第021話 温泉旅行の予定
シャポー研究室では、恒例となっている朝食女子会が開かれていた。
「ほひひーのれふぅ」
「ぽわわぁ~」
シャポーとほのかは、口いっぱいに詰め込んだまま、満面の笑顔を浮かべる。
丸机の上に広げられているのは、昨今、人気急上昇中のパン屋の朝食ラインナップだ。
納入されたばかりの光度計をシャポーがいじくってから、五日ほどが経過しており、シャポー研究室は再びの平穏を取り戻したのであった。
「はぁ~、この紅茶も、良い香りがするねぇ」
ピョラインは、紅茶を一口飲むと、ほうと長い息をつく。
「テスニスの高地で栽培された茶葉ですの。新芽の中でも厳選された茶葉のみを使用しているのですわ。香りが良いことで知られる一品でしてよ」
ピョラインの反応に、ミシルパは気分を良くして答えるのだった。
「高原国家テスニスは、避暑地として名高いけれど、紅茶の産地としても有名だものね。私の実家は、首都からかなり北に離れてる田舎なんだけどもさ、紅茶を毎日のように飲んでたんだよ」
懐かしむように目を細めて言ったあと、ピョラインはカップに残っている紅茶を口へと運んだ。
「シャポーは、キャスール地方に行ったことがあるのです」
「まさに避暑地って場所だね。温泉旅行にでも?」
シャポーの話に、ピョラインは何気なく聞き返した。
キャスールは、テスニス領内において最も北西に位置している。クレタ山脈の麓に広がる温泉街で、クレタスの貴族達が避暑に利用する町として知られる地域だ。
「んっとですね。旅行ではなくお仕事だったのですよ」
「あら、興味ありますわね」
言ったミシルパは、新しい茶葉に入れ換える為、紅茶ポットを手にシンクヘと立ち上がる。
ピョラインは「お仕事?」と首を捻った。
「ですです。お仕事ですので、あまり詳しい内容は言っちゃだめなんですけれども、野盗さんに出会ったり、間欠泉を見に行ったり、会議に出たりしまして、忙しかった思い出しかないのです」
顎先に細い指を当て、シャポーは記憶をたどる。
それを聞いたミシルパは、ポットを洗い流しながら(教会魔導講師をされていた時の事かもしれませんわね)と察していた。
「仕事だったら、のんびりできないもんね」
ピョラインの言葉に、シャポーは「ですです」と頷き返した。
「でしたら、当家もキャスールに別荘を持っていますので、次の夏に避暑がてら皆で行きませんこと?当然、温泉もありましてよ」
席に戻ったミシルパが、楽し気に提案する。
「ふわぁ~、とっても良いのです」
「楽しそうだねぇ」
「ぱぁぁ~」
三人と一精霊の女子達は、美味しい食べ物や他の旅行先について、きゃっきゃと盛り上がるのだった。
そこに、ウォーペアッザが姿を現す。
「おはようございます。って、いっつも朝っぱらから元気だよな」
呆れるような表情を浮かべながら、ウォーペアッザは、丸机とは別の研究机に手荷物を置く。そして、手にゲージを持ち替えて、到着早々にもかかわらず操作を始めた。
夜間に動かせていた機材の、状態確認をするためだ。
「せっかちですわね。忙しさもひと段落したのですわよね?一息ついてから始めてはいかが?見ているこちらが気ぜわしく感じてしまいますの」
ミシルパは、新しいティーカップに紅茶を注ぎ、ウォーペアッザへ向けてすっと出した。
「忙しくはないが、暇でもないんでね」
とは言いつつも、彼は差し出された紅茶に口を付ける。
「ん?香り高いな」
さすがは中位貴族出身と言った所か、ウォーペアッザはカップをゆるりと回し、湯気に顔を近づけて香りを確かめた。
「ミシルパさんが用意してくれた、テスニス産の良い紅茶なのですよ。高地栽培で、厳選された新芽の茶葉なのです」
シャポーは、直近で仕入れた知識を披露する。だが、彼女が良質な品であることを見抜けたわけではない。
紅茶については予想していた通りであったので、ウォーペアッザは驚くことも無く「だろうな」と返すだけであった。
「そうだ。今、皆で夏に避暑旅行をしようって話をしてたんだけど、ウォー君も一緒に行こうよ。楽しいんじゃないかなぁ」
ピョラインの突然のお誘いに、ウォーペアッザは含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「旅行って、この面子ですか?」
口元を手で拭い、ウォーペアッザは聞き返す。ピョラインは「今のところ~」と頷いて返した。
「はんわぁ。大人数の方が楽しさも増すのですよ。温泉もあるそうなのです」
シャポーも無邪気に同意を示す。
(女子ばかりの中に、俺?こいつら普通に誘ってるけど、俺が男だって忘れてないか?女の子と、温泉旅行?いやいやいや、意識してるとかじゃねーし)
返す言葉に詰まっていたウォーペアッザの目に、にやけているミシルパの表情が映りこんだ。
「顔が赤くなってませんこと?女性に誘われるのに慣れていませんでしたかしら?」
ミシルパの意地悪な言い方に、ウォーペアッザは「お前……」と絶句しながら(こいつ、からかってやがる)と睨み返した。
そんなやり取りに、シャポーが追い打ちともとれる、斜め上なフォローを差し込んだ。
「大丈夫なのです。ウォーさんが、女性として意識してしまいそうな相手はですね、えっとえっと……」
己を見下ろし、ピョラインへと目を向ける。ほのかを経由して、その視線の行きついた先は、ミシルパの胸元だった。
「ミシルパさんだけなのでずぅぅぅ」
悲しみの涙とともに、シャポーは結果を発表をした。
フォローどころか、己がダメージを食らっている。
「まさに、まさにでしたねぇ」
ピョラインも、自分の胸部をぱたぱたと叩きながら、天を仰ぎ見る。
「ぱぁぁ~」
話の流れを汲みとったほのかが、ピョラインと同じ動作で悲しげな声を上げていた。
同じデザインをしている魔導研究院のローブを羽織りながらも、ミシルパの胸のあたりの膨らみは、二人のものとは明らかな違いが見て取れる。服装が似通っているからこそ、露骨に判明してしまう悲しい現実がそこにあった。
「ちょっと、お二人とも。変な方向に話をもっていかないでほしいんですの」
話題の矛先が向けられ、ミシルパは無意識に両腕で身体を隠すようにすると、頬を赤らめて抗議した。
ウォーペアッザは、頭痛がしてくるのを感じて(朝っぱらから、こいつらは何言ってんだよ)と、内心で嘆くのであった。
次回投稿は2月18日(日曜日)の夜に予定しています。




