第027話 大貴族の威厳
前話(第026話)にて、ミシルパがウォーペアッザに「ところで、聞いた本人は何位でしたの?」と問いかける一文が、アップロードの際に消えておりました。本日加筆修正をいたしました。
読みにくくなっており、大変申し訳ありませんでした。
新人魔導師達の親睦会は、穏やかながらも大いに盛り上がって幕を閉じた。
せっかくなので街を歩きたい、とのシャポーの提案があり、五人は大通りを散策する運びとなっていた。
「ひゃ~!と~っても美味しかったのです。お肉は柔らかかったですし、お魚もソルジで食べた物に負けないお味だったのですよ」
「ぱぁ~!」
伸びをしながら、ご機嫌な声で言うシャポーの頭の上で、ほのかも満足げな声を上げた。
ソルジとは、中央王都の管轄する地域にある漁業の盛んな町の名だ。魚料理が大の好物であるシャポーが、師匠の元を旅立った際に、最初の目的地にした場所でもあった。
「カルバリには、時間干渉式の保存庫を備えた物流網が整備されていますの。ソルジから直送される海産物の、量こそ少ないのですけれど、鮮度は保証付きでしてよ。その分、お値段は張りますけれどね」
ゼーブ家は物流関係の政策にも関わっているのだろう。シャポーの隣を歩くミシルパは、誇らしげな表情で言った。
「確かに、お値段はなかなかだったのです。足らなかった分を、ミシルパさんに出してもらいまして、本当にありがとうなのです」
「あら、お気になさらないで良いんですの。私が、シャポーさんと行きたくて、あのお店をご紹介したのですから。とても楽しい時間を過ごせましてよ」
ぺこりと頭を下げたシャポーに、ミシルパは笑顔で返した。
彼女達二人の後ろでも、ピョラインとムプイムが、思慮の盃亭で出された料理の感想を言い合っていた。
ウォーペアッザは、そんな一団の先頭を案内役のように先導している。
理由は、彼が最近見つけたと言う、新旧問わず多くの魔導論文を取り扱っている書店に向かおうという事になっているからであった。
日の落ちた時間だが、カルバリの大通りは多くの人が行き交う。
高い建物の多い街並みではあるが、道幅が広いためか、不思議と人々に圧迫感を与えることは無い。或いは、夜空に浮かび上がる魔導研究院の巨塔が、他の建物を小さく錯覚させているからかもしれない。
この大きな都市は、技研国の名を体現するかのように、多くの街灯が人々の頭上を浮遊しており、細い路地ですらも昼間と遜色ないほどに照らされている。
カルバリの消えぬ明かりと、寝る間も惜しんで研究に勤しむ魔導師達を皮肉ったジョークとして『カルバリは眠れない』などと、他国人から言われることもしばしばあるのだった。
「ちょっと待ってくれ」
後ろを歩ているシャポー達を制止するように、ウォーペアッザが左手を広げて立ち止まる。
「どうかしたんですの?」
ウォーペアッザの傍まで来たミシルパが、前方を見つつ聞いた。
「もめているようだな」
ウォーペアッザは言うと顎で指す。
まだ少しばかり距離が離れているが、彼らの進行方向である道の先で、目立つ薄黄色のローブを身に纏った数名の魔導師が、一般の市民に詰め寄っているのが見えた。
「子供さんがいるのです」
ウォーペアッザの腕の下から覗いたシャポーが、眉をひそめて言った。
四名いる魔導師の内の一人が、親子であろう二人に大きな声を浴びせていた。
「子供が、あの魔導師にぶつかってしまったようですわね。同じ魔導師として、恥ずかしい姿を晒してほしくはないんでしてよ」
ため息とともに、さらりと横髪を払ったミシルパは、もめている彼らの元へ歩き出そうとする。だが、ウォーペアッザがそれを止めた。
「よく見ろ。あのローブ、知ってるだろう?」
「おんやまぁ。レイロゲート研究所の魔導師みたいですね」
追いついたピョラインが、遠くを観測するかのように額に手を当てがって言う。
「レイロゲート?知らない」
ピョラインの横で、ムプイムが首を傾げる。当然ながら、シャポーとほのかも首を傾けていた。
「大貴族の一つであるレイロゲート伯が所有している研究所のことだ。そこに所属している魔導師達みたいだから、同格の大貴族であるゼーブ家の当主が口を挟むと、面倒事になるんじゃないか?」
中位貴族の出身であるウォーペアッザであるからこそ、貴族間の関係を知り及んでいての言葉だ。
「お気遣い感謝しますわ。ならば尚のこと、貴族の名を冠する組織に所属している意味を、あの方達に教えて差し上げなければなりませんわね」
ついっと顎先を上げたミシルパは、胸を張って歩き出す。
ウォーペアッザは「そうですか」と肩をすくめつつも、ミシルパの横に並ぶのだった。
「おいおい、謝るだけで終わらせようとしてるのか?お前の娘が、俺の足にぶつかったおかげで、足首を捻ったと言ってるんだよ。鈍痛が酷くなって歩行困難になってきたんだけどな」
「で、ですから、治療院のお代として、持ち合わせてる物は全部……」
「魔導師の足を負傷させた意味、分かってないのか?ちょうど、新しい術式を思いついた所だったんだけどな。痛みで飛んじまったかな?金額にして、相当な損失だ」
「そ、そんな……」
市民へと詰め寄っている魔導師の言葉に、他の三人がへらへらと笑う。
父親であろう人物は、女の子を抱きしめながら絶望の表情を浮かべて青くなっていた。
魔導師の男は、痛めたと主張する右足を前に出すと、何度も地面を踏みしめて見せる。言いがかりであることをわざと示し、その父親が逆上するのを誘っているかのようだ。
「貴方、とても騒々しくってよ」
その場に割って入ったミシルパの凛とした声に、魔導師らは「あ?」とがらの悪い声を上げて振り向いた。そして「魔導研究院の連中だ」と小声で囁き合う。
「魔導研究院の魔導師か。関係ない事には、首を突っ込まない方がいいと思うんだけどな?一応、警告しておくぞ」
市民に詰め寄っていた男が、一歩前に出るとミシルパを睨みつけて言った。
「そこの二人、こちらへいらっしゃいな」
男を無視したミシルパは、親子に笑顔を向ける。いつの間にか移動していたウォーペアッザが、シャポー達の方へと二人を連れて行くのだった。
「怖かったのですか?大丈夫なのですよ」
父親に顔をうずめている女の子の頭を、腰をかがめたシャポーがよしよしと撫でる。
馬鹿にされたと感じた男は、睨みをきかせるとミシルパへと更に一歩にじり寄る。ミシルパは堂々とした態度を崩さず、つんと顎先を上げて見返していた。
「あ~あ、誰に口出ししたか、知らないじゃ済まなくなったな」
「研究院の魔導師だからって、いい気になってしゃしゃり出てくるかね?」
「大貴族レイロゲート家の長男様だってのにな。街中に普通に居るからって、そこら辺の魔導師と同じとか思っちゃったのか?」
後ろに控えていた魔導師達が、にやにやとした表情で得意気に言った。私設の魔導研究施設を持つ大貴族の名は、魔導研究院の魔導師であろうとも狼狽えてしまうほどの相手だと知っている様子だ。
だが、聞いたミシルパの眼光は、怒りを滲ませた鋭い物へと変わる。
「今なら不問にしてやる。そいつらを置いて消え――」
「貴族の嫡男ともあろう者が、恥を知りなさい」
場がしんと静まる。
通行人や、遠目に様子を見守っていた人々もが、ミシルパの威圧感の込められた声の響きに息を飲んだ。
連れであるウォーペアッザやシャポーまで、目を丸くしてミシルパを見ている。
遠くから響く町の音が徐々に近づき、周囲が普段の空気を取り戻してゆく中、レイロゲート家の長男だけが強張った顔のまま固まっていた。
「よろしいですか。騒ぎが起きていると、通報を受けて来ましたが」
微かに怯えを孕んだ声が、視線を交錯させているミシルパとレイロゲート家の長男へとかけられる。
声の主は、警備隊の隊服に身を包んだ中年の男だった。帽子に付いている印から、カルバリの首都警備隊であることが見て取れた。
帽子の鍔から覗く目は、何者であるかを探る様に、ミシルパをちらちらと観察していた。彼もミシルパの声を聞いて驚かされてしまった一人なのだろう。
そんな男の後ろには、同じ隊服姿の者が立っていた。
「遅いぞ。そこの親子が俺に怪我をさせた。それを魔導研究院の者らが、状況も知らずにかばおうとしているんだ」
引きつった表情をやっとの思いで戻し、大貴族の長男が文句交じりに言う。警備の者が来ると解っていたかの態度から、彼が通報をしていたのかもしれない。
「こちらで調べを行いますので、親子の身柄を渡してもらいましょう」
警備隊員は「ふむ」と一つ唸ってからミシルパに向けて言った。
さすがと言おうか、警備隊の男は冷静さを既に取り戻し、警備任務を遂行しようとしている。
「何事かありましたか」
口を開きかけたミシルパよりも先に、新たな男の声がその場に響いた。
近々で聞き覚えのある声に、シャポーはその人物へと視線を向ける。
漆黒のマントの中央に、黒の刺繍糸で施された紋様が薄っすらと浮かび上がっている。それは、カルバリ魔導師団の精鋭エルダジッタ部隊の印であった。
次回投稿は3月31日(日曜日)の夜に予定しています。




