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第035話 罠に落つ

全話の二つ目の文章について、

【ミシルパは、窓外を流れて行く街並みを眺めながら、考えを整理するかのように独り言を呟く。】

に修正をいたしました。追加部分は〈、考えを整理するかのように独り言を〉の部分です。

馬車にミシルパが一人で乗っているのが分かり難かったためです。

 階段を下りると、長い廊下が目の前に現れる。その廊下の先には、オージオーネスの花の束が調度品の花瓶に生けられているのが見えた。


(遠目にも、式典に用いられる品質の良い物だと解りますの。わたくしに対し、歓待の意を伝えようとしているのですわね。それのみではなく、これだけのオージオーネスを準備できるのだと、己が商会の実力を示す意味も含んでいるのでしょうけれど)


 そんな風に考えながら、ミシルパが歩みを進めると、右手側に大きな両開きの扉が現れた。


「はい。こちらになります」


 メルリがドアノブを動かすと、扉は重さを感じさせぬほどスムーズに左右へと開いてゆく。


 会議室には、豪華ではないが頑丈そうな長机が、まるで部屋の主人であるかのように鎮座している。椅子は左右に五脚づつ設置され、上座と下座に当たる場所にも一つづつ用意されていた。


 飾り気のない会議室に華やかさを添えるかのように、茎を短く揃えられたオージオーネスが机の上に飾られている。上座の奥にも、立派な生花装飾として飾りつけられているのだった。


 室内へと足を踏み入れたミシルパは、人影を探して視線を動かす。部屋の左手奥に、一人の男が頭を下げて立っていた。


 その姿を目にしたミシルパは、片眉をぴくりと上げ、眼光を冷ややかな物へと変えた。


「メルリ。どうやらお相手を間違えたようですの。わたくしは帰るので、支度なさい」


「はい。お約束の客人で間違いございません」


 男から目を放さずに言うミシルパに、メルリが恭しく頭を下げて言った。


わたくしは、相手方の『当主』と約束していたのですけれど」


 ミシルパは、顎をわずかに上げ、静かな声で相手を威圧した。


 コールコホッソ家の当主は、ミシルパの父親よりも少しばかり齢を重ねた人物だと報告を受けている。だが、ミシルパの前に現れたのは、どう見ても二十代後半といった風貌の若い男であった。


「僭越ながら、ご説明させていただければと――」


「メルリ」


 焦りを滲ませ口を開いた男の言葉を、ミシルパは落ち着き払った口調で遮る。


 そこには、男に発言を許可していないとの意思と、メルリに説明するよう求める意味合いが込められていた。


「はい。コールコホッソ家の現当主様にございます」


「げん?」


 これ以上は立ち入れないと言ったところか、メルリは「はい。暫くしましたら、お飲み物をお持ちします」と、再び頭を下げて部屋を後にする。


 扉か閉まるのを確認すると、男はぎこちない笑顔をミシルパへと向けた。


「コールコホッソ家当主ハドニスと申します。先代は、レイロゲートの派閥を破門とされた理由での責を負い、当主の座を退きました。なにぶん急でしたので、この場でお知らせすることとなり、ご容赦ください」


 ハドニスは、眉間に皺を寄せて、心の底からの謝罪を口にする。


「確認しても?」


 ミシルパはゲージを取り出して聞くと、ハドニスは間髪入れず「ご随意に」と頭を下げた。ゲージを操作すると、すぐさま彼女の部下から答えが返ってくる。


「代替わりの件は事実ですのね」


 その他に送られてきたハドニスの外見的な特徴を確かめるように、ミシルパは冷めた視線を送った。


 先代コールコホッソ当主である父親に似た細面な顔立ちをしており、ブラウンウォッシュと言える淡い髪色なのだという。


(身長や体格についても、概ね合致していそうでしてよ。顔の画像まで入手するだなんて、わたくしの部下は、やはり優秀ですのね。それにしても、ブラウンウォッシュなんて表現、あまり耳にしませんわね。洗いざらしの薄い茶色、ということですの?)


 部下の言葉選びのせいで些末な疑問こそ浮かびはしたが、ミシルパはハドニスが約束のコールコホッソ家当主であると理解するのだった。


「当家の事で、お手数をおかけしまして、誠に申し訳ありません。ささ、こちらにお掛けください」


 疑惑の晴れたハドニスは、ほっとした表情で上座の席を引いてミシルパにすすめた。


 ミシルパは、不要であるのを示すように手を振る。「こちらで結構ですの」と言って入り口から一番近い椅子に手をかけた。


 上座を断ったのが意外だったのか、ハドニスは片眉を上げた複雑な表情を見せるが、ミシルパは彼に構わず椅子を引く。


「そういえば、貴方の顔を見た覚えがありましてよ。街中で、レイロゲート家の嫡男と一緒に……」


 言い終わらぬうちに、ミシルパは眩暈を覚えてテーブルに両手をついた。


「え?……あたま……が」


 ミシルパは、震える両腕で身体を支え、目を何度も瞬かせる。視界はゆっくりと波打ち、焦点を定めるのも難しくなってゆく。


「やっと効きましたか。魔導師として、すでに一流以上だとは聞いていましたが、精神魔法への耐性まで素で高いとは。まったく、羨ましい限りですよ」


 呆れるような、嘲るような口ぶりのハドニスへ、ミシルパは眉間に深い皺を作りながら視線を向けた。


(精神魔法!?)


 ハドニスの言葉に反応したミシルパは、咄嗟に精神保護の術式を脳裏に浮かべる。


 だが、足から力が抜けるかのように、ミシルパはどさりと椅子に座り込んだ。


「睨む余裕があるとは、恐れ入りました。そうそう、お答えしておきますと、貴女の言う通り、市民の親子と揉めていた時、デガンさんと一緒に居たのは私です」


 近寄ったハドニスは、ミシルパの顔を覗き込むようにして言う。


 息がかかるほどの距離で、にやにやとした嫌らしい表情を浮かべるハドニスを、ミシルパは必死に睨み返す。


「何が……目的ですの」


「おや?まだ十分に精神汚濁が進んでいませんか。まぁ、時間の問題でしょうが、ゼーブ家の若き当主様は大したものですね」


 感心しきった声のハドニスは、長机に寄りかかると優雅に足を組む。そして、罠にはまった獲物が衰弱してゆくのを観察するかのように、ミシルパを楽し気に眺めるのだった。

次回投稿は5月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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