表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/68

第017話 五回の同士

「いち・に・なの・です!さん・し・なの・です!」


 シャポーの掛け声が、魔導研究院の五十八階層に位置する中庭に響き渡る。


 五階分の高さを吹き抜けにした広い空間には、植生豊かな草木が生い茂り、心地よい風が葉を揺らせている。


 外界とは隔離された閉鎖空間であるはずなのだが、自然光が取り込まれ、清々しい朝を演出していた。


「にい・にっ・なの・です!さん・し・なの・です!」


 シャポーは、柔らかな芝を素足で踏みしめながら、両足を肩幅に広げて上半身を声に合わせて振り回す。


 シャポーの動きは、体操と呼ぶには雑で奇妙なものであったが、彼女の顔は真剣そのものだ。


「ぱぁ!ぱぁ!ぱっ!ぱっ!」


 シャポーの足元では、ほのかも楽しそうに体を動かせていた。


 魔導研究院には、福利厚生の一環と魔導の実験場を兼ねた室内型の中庭が、五から七フロアーに一か所の割合で設置されている。ベンチも置かれていて、魔導研究に追われて疲れ切った魔導師達に、一時の心の安らぎを与えるオアシスとなっているのだ。 


 その円形の庭を、廊下がぐるりと囲んでおり、八つの扉が等間隔に並んでいる。八個の内の一つが、シャポーの研究室なのであった。


「おんや~、朝から元気が良ろしいことで」


 シャポーの声を聞きつけたのか、二つ上の階から顔をのぞかせた女性が、声をかけて来た。彼女は、ぼさりとした長い黒髪を両サイドに分け、さも適当に結わいている。


「おはようございます」


 奇妙な体操を一時中断し、シャポーは見上げて丁寧に挨拶をした。


「おんや~、君は初年度から研究室持ちになったシャポーちゃんじゃないですか。おはようございます」


 女性は、不釣り合いなほど大きな黒縁の眼鏡をかけており、興味深そうにぐいと持ち上げる。


 そして、顔を出していた手すりへ更に体重を預けると、そのままの勢いで中庭の方へ身を乗り出す。


 落下するかと思いきや、眼鏡の女性は滑り台でもあるかのように、空中をゆるりと下ってシャポーの所まで降りて来た。


「おおー」


「ぱあー」


 術式の発動を感知していたシャポーとほのかは、驚きではなく感嘆をもって女性を出迎えるのだった。


「一般の人だと『落ちるー』とか言って驚いてくれるんだけどね。さすがに、魔導研究院ではばればれだよね。いやはや、どうもどうも」


 シャポーの足元まで到着した女性は、顔だけ上げて「にへへ」と笑った。シャポーもつられて「どうもどうも」と頭を下げる。


 女性は立ち上がると、服に付いた芝を払い、ずれてしまった眼鏡をなおす。


「自己紹介がまだだったよね。六十階層の研究室に所属してるピョライン・ラーニョンって言います。仲良くしてね~」


 ピョラインは、顔の丸い輪郭とおっとりした口調が相まって、人の良さがにじみ出ているかのような人物だ。


 身長も自分とほぼ同じくらいのピョラインに対し、シャポーは親しみやすさを覚えるのだった。


「私は、シャポー・ラーネポッポって言います」


「うんうん、噂の有名人だからね。知ってる知ってる」


 首を縦に振り、ピョラインは答える。


「噂の有名人、ですか?」


 シャポーは首を傾げた。


「主席合格の人って、いつも噂になるらしいよ。そいでもって、異例の好成績だったってことで、研究院の中でいつも以上に話題になってるみたい。有名人有名人」


 にこにこの笑顔でピョラインは言う。


「ピョラインさん。ゆ、有名人って言われると、何だか恥ずかしいです」


 シャポーはもじもじと身をよじった。ほのかも、シャポーの頭の上までよじ登ると、もじもじの真似をする。


「ところで、シャポーちゃん。私に対して『さん』付けはいらないよ。私もね、シャポーちゃんと同じ、今期からの所属なんだ~。出来れば『ちゃん』付けがいいな」


 ピョラインは細い目を更に細めて言った。


「年上に見えたので、先輩さんなのかなと思ってしまったのです。ではでは、えっと、ピョライン、ちゃん……って呼ばせてもらうのです」


「私もシャポーちゃんって呼んでていいかな」


「ぜひぜひなのです、ピョラインちゃん」


 二人はにへへと笑い合う。


「あ、でもね、シャポーちゃんの見る目は正しいんだよ。私ってばね、おっちょこちょいで、すーごくマイペースだから、魔導検定試験を通過するのに六回もかかっちゃったんだよね。だから、シャポーちゃんより年上、二十三歳なんだ~」


 ピョラインは、気にしている様子もなくからからと笑って言った。


「ほえ!?六回目なのですか」


「うんうん、五回失敗してるの。主席なシャポーちゃんには、信じられない感じでしょ」


 主席で通過したシャポーが、極度の緊張屋であったことなど、ピョラインは知らない。


「信じられるのです」


「おんや~?」


 シャポーの様子が変わったことに気付き、ピョラインは方眉を上げてシャポーの顔を覗きこんだ。


 そこには、ピョラインを見つめ返して来る潤んだ瞳があった。


「シャポーも、五回失敗してるのですぅ。はわ~、同じ人が居たなんて、初めて知ったのですよぉぉ」


「おんやまぁ~、なんて奇遇な」


 二人はがっちりと両手を握り合う。


「シャポーもですね、とっても緊張しちゃう性格だったのですよ。ちょっとだけですけれども克服できまして、ようやく試験を通過することが出来たのです」


 シャポーの言葉にピョラインは、はっとした表情を浮かべる。


「こんなところに居たんですね、同士のヒト~」


「居たんです~」


「ぱぁぁ~」


 近々、五回同盟なるものを結成することになる二人は、一精霊を交えくるくると回転しながら喜び合うのだった。


 ひとしきり回った後、ピョラインは真面目な表情でシャポーに向き直る。


「では、先程の(奇妙な)体操は、魔法の上達の方法だったり、なかったり?」


「ふふふなのです。朝一番に、体内魔力の循環を良くしておくと、一日が快適に過ごせること請け合いなのです」


 シャポーは、右手を顔の横にまで上げると、体内魔力を集めて輝かせる。


「ご一緒しても?」


「是非なのです」


「ぱぁ!」


 そして、シャポーとピョラインとほのかは、横一列に並ぶと「いち・に・なの・です!さん・し・なの・です!」と体を動かせ始める。


 魔導研究院五十八階層の朝の名物になるまで、さほど時間はかからなかった。

次回投稿は1月21日(日曜日)の夜に予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ