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第028話 貴族の格

「ダイヘンツさんなのです。中央王都ぶりなのです」


 見知った人物であったため、シャポーは驚きと安堵の入り混じった声で言う。


 首都警備隊員の後に現れたのは、魔導検定試験でシャポーが世話になった魔導師ダイヘンツであった。


「つつっつつっつぅ、通報を受けた件につきまして、話しを聞いているところであります!」


 直立不動の姿勢をとった警備隊員は、ダイヘンツへ二歩で向き直ると、これでもかと緊張した面持ちで報告した。


「ふむ」


 一つ唸ったダイヘンツは、レイロゲート研究所のローブを身に着けた者達を、値踏みするかのように見やる。


 その視線が気にくわなかったのか、レイロゲート家の男は、眉間に大きな皺を作って睨み返した。


「エルダジッタ所属の者が突然何用だ?俺はレイロゲート家の長子にあたるデガン・レイロゲート。魔法が使われてもいない民間のいざこざに、カルバリ魔導師団の者が口を挟む権限など無いんじゃなかったか?ダイヘンツ卿、警備隊の者が既に居るんだから、わきまえたらどうなんだ?」


 どうやらデガンはダイヘンツを知っている様子で、煙たがるように手を動かせて言った。一部の為政者や貴族たちが、ダイヘンツの真面目過ぎる性格を、嫌っているのが理由なのだろう。


 デガンの言葉通り、魔術の介在していないトラブルついての捜査権限は首都警備隊にある。カルバリの魔導師団が捜査を行うのは、魔導犯罪と呼ばれる、明らかに魔術等が介在していると想定される騒動や犯罪に限定されている。


 警備側から捜査協力の要請が出された場合などの例外はあるにせよ、一般的な問題に魔導師団が積極的に介入しないというのは、魔導に関する法律で定められた大枠のルールとなっている。


 要するにデガンは、魔法を使ってないのだから引っ込んでいろ、とダイヘンツに言っているのだ。


「魔導師が相対しているのであれば、魔法が行使される可能性もありますからね。未然に防止するのも勤めかと」


 礼を欠いたデガンの態度を気にする様子もなく、ダイヘンツは冷静な声で返した。


「これは魔導師間の問題ではない。そこの親子が、俺に怪我を負わせたという話だ。未然に防ぐと言うなら、魔導研究院の者どもを連れて立ち去るんだな。邪魔をするな」


 大貴族である自分の名を聞いても引かないダイヘンツに、デガンは苛立たし気に言った。


 涼しい表情で受け流しているかのダイヘンツであったが、その心中は穏やかとは程遠いものとなっていた。


(屁理屈を言うな愚か者、黙ってこの場を立ち去るのは、お前の方だ!魔術での争いにでもなれば、私では止められぬ事態になってしまうのだぞ。ここは、ミシルパさんの名を借りて、穏便に済ませるのが得策)


 ダイヘンツは、魔導検定における実技試験での現場を思い出していた。


 受験者の見習い魔導師達だけならまだしも、監督官までもが気を失い、ベッドに横たわるかの様に宙に浮かされていた光景は、シュールながらも衝撃的な絵面だったのだから。


 ダイヘンツは、当時の現場を作り上げた張本人である、シャポーの様子をちらりとうかがう。


(王からの密命も失敗できぬしな)


 両肩にのしかかる重圧を感じ、ダイヘンツは小さなため息をつくのだった。


「ミシルパ卿。デガン殿は、怪我をしていると申しておりますが」


 気持ちを切りかえ、ダイヘンツはミシルパに問いかける。


「言いがかりも甚だしいんですの。現に、痛めたという右足で、きちんと立っていらっしゃいましてよ」


「ふむ、怪我というのは、先ほど大声で話されていた右足首の件でしたか。私の目にも、特に痛めているように見えませんね」


 仁王立ちとなっているデガンの右足を指し、ミシルパとダイヘンツは頷き合って言う。


「ふざけるなよ。確かめもせず痛めていないだと?」


 二人のやり取りを聞いて、デガンは大きな声で反論する。


 だが、ダイヘンツの表情が変化したのに気付き、デガンはびくりと肩を震わせた。


「魔力の流れすら見えないとお思いか?エルダジッタを侮辱したと受け取ってもよろしいか?」


 戦闘において、敵の術式に流れる魔力だけでなく、相手の体内魔力の流動を見極める事も重要とされている。次手の攻撃を予測することに繋がるからだ。


 そして、仲間が意識を失ってしまった際、その者の負傷箇所を見つけるのにも役立つ優れた技術でもある。


 故に、魔力の流れを読み取る技術を鍛えることは、魔導師団員として必須とされる。精鋭であるエルダジッタ部隊の者ならば、他の魔導師より頭一つ抜きんでていなければ部隊に所属する事すら難しいだろう。


 技研国カルバリの大貴族であり、魔導師でもあるデガンにおいては、許されざる失言なのだ。また、ダイヘンツとしても看過してはならぬ言葉であった。


「俺がエルダジッタを侮辱などするわけがないだろ。確かに痛みを感じていたと言ったまでだ」


 焦る様に取り繕ったデガンを見て、ダイヘンツは心の中で「ふむ」と一呼吸置いた。


(不自由なく育った貴族に、ありがちな男だな。既に、親子への執着ではなく、貴族の下らぬ自尊心のみでミシルパさんに対峙しようとしているのだろう。立ち去る理由さえ与えてやれば、この場を後にするかもしれぬな)


 デガンの表情を観察し、ダイヘンツは落としどころを考え始めていた。だがしかし、警備隊の二人が、口を挟むでもなくこの場に居続けていることに違和感を感じてもいた。


(ここに至っては、この愚かしい貴族の男を宥めるでもするかと思っていたのだが。レイロゲートの息がかかっている者か?)


 ダイヘンツが、町中での魔法の行使を止める目的で介入していると明言した手前、警備隊はエルダジッタの行為に口出しできない立場となるのだ。


 よって、この場を穏便に済ませようとするのならば、デガンに通報を取り下げさせるのが最善と考えられる。市民の親子とて、これほど面倒な貴族に関わり続けたくも無いだろう。


(考えたくもないが、金でも積まれたか)


 ダイヘンツは、冷ややかな視線で警備隊の二人を一瞥すると、居ないものとして扱うことを決めた。ミシルパも同じ考えであるのか、既に警備隊員達を見ることすらしていなかった。


「デガン殿。こちらの方がどなたであるか、ご存知ではありませんか」


「……何が言いたい」


 ダイヘンツが言うと、デガンが方眉を上げて彼の意図を量りかねた様子で聞き返す。


「大貴族、ゼーブ家の現当主であらせられる、ミシルパ・レルウェムコス・ゼーブ卿です」


 ダイヘンツが朗々と述べると、デガン含むレイロゲート研究所の魔導師達が、強張った表情で息を詰まらせた。


 ミシルパは胸を張り、顎先をついと上げて威厳を示す。


『大貴族として同格じゃなかったか?』


 隣に立っていたウォーペアッザが、ミシルパにこそりと聞く。


わたくしが当主となり、レイロゲート家は格下になりましたの』


 ミシルパは、堂々とした態度を微塵も崩さずに答えた。その横顔を見て、ウォーペアッザは「ワタクシがって……まじかよ」と胸の内で呟いた。


 なぜなら、ゼーブ家の存在が、貴族社会で最上位だと言われたのと同義だったのだから。

次回投稿は4月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあそんな面倒な地位とは無関係に実力でこの場でトップに立つ人間の前で悠長だよね バカボンは研究者としての魔術師の能力はさておき戦闘要員としての魔術師としては無能だな
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