第025話 変な子
日の傾きかけた頃、二頭立ての立派な馬車が、カルバリの街をゆったりと進んでいる。
黒塗りの車体には、大貴族であるゼーブ家の印が描かれていた。
「ほんわ~。改めて見ると、魔導研究院の塔は、と~っても大きいのですよ」
「ぱぁ~っぱぱぁ」
車窓から顔を出し、馬車の後方を眺めるシャポーの頭の上で、ほのかも巨大な塔を見上げて感嘆の声を上げた。
魔導研究院は、技研国カルバリの首都中央にそびえ立つ。
行政機関や司法府などが収められた複合庁舎でもあり、用途別となる何十本もの塔が束ねられた複雑な外観をしている。他国に比べ高い建物の多いカルバリにあって、その塔は別格とも呼べる規模で存在していた。
規格外の大きさを持つそれは、街の上にとてつもなく大きな影を落としている。
「身を乗り出しすぎたら危険ですわよ」
車内から声をかけたのは、馬車の持ち主であるミシルパだ。はしゃいでいるシャポーにつられ、ミシルパも楽し気な表情を浮かべていた。
「落ちないように気を付けるのです」
シャポーは顔だけを車内へ向けてうなづく。
「対向車に頭をぶつけて、馬鹿になるかもしれないな」
「それは困るのです!」
「ぱぁ!」
ウォーペアッザが言うと、シャポーは慌てて頭を引っ込め、椅子に身体をぎゅっと押し付けるようにして座った。ほのかも、首をすくめるような仕草をする。
大通りを走行しているため、行き交う馬車の数も多く、ウォーペアッザの指摘も大袈裟と言えなくはない。
三人と一精霊は、親睦会を行う店に向かっている最中であった。
参加者の一人であるピョラインは、馬車に乗り合わせていない。彼女は、ムプイムという同期の子を迎えに行くため、別行動をしているからだ。
ミシルパが予約してくれた店は、魔導研究院の者達が贔屓にしている所なのだと言う。
ピョラインも当然の如く知っており、新顔であるムプイムを連れての現地集合で問題ないとのことであった。
「ムプイムさんに会うのも、お店に行くのも、すごく楽しみなのです」
にこにこの笑顔で、シャポーは足をぱたつかせた。
「あそこは料理も旨いと評判だ。それに、偉大な先人魔導師達が、杯を交わして魔導談議を行った場所としても知られる老舗でもある。数多の魔導理論の発想が『思慮の盃』亭で生まれたとも言われているんだ。四百年前、極低温魔法の転換術式について、魔導師達が話し合いの中で閃きを得たと言うのは、有名な話だもんな。研究員のローブを身に着けて行くともなると、気持ちが引き締まる感じがするじゃないか」
妙に饒舌となったウォーペアッザが、襟を正しながら熱く語る。
思慮の盃というのは、彼らが向かっている店の名だ。
「ほへーそんなすごいお店なのですね。どきどきしてしまうのです」
シャポーは感嘆の声を上げた。
「魔導師が集まれば、魔法や研究についての話題がでるのも当然でしてよ。そう格式ばった場所ではありませんので、肩肘を張らずに楽しめば良いと思いますの」
鼻息を荒くする二人を見て、ミシルパは笑いながら言うのだった。
そんな雑談をしているうちに、馬車は目的の店の前で停止した。日も沈む段となり、大通りに浮遊している街灯も、少しずつ灯り始めている。
馬車から降りたシャポーは、目の前の建物を見上げる。
各所に細かな彫刻が施されている、古めかしい建築様式の建物だ。
斜めに当たった日の光が、装飾をはっきりと浮き上がらせている。それが、老舗と呼ばれるに相応しい風格を醸し出しているかのようだった。
店の正面には「思慮の盃」と書かれた、品の良い看板がかけられていた。
「ピョラインさんとムプイムさんは、到着されてるようですわね。先に中に入っていると、連絡が来ていますの」
ミシルパはゲージを確認すると、店の入り口へと歩き出す。シャポーとウォーペアッザは、彼女の後に続くのだった。
店の者に案内され、シャポーらは個室へと通された。
「私達の方が先に着いちゃいましたね。こちらが、同期のムプイムちゃんですよ」
椅子から立ち上がったピョラインが、隣に座っている女の子を紹介する。
肩程まで伸ばしている髪は濃い藍色をしていた。前髪からちらりと覗く瞳も同じ色をしている。
「ムプイム・ハヌーステ。よろしく」
ぴょこりと立ち上がったムプイムは、そう短く言って頭を下げた。背格好は、シャポーと同じくらいのように見て取れた。
立ち話も難だからと、ミシルパが全員に着席をうながす。
「そうしましたら、まずは我々の自己紹介ですわね。シャポーさんから、お願い、しま……何をしていらっしゃいますの?」
ミシルパの振り向いた先には、壁に貼り付いているシャポーの背中があった。
「むむむ。一般的にみられる、遮音と吸音の魔法陣が、壁や天井に施工されているのです。でもですね、微かな違和感を感じましたので、よくよく見てみたらですね、音波を制御する術式が組み込まれているのですよ。最新の防音理論が取り入れられているのです。まだ、論文が発表されてから間もないと思っていたのですけれども。さすがは、カルバリの老舗さんなのです」
両目から薄緑色の光を放ちながら、シャポーは真面目な表情でぶつぶつと呟いた。店の防音対策に興味を覚えてしまい、両目に解析の魔法を発動させたのだ。
思慮の盃は、完全個室でサービスを提供する食事処だ。魔導の研究者が多く利用する店であるため、情報漏洩対策も万全に行われているのだろう。
いや、そのような店であるからこそ、魔導師達が重宝していると言えよう。
「シャポーさん。とりあえず席に座りませんこと?」
「そういえば、大通りの舗装も凹凸が一つもなかったのです。とっても快適な馬車ライフだったのですよ。カルバリの街やお店を見て回るべきなのかもしれないのです!」
ミシルパの問いかけにも気付かず、シャポーは記憶を辿りながら独り言を続ける。
「しゃぽーさん!」
「はひぃ?」
ミシルバが声高に呼ぶと、ようやくシャポーが振り返った。
当然ながら、シャポーの両目は薄緑色に発光している。
「そんな高度な解析魔法まで行使していたのですわね。はぁ、初めての方もいるのですから、先にご挨拶をするべきではなくて?」
「あわわ。そうなのでした。ごめんなさいなのです!もう、防音については解りましたので、大丈夫なのです」
急いで席に着くシャポーを見ながら、ミシルパは諦めたような半笑いを浮かべていた。
ウォーペアッザは「しょうがないな」と額を押さえてため息をつき、ピョラインは面白そうに笑うのだった。
「ムプイムさん、すみませんでしたのです」
ばつの悪そうな表情を浮かべ、シャポーは頭を下げる。
ムプイムは、そんなシャポーをじっと見つめた後、一言呟いた。
「変な子」
「なぁ!?」
こうして、シャポーは自己紹介を前にして、ムプイムから「変な子」認定をされたのだった。
次回投稿は3月17日(日曜日)の夜に予定しています。




