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第019話 シャポー先生

「あ~、やっと回収したデータの整理に入れる。機器類がまともな数値をだせているか、チェックしないとだめだけど」


「ぽひ~、昨日まで、ミシルパさんとピョラインちゃんに手伝ってもらっていたおかげなのです。実験機器の微調整などなど、何とかなったのですよぉ」


「ぱぱぱ~」


 昼も間近となった時間。シャポー研究室の丸テーブルでは、二人と一精霊が疲労困憊と言った様子でぐったりとしていた。


 シャポーが、納入された機材を次から次へと動かせてしまった為、慌ただしい日々を送っていたのだ。


 繊細な仕様の機器類も多く、途中で停止することが難しかったのも、忙しくなってしまった理由の一つであった。だが、一番の大きな原因は他にある。


 魔導師という人種には、一度始めた研究や実験について、結果を見ずに停止するのを良しとしない性格の者ばかりが揃っている。


 頭をつき合わせて、解決策を模索した四名が例にもれるはずもない。彼らが『機器を止める』という選択肢を持ち合わせていなかったことこそ、数日のデスマーチを発生させる主訴であったと言えよう。


 悲しいかな、新人とはいえども、彼らも頭の天辺から足の爪先まで魔導師なのである。


「次の機器の確認まで時間もあるし、少し進めておくか」


 ウォーペアッザは、壁の時間計に目やってから研究用のゲージを手元に手繰り寄せた。


「ですですね。五つの予備実験が終わったので、ちょっと余裕ができたのです」


 先ほどまでとは打って変わり、シャポーは瞳をきらきらと輝かせると、ゲージを手に取る。


「ぱぁ」


 元気のよい返事をしたほのかは、シャポーによじ登ると、フードの中へすっぽりと納まってお休みタイムの準備を始めるのだった。


 二人の魔導師は、研究用ゲージに溜まりに溜まった数値との戦いを開始する。疲れ切ったような表情を浮かべていたウォーペアッザも、シャポーに負けないくらい生き生きとした目をしてゲージに集中するのであった。


「シャポー・ラーネポッポ。この任意空間における重複次元観測に使う『任意』については、地理座標系で構わないか?」


「どこでも観測可能にしておきたいので、それでお願いしたいのです。標高を表す記号は、ウォーさんにお任せしますです」


 ウォーペアッザが、ゲージから顔も上げずに問いかけると、シャポーも、自分の作業に集中しながら答える。


「シャポー・ラーネポッポ。ベルミウムを抽出した際の魔素量だが、単位時間の平均値も同時に算出しておいていいか?」


「ですですね。ウォーさんのお手間じゃないのでしたら、お願いしたいのです」


 二人の手元にあるゲージでは、映し出された数値が、濁流の如く蠢きながら処理されてゆく。


「シャポー・ラーネポッポ。二つ目の予備実験をまとまめたから、共有しておく」


「ありがとなのです、ウォーさん」


 短いやり取りの間も、シャポーとウォーペアッザの作業は止まることを知らない。


 機器類のあげる静かな音が支配する研究室で、二人の魔導師は恐ろしいほどの集中力をもって、データの海と向き合うのだった。


 しかし、それほどまでに集中していたシャポーであったが、何十回目かのやり取りを交わした後、丸机の上にゲージをぱたりと置いた。


「ウォーさん、一つ聞きたいのです」


「?」


 呼ばれたウォーペアッザが、顔を上げて何事であろうかと眉をひそめた。


 全ての実験は、シャポーの独断で開始してしまったものであるため、ウォーペアッザが質問をされることは無いと思っていたからだ。


「毎回毎回『シャポー・ラーネポッポ』ってフルネームで呼ばれるのは、何だか居心地が悪いのですけれども」


「ああ、いや、そうか?」


「そうなのです。魔導師称に師匠の名前を勝手に入れられてしまったので、師匠の名前入りで呼ばれると気負いしてしまう気持ちも、あったりなかったりなのですよ」


 鼻息を荒くして言ってくるシャポーを前に、ウォーペアッザは少々困ってしまっていた。


(同期で同い年なのに、研究室の代表だって相手だから、呼び方を迷ってた節もあるんだよな。さん付けも違う気がするし、ましてちゃん付けなんて、俺にはできねぇ。フランクに名前を呼び捨てにした場合、距離を一気に詰めようとしてる感じに受け取られて、どん引かれるのもアレだし。あ~、迷った末のフルネーム呼びって感じだったんだけども、ここで突っ込まれるのかよ)


 ポーカーフェイスを保ちながらも、ウォーペアッザの脳はフル回転する。


 この時、ウォーペアッザ青年は気づいていない。距離の詰め方を見失わせているのは、シャポーの見せた真剣な横顔が、彼の脳裏をちらついてしまっていることが原因であるなどと―――。


(別に、女の子の名前をフランクに呼べないとか、接し方がわからないとかって、訳ではない!確かに、同年代の女友達は、少ない。いや、居ないと言っても過言ではない事実は認めようじゃないか。でもな、こういう同い年の女の子が上司だなんて、誰も考えやしない事態だ。俺でなくとも、戸惑って当たり前だよな。そうだよな。っていうか、めちゃくちゃ見つめて来るんですけれども?こんな場合は、どう答えれば、いいんでしょうかね。それにしても、瞳でか)


 そんな考えを巡らせているウォーペアッザにも構わず、シャポーは話しを続けていた。


「シャポーも師匠を尊敬はしていますので、魔導師称を頂いたのには感謝しているのですよ。でもですね、出来れば匂わせ系のラーニャとかの音にしてほしかったのです。まだまだ実力不足なのに、名乗るのも気恥ずかしく感じるのですよ」


 シャポーが言って視線を床に落とすと、見つめられてテンパっていたウォーペアッザは、がんばって口を開く。


「そ、それならば、だ。何て呼んだら、いいんで、しょうかね」


 ウォーペアッザは、動揺を悟られぬよう、つと視線を逸らせた。が、言葉尻が若干弱々しくなってしまった。


「シャポーって呼んでくださいなのですよ。ミシルパさんもピョラインちゃんも、そう呼んでくれていますので」


 ぱっと表情を明るくしたシャポーが元気よく言う。


「そしたら、シャポー……さん。さん付けは、やっぱ違うかな」


「呼び捨てで良いと思うのですけれども。あ、ピョラインさんのように『ちゃん』付けで呼んでもらうのもありありなのです」


 渋い顔をするウォーペアッザに、シャポーが良いことでも思いついたかの表情を浮かべて提案した。


「いやいや、俺のキャラ的に『ちゃん』付けは無いだろ」


 ぶるぶると首を振ってウォーペアッザは拒否する。


「キャラなのですかぁ」


 小首を傾げつつシャポーは繰り返す。


「一応、俺はここの所属で、あんたは代表研究員だからな。その点においても『ちゃん』は絶対にありえないな」


「そう言うものなのですかね」


 断言するウォーペアッザに、シャポーは頬に手をあてて真剣に悩み始めた。


(うーん、やっぱり、真面目な表情をすると、整った顔して……って、ちっがーう。もうフルネームだって何だっていいんじゃないのか。妙な事で悩まされてるんですけど)


 悩めるウォーペアッザは、助けを求めて時間計に目をやる。されども、機器の確認へと逃げるには、まだ時間が早かった。


「でしたらでしたら『先生』と付けてくだすっても、シャポーは良いのです。むしろ、嬉しいまであるのです」


 これぞ名案と言わんばかりの表情をしたシャポーが、人差し指を立てた。


「はい?」


 ウォーペアッザは呆気にとられた顔で聞き返す。


「ですのでですね、代表研究員は先生と呼ばれることが多いと、ミシルパさんから聞いたのを思い出したのですよ。ウォーさんが、呼び方を思いつかないと言うのでしたら『シャポー先生』と呼んでもらっても結構ですので!」


「……ないだろ」


 得意満面で言うシャポーを、ウォーペアッザは上から下まで眺めて、きっぱりと拒絶した。


「な、ななな。今、シャポーの姿を確認してから言ったのです。ちんちくりんって言われた時くらい失礼なのですけれども!」


「自分から『先生』って呼べとか、その発想もだいぶおかしいだろ。一応、俺達は同期なんだからな」


「しゃ、シャポーは代表研究員なので、呼ばれてもおかしくは無いと思うのです」


「いやいやいや、それこそ他の先生方に失礼ってものだろ」


「なななぁ~」


 苦虫をかみ潰したような顔をして、しっしっと手を振るウォーペアッザに、シャポーは両拳を縦に振って抗議するのだった。


「ちょっとお二人とも、何をそんなに揉めているんですの」


 シャポーとウォーペアッザが騒いでいると、ミシルパが機材で狭くなった通路からひょこりと現れた。


「ミシルパさぁん」


 両手に手提げを持ったミシルパに、シャポーは助けを求めるように抱き着く。丸机の横で、ウォーペアッザはため息をついて両肩をすぼめるのだった。

次回投稿は2月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] というか遠からずシャポー教授だの博士だの導師だのの尊称で呼ぶことになりそうだけど
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