第024話 君主制国家群
「これだけの数の国家元首が集まると、なかなかに壮観だな」
上座に座る大柄な男は、満足気な表情を浮かべて言った。
クレタスの東に位置する精霊信仰の君主制国家群から、主要国の元首達が、護衛の兵士も付けずに一つの議場へと集まっていた。
上座の男は、顔に刻まれた深い皺と白髪から、齢六十を超えた初老であることがうかがえる。だが、その男の肉体は、服の上からでもわかるほど、鍛え上げられた筋肉が隆起していた。
彼は、肉食獣をも連想させる眼光で、長机に着いている者達を見回した。
「空席が目立つようですが」
褐色の肌をした女性が冷めた口調で返す。薄暗い議場の中にあって、彼女の長い黒髪は、若さを主張するかのごとく艶やかに光を反射する。
その言葉にある通り、用意された席の約半分程が空席となっていた。椅子の数は上座も合わせて十一。そのうちの四脚には座る者がいなかった。
「各々の国の立場やらを考えれば、半数以上が顔を合わせておるのじゃから、十分であろうよ。お前さんも、ここに居る方が国益に繋がると思い、出席しているのだろうて。それに、隣国であるわしの動向を必死に探ってくれているのも知っておるぞ?賢く健気な女子だよのう、お前さんは」
ぎょろりとした目のやせ細った老人が、くくくと含み笑い交じりに口を挟んだ。
「我が領土を狙う死に損ないめ。口を慎みなさい」
汚い物でも見るかのような視線を向け、女性は吐き捨てるように言った。
老人はわざとらしく音を立てながら、自分の唇を舌で舐めて挑発する。
「お二人とも、ここは一つの議題を話し合うために集った場です。国家間の問題は、一旦矛を収めておいてください。時間は有限ですから、この場でしか行えない会議を進めませんか?」
上座の左手側の席に座っている青年が、緊張を高めていた二人をたしなめる。
長く構う気の無かった女性は、老人から視線を外すと「会議を始めてください」と静かに言って、青年へと目くばせを送った。老人は、にやにやといやらしい笑いを浮かべ、言い合っていた女性を面白そうに眺めてから、上座へと顔を向ける。
他の出席者らも、青年の言葉を受けて上座へと視線を向けた。
「集まってもらった各国は、細かな部分は違えども、大きく見れば同様の問題を抱えていることと思う」
上座の男は、全員の意識が向けられたのを確かめてから口を開く。
「精霊力が乱れ始めたことにより、自然災害が頻発し、今や食糧問題にまで波及している。国家機関などの分析によれば、クレタスから流入している魔道具が原因で、国土から精霊の恩恵が奪われていると結論付けられた。これは、近々の情報として皆も知るところであろう」
元首達が首を縦に振る中、女元首はじっと話の行方をうかがう。
大陸の東方にある国々において、数年前から土地が枯れゆくという問題が、徐々に進行し表面化してきていた。
各国は原因究明に努め、クレタスで製造され魔力を帯びた機具類が、大地の精霊に悪影響を与えているとの結論に達したのは、ごく最近の事であった。
「クレタスと行われる不平等な交易は、各国の財政を長年のあいだ圧迫し続けている。国民の多くが貧困に苦しんでいるのも、それが大きな要因であるのは明白だ」
彼の言葉通り、採掘している資源を安く買いたたかれる上に、製品となった物を高く買わされているのが現状なのだ。
上座に座る元首は、鋭い目つきで各国元首の表情を見て、反対意見が出ないのを確認して話しを続ける。
「奴隷交易についても、私は胸を痛めているのだよ」
ため息のように吐き出し、再び列席の者達へ視線を一巡させた。
「商業王国ドートと交わされた協定に則している場合は、十分な人権を保障された上で労働力として買われている。クレタスの住人となり、豊かな生活を手に入れた者もいるようだ。だが、協定があるにもかかわらず、クレタスに送られた同胞が、不当な扱いを受けたとの情報が流れて来てはいまいか?」
その言葉を聞き、複数の元首が肯定の意を表す。
ここ数か月の間に、出身地を理由に迫害を受けたとの情報が増えてきているのは事実であった。
「加え、協定を無視した奴隷売買が、増加傾向にあるとの報告すら上がってきているのだが、各々方の国でも同様の報告は無いだろうか?」
上座の男が語気を強めて言うと、元首らは大きく頷いて見せた。
黒髪の女性元首だけが、議場の空気を静かに見つめて思考をめぐらせていた。
(確かに、我が国でも同じ内容の報告は聞いている。しかし、正体不明とされる奴隷狩りの賊がいる、といった情報も同時期に増えた。確たる証拠は無いのだけれど、賊の言葉のなまりから、ある国の関与がちらついている。その国の元首殿は、どのような心持でこの会議に出席しているのか)
当時、報告を受けた際の動揺を思い出しながら、女性は先ほどたしなめてきた青年元首へと目を向ける。
青年は、疑わしい表情を浮かべることも無く、会議の内容を傾聴しているだけであった。
「我が国の調べによれば、協定の外で取引された奴隷は、魔導の実験に使われているとのことであった。少なくとも、人としての扱いはされていないのは確かなようだ」
上座の男は、穏やかな、それでいて強い声で言った。
女性元首は議場の気配が、ゆらりとざわめき立つのを感じた。クレタスで行われているという魔導実験の黒い噂は、裏付けの取れぬ話であったからだ。
「私の国でも、同様の報告が入っています。クレタスに隣接する二つの国家において、諜報の結果が一致しているとなれば、間違いは無いのでしょう」
青年元首の澄んだ声が議場に響く。
「して、この場に居合わせている国家ですり合わせでもして、商業王国ドートと―――いや、クレタスと交渉でもしようと言うのかね?」
老元首は、先程までの半分ふざけているかの物とは違い、真面目な表情で問いかける。
その疑問を受け、上座の男はゆっくりとした動作で首を左右に振った。
「クレタスは、守衛国家セチュバーの反乱によって、大きく兵力を失ったのは皆も知るところだろう。中央王都並びに五つの諸王国は、今だに回復しきれていないのが現状だ。クレタスとの立場を逆転する、いや、クレタスを支配下に置く絶好の機会だと思わぬかね」
どんと机を叩き、上座の男が恐ろしい形相で言い放つ。
「……クレタスに戦を仕掛けるため、我々がお主らを背後から襲わぬよう、言質でも取りたいのかね?」
「連合として、共にクレタスへ進攻する。その条約を結ぼうと言っている。これは、対クレタスだけの軍事条約では終わらず、他国からの侵略行為に対する場合も適用されるものとする予定だ」
探るように聞いた老元首に対し、上座の男の右手側に座っていた壮年の国家元首が、ここで初めて口を開いた。
「中立国家も条約に参加する意向ということかね。大陸東方の情勢を大きく変貌させる事になってしまおうよな。列座しなかった者共の泡を食う表情が見える様だわい」
下卑た表情を浮かべ、元首の老人は、さも愉快だと言うようにくぐもった声で笑う。
七か国からなる巨大軍事連合の発足に沸き立つ議場で、若き女性元首だけが神妙な面持ちを崩さずにいた。
(各国が独自で集めた情報が、あまりにも一致しすぎている気がしてしまうのは、私が疑い深いだけ?民意を動かす材料も揃いすぎている。作為的に争いへと向かわされているかのようで、気持ちが悪い。調べる必要がありそう)
大陸東方の中立国家クセの名を冠する『クセ条約』が締結し、君主制国家の連合軍が、静かにクレタスへと矛先を向けたのだった。
次回投稿は3月10日(日曜日)の夜に予定しています。




