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第034話 密会と花束

「メルガードシア家とコールコホッソ家。調べてやっとわかるほどですけれど、古くは血縁関係にあったのですわね」


 ミシルパは、窓外を流れて行く街並みを眺めながら、考えを整理するかのように独り言を呟く。


 宵闇に沈みゆく景色は、浮遊する街灯の魔力光に淡く照らしだされ、静かな夜を演出している。


 ミシルパが揺られているのは、ゼーブ家のものとは見分けがつかぬように偽装された黒塗りの馬車だ。現在、ゼーブ家の派閥に所属するメルガードシア家の別邸へと向かっていた。


「メルガードシアの当主も、縁者であることを承知していましたし、それ故に手を差し伸べたとも――」


 メルガードシアは、永きにわたりゼーブ家と盟友関係を築き上げてきた家柄だ。故に、ミシルパにとって信用に足る仲介者と言える。


 メルガードシア家の当主とて、自らが関わって派閥に引き入れるのだから、コールコホッソ家に対して相応の調べを行っているはずだ。ミシルパは、メルガードシア家が『引き合わせても問題なし』と判断したと受け止めて問題ない。


 当然、ミシルパも裏取りを兼ねた調査を進めていた。


 約一日半の時間で浮かび上がったのは、コールコホッソ家がミシルパに手紙を送ってきた経緯ある。


 最初に確認が取れたのは、コールコホッソ家がレイロゲートの派閥から破門を言い渡されている事実であった。


 コールコホッソの者は、レイロゲート研究所において、研究に使用する材料などを調達する役割を担っていたという。貴族家としても、魔導品商会を保有しているため、任されていたのだろう。


 そんな立場にあって、ここ最近、希少金属などの資材調達に苦慮していたらしい。研究結果の提出期限を延期させてしまうといった問題を、度々起こしてしまっていたのだとか。


「申し訳ないことをしましたけれど、情報を掴めず、市場動向を見逃した結果ですの。とはいえ、世知辛いですわね」


 ミシルパは、部下からの報告内容を思い出しつつ、小さなため息をついた。


 近々のゼーブ家の動きとして、クレタス東にある君主制国家群が貿易品を絞る傾向を見せているとの情報を受け、研究資材の大々的な入札を行っている。そのあおりで、レイロゲート研究所の資材調達が回らなくなってしまったというのは、容易に想像がついてしまうのだった。


 苦しい状況の中、コールコホッソ家は、商業王国ドートの商人に繋ぎを付け、問題解決に当たった。だが、調達できた物資の量は少なく、一般価格の倍以上での取引となってしまったがため、その責を負わされたと言う事である。


 ゼーブ家の魔導品商会から知らされた内容であるため、間違いないだろう。


 その他にも、コールコホッソ家当主の人物像やら、保有する商会の規模など、雑多な報告がミシルパまで上げられていた。


 諸々の情報を勘案し、ミシルパはコールコホッソ家を派閥に迎えても『悪くはない』と判断していた。


 現段階において、水面下での東国の動きを把握しつつ、大手魔導品商会――大貴族であるゼーブ家――の先回りしろと求めるのは、離れ業と言えなくもないからだ。


 あえて問題点を挙げるならば、ミシルパとの会合を焦るかのように、己の都合だけで設定したところだろうか。


「それも、動きを周囲に――特に元の派閥に悟らせないためだと考えれば、妥当とも取れますわね。わたくしから変更を伝えれば対応したのでしょうし。会ってみなければ分かりませんけれど、手放したレイロゲート家としては、軽々に過ぎたのではないかしら」


 ミシルパが、受け取った報告を頭の中で整理し終えると、ちょうど馬車が約束の別邸に到着した。


「はぁ、普段でしたら、今頃はシャポーさんと術式の練習をしている時間ですのに。残念ですわ」


 馬車の扉が開けられるのと同時に、本音がぽろりと漏れてしまうのであった。


 馬車から降りたミシルパの前には、別邸と呼ぶには立派な屋敷がそびえ立つ。とはいえ、ゼーブ家当主のミシルパが臆する様子は微塵も無い。


「お待ちしておりました」


「メルリ、久しくしていますわ。メルガードシア家のリボータである貴方を寄こすだなんて、ご当主も気が利いていましてよ」


 両開きの扉の前で恭しく頭を下げる白髪の男に、ミシルパは顎先を微かに上げて満足そうな微笑を浮かべた。


 リボータとは、貴族や名家に仕える執事の職を指す。優秀な護衛としても知られており、主人や客人を護るための訓練をも十分に受けている者達だ。


 家屋敷の管理も一任される立場であり、別邸の使用人たちを統括しているのは、ミシルパを出迎えたメルリと言える。


 内密な会合であるだけに、メルガードシアの当主は不在となるが、ゼーブ家に対する最大限の配慮がうかがえた。


「主より言いつかりまして、本日の万事を任されております。客人は先にお通ししておりますので、ご案内させていただきます」


「貴方が居るのでしたら安心ですわね」


 扉を開いたメルリの横を、ミシルパは威風あたりを払う歩き姿で屋敷へと入った。


 玄関の間で出迎えたのは数名の使用人。メルガードシアの本家に仕える者達ばかりで、ミシルパの既知としている顔もいた。


「こちらになります」


 メルリは、エントランスから下の階へと続く幅広の階段を手で示す。


「地下ですの?」


「はい。当屋敷の地下には、遮音の会議室がございます」


 コールコホッソの用意してきた『手土産』が、よほど重大な内容なのだろうとの考えに至り、ミシルパは「そうですのね」と承諾の意を示し頷いた。


 その時、彼女の鼻孔を甘い花の香りがかすめる。


「カルジオーネリーファスですのね。それも、高級品種のオージオーネスですわ。この時期には珍しいのではなくて?」


 目を向ければ、エントランスだけではなく、上の階へと続く階段の踊り場にも、白い花のカルジオーネリーファスが飾られていた。


 カルジオーネリーファスは、クレタスの人々に贈り物の花として広く愛されている。優しく控えめな香りも、多くの人に好まれる理由のひとつだ。その中でも、オージオーネスは、純白の大きな花と香りの甘さが特徴とされ、式典などにも用いられる高価な品種とされている。


「はい。客人がミシルパ様を『敬意を持ってお迎えしたい』と、ご用意された物にございます」


 ミシルパは「そうですの」とそっけなく返したが、花束をプレゼントされた気持ちになり悪い気はしなかった。


「待たせるのも悪いですわね、行きましょう」


「はい。ご案内いたします」


 メルリの執事然とでも言えようか、淡々と先を行く背中を追い、ミシルパは地下の会議室へと歩みを進めるのだった。

次回投稿は5月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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