宣言」をしてくる市井の民なぞいないであろう。
(私の姿から、貴族であることくらいは察せられていると思っていましたけれど。まさか、気付いていないんですの?いえ、恐らく、物事を知らない子なのですわ。可哀想ですけれど面白いので、このままにしておいて差し上げましすわ)
ミシルパは心の中で呟きつつも、思考とは真逆に自分の頬が朱色へと変化していることに気付いていなかった。
「ところでシャポーさん、話しかけておいて悪いのですけれど、お昼の時間がもうすぐ終わりましてよ」
「ほぇ!あわわ、急いで食べなきゃなのですよぉ」
「ぱぁぁ~」
ミシルパが教えてくれたがために、シャポーは後半の試験開始に間に合うのだった。
次回投稿は10月8日(日曜日)の夜に予定しています。