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第033話 簡素な封筒の親書

 ここ最近のミシルパは、非常に忙しい時間を過ごしていた。


 己の所属する研究室での活動が終わると、シャポーから『反動の障壁』を習う為に研究院の地下にある実技検証室に入り浸っている。その上、大貴族ゼーブ家の当主でもある彼女は、政治や政策に関連する会議にも出席する必要があった。更には、ゼーブ家の抱えている魔導品商会の代表として、日々押し寄せてくる書類にも目を通さねばならない。


「流石に、過重労働ですわね」


 音を上げたことのないミシルパであったが、屋敷の執務室にある黒革の椅子に深々と背を預け、ため息交じりに呟いた。


 今日も、仕事をするために、ミシルパは研究院から帰宅したその足で執務室へと来ているのだ。


 だが、机に積まれている書類の山を前に、目を通そうとする気力が一向に湧いてこない。普段であれば、優先順位を付けて片付けて行こうものなのだが。


「計算酔い……でしたかしら。なったことも無い症状に見舞われるなんて」


 そう漏らすと、彼女は額を手で押さえて、更に椅子へと身体を沈めた。


 シャポーから教わり始めて数日。思考空間の再構築は無事に終わり、肝心の魔法である『反動の障壁』も形になりつつある。課題として浮き彫りになっているのは、積層魔法陣の容量が小さく、組み込める術式が少ないので、脳で処理せねばならぬ術式の量が多くなってしまっていることであろうか。


 無意識に近い思考領域で、複数の式を同時に処理せねばならず『計算酔い』という、非常に稀な症状に襲われてしまっているのだ。


 シャポー曰く、慣れの問題らしい。だが、ミシルパ含む四名の同期達は、魔力枯渇と計算酔いに苦しめられ続けているのであった。慣れさえすれば、他の魔法を行使する場合も、飛躍的な時短が可能となるらしい。


「さて、休んでばかりもいられませんわね。本日中に処理せねばならない物だけでも、終わらせておかないと」


 背もたれから身体を引きはがし、机上に目を向ける。優秀な部下のおかげもあって、急ぎとそうでない物とに書類は分類され置かれている。ミシルパ宛に届いている郵便も、思いのほか多くは無さそうであった。


「そうですわ!即日処理が必要でない物に関しては、先代にお願いするのもいいですわね。現在の当主はわたくしで、父上とて今は部下も同然ですわよね。文句は言わせませんの」


 良案の浮かんだミシルパは、ぽんと手を打ち鳴らした。


 先代のゼーブ家当主である彼女の父は、彼の代に家門から魔導罪人を出してしまった責を負って、その座から退いている。それさえなければ、現役でばりばりと当主業をこなしていたであろう。


わたくしに引き継いだからと、最近は楽しそうに過ごしていると耳にしましたの。刺激が少しは必要ですわよね。ふふふ」


 執務室に誰も居ないのは幸いか。ミシルパは不敵に笑うのだった。


 さりとて、のんびりしていては日を跨いでしまうなと思い、ミシルパは書類に手を伸ばした。


 その時、扉をノックする音が室内に響く。


「ミシルパ様、魔導師団エルダジッタ部隊のダイヘンツ卿がお見えになっております。急用との事でございますが」


 入室した使用人が、うやうやしく頭を下げて言った。


(ダイヘンツさんが?こんな時間に?)


 時間計に目をやったミシルパは、扉横で待機している使用人に顔を戻す。


「分かりました。お通しして」


 使用人が退出してしばらくすると、ダイヘンツが執務室に姿を現した。


「夜分に申し訳ありません。お伝えすべき事があり、失礼を承知でお伺いさせて頂きました」


 彼の口ぶりから、内密な話なのだろうと察したミシルパは、使用人に下がるよう指示を出す。


「お飲み物は?」


 ミシルパは応接用のソファに座るようダイヘンツに勧める。


「お構いなく。時間も時間ですし、伝えたらすぐに退散しますので」


 腰を下ろしつつ、ダイヘンツは手を振って答えた。


 ならばと思い、ミシルパも向かいの席に座った。


「お忙しいご様子ですし、早速本題から」


 ダイヘンツはちらりと執務用の机に視線を送る。ミシルパは、助かりますとでも言うように苦笑を浮かべて頷いた。


「先日、街で騒動を起こしていたレイロゲートに関連する話です」


 ダイヘンツの言葉にミシルパは自然と身を乗り出す。


「警備隊の捜査資料を調べたところ、レイロゲートの名が出て来る物が、ここ最近で数件。直接の被害者としてレイロゲートがかかわっていませんが、金の出所であったり、傷害事件現場となった店のオーナーであったりと、注意しなければ気にもとめない関り方ではあります。偶然かとも思いました」


「偶然ではないと思わせる何かが?」


 眉根を寄せたミシルパが聞き返す。確証も無い情報を伝える為だけに、ダイヘンツが遅い時間に訪ねて来るわけがない。


「検挙した警備隊員が同じ者でした。ミシルパさんも見たことのある男です」


 言われたミシルパは、少し考えて口を開く。


「市民の親子に、レイロゲート家の嫡男が言い掛かりをつけていた、あの場に居合わせた警備隊員ですの?」


「ええ。そして後に、罪人とされた者達は、示談などの条件としてレイロゲート家の使用人になったり、研究所の研究助手として雇われるなどしています。そのほぼ全員が、身寄りのない者ばかりとなっています」


 ダイヘンツの話す内容に、ミシルパはさも不快だと言った表情を浮かべる。


「仮に、あの娘の父親がレイロゲートの嫡男を殴りでもしていたら、同じようにされていた可能性があると?」


「確証はありませんが」ダイヘンツは少し考えるそぶりを見せた。「あの親子には、血縁――母親に当たる人物や祖父母などがいますので、同じであったとは言い切れないのです」


 ミシルパは、顎先に指を当てると、考えるように背もたれへと寄りかかった。


わたくしに知らせた意図をお伺いしても?」


 調べを進めているだけであれば、捜査権の無い一個人のミシルパに明かす意味はあまり無い。知らせた上に、何らかのお願いが有るのでは、とミシルパは察したのだ。単に『当事者だから』との理由から来る、ダイヘンツの親切心ならば別なのだが。


「話が速くて助かります。あの場に居合わせた皆さんには、レイロゲートに関わらぬようお願いしたいのです。件の警備隊員には見張りを付けていますので、新たな事実が判明次第、ミシルパさんにお伝えさせていただきます」


「……シャポーさんを、遠ざけたいのでは?」


 ダイヘンツよりももっと上の意向ではないかと推測し、ミシルパは問う。


「詳細までは口にできませんが、魔導師団上層部からの……と、申し上げておきます」


(オストー王からの命令?元とは言え、シャポーさんは教会魔導講師であったから、教会に知られる前に片を付けたいのですわね。シャポーさんの介入は、教会を通じてクレタス諸国に広く知られることを意味するかもしれませんもの。カルバリ貴族の事情であるから、先に解決しておきたい、といったところかしら)


 ミシルパは、シャポーが今でも教会の理事と連絡をよく取っていると聞いていた。それ故、カルバリの内部事情――それも、広めたくない部分――を知られたくないのだろうと、ミシルパは貴族の立場として理解できるのだった。


 なにせ、魔導師団直属のトップは、カルバリの王であり魔導研究院の理事にも名を連ねるオストーだ。そこが調査に動いているのであれば、遅かれ早かれ問題は解決するのだろう。


「シャポーさんに実害が及ばぬようにいたしますわ。内々に」


「恐れ入ります。全て終わりましたら、詳細をご報告いたしますので」


 ダイヘンツは立ち上がって敬礼をすると、そのまま執務室を後にした。


(終わったら正式な『報告』で、今は非公式に『伝える』ために直接来てくださったのですわね。ゼーブ家の当主であるわたくしに、王からの密命を伝えたということは、協力の要請であったと受け止めておかねばなりませんわ。商会などを通じて情報を得た場合、ダイヘンツ卿にお伝えしましてよ)


 執務机に戻りながら、ミシルパはふむと唸る。


「レイロゲートに接近せず得られる情報など、たかが知れていますわね。あまりお役に立てそうではありませんの」


 それに、と付け加えて考える。シャポー達は、魔導研究院に入り浸ているので、レイロゲート家との接点も少ないだろうから、心配することも無いとさえ思えるのだった。


 ミシルパの視線の端に、ふと本日届けられたであろう郵便の一つが映る。


「これは?」


 貴族相手に出すにしては、非常に簡素な封筒が目にとまったのだ。封筒の表には、公式の文書を示す印が描かれている。


「差出人は、下位貴族のホールコホッソ家?親書ということは、当主からわたくしに宛てられた物ですのね」


 郵便の類も、本日中に目を通さねばならぬ物の内に入っているので、ミシルパは興味を覚えたそれを開封する。


「所属していた派閥から追い出されて孤立したから、ゼーブ家の派閥の末席に加えてほしいと言う要望ですの。最近この様な貴族からの親書が多くなって、お断りするのも大変ですわ」


 ゼーブ家が大貴族の中でもトップに躍り出たため、こういった郵便物が増えているのだ。相手方の当主からの直々の書面である為、貴族の責務として無下に扱うわけにもいかない。


 執務用の椅子に座り、二枚目をぱらりとめくる。


「あら?ホールコホッソ家は、レイロゲートの派閥でしたの?」


 手紙には、派閥に加えてもらえるのならば、持ち出した内部情報を渡す用意があるとの内容も書かれていた。二日後の晩、メルガードシア家の別邸にて、と締めくくられている。


「メルガードシアは当家所縁の中位貴族ですの。メルガードシア当主に確認が取れれば、わたくし一人で赴いても問題ありませんわね」


 貴族の勢力争いとして、当主が一対一での話し合いを求めて来るのは珍しくは無い。相手側の勢力下にある者に仲介を頼み、安全を確認できる場を準備するのは、なかなかに手腕が優れていると思えるほどだ。それに、情報を手土産とするのも常套手段として悪くないといえよう。


「末席に加えるか、内容次第でしてよ」


 ミシルパは心の中で、何とタイミングの良い事かと、ほくそ笑むのだった。


次回投稿は5月12日(日曜日)の夜に予定しています。

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