第015話 面白そうな新人たち
「どういうことぉぉぉぉ」
そこは魔導研究院の人事課。カウンターの前で一人の青年が大声を上げていた。
青年は、配属先を確認しに来るよう連絡を受けていたので、人事を担当している部署に足を運んでいたのだ。
自他ともに、彼が魔導師の才に恵まれているのを否定する者はいない。故に、青年は意気揚々と魔導研究院に登院して来ていたのだった。
だが、配属先を知らされた途端、目が飛び出さんばかりに両目を見開き、無意識のうちに叫び声までをも上げてしまっていた。
人事課の事務官達は、担当者の女性と青年のやり取りに聞き耳を立て、ちらりちらりと様子をうかがっている。
「えーっと、新人研究員ウォーペアッザ君でしたね。配属の件についてなのですが、上の決定ですからこの場で変更可能なものではないんですよ。とりあえずは、配属先の研究室に所属してもらって、どうしても不満がある場合は、変更の申請を様式にしたがって提出してもらう形になります」
人事の担当官は、事務用のゲージを示しながら、ウォーペアッザに配属変更届の様式番号などについて、丁寧な説明を続ける。
しかし、彼の耳にはほとんど届いていなかった。
カウンターに両手をつき、事務用ゲージに視線を落とすも、彼の焦点は定まっていない。
(魔導研究院に所属する初年度から、己の研究室を与えられる者などいない。それは常識として理解している。でもな、これはどういう事だ?何かの間違いだよな?俺の配属先の代表研究員のこの名前……見覚えがある。見覚えがあるだけに、意味が解らないんだが)
ウォーペアッザは、事務用ゲージに手を伸ばすと、先程受け取った所属先の辞令にまで表示を戻し、見間違いではなかったかと確認するように指差して「代表、研究員」と呟いた。
「ああ、シャポー・ラーネポッポさんですか」
担当官は、ウォーペアッザが何に対して疑問の叫びをあげたのか気付いた様子で笑顔を作った。
「シャポーさんについては特例らしくてですね、初年度から研究室を持たせることになったようですよ。我々も人事を聞かされた時、前例がありませんでしたので、驚きのあまり上に再確認したんですけどね、誤りとかではありませんでした。上層部からの正式な決定ですね」
事務官は声を潜めて「魔導検定試験を異例の好成績で通過したとかって噂ですよ」と付け加えた。
ウォーペアッザの中で、疑心であったものが(魔導検定試験で一緒だったヤツで間違いない)との確信に変わる。
「実技試験で、まともに術式すら披露していないヤツが、なんで……試験会場で魔力溜まり対策の法陣に不具合が発生したのが理由で、こいつの試験は中断して終わったんですよ?」
彼の言葉にある通り、魔導検定試験の二日目に行われた実技試験で、多くの受験者が意識を失った現象の理由として、魔導省は『防護法陣の誤作動』と発表していた。なんでも、試験の準備段階において、第一術式実験室に設置された防護魔法陣のメンテナンスを、急遽取り行ったのが原因であったと説明されているのだ。
これにより、ウォーペアッザ青年も、シャポーが色々とやってしまったからだ、という本当の原因を知り得ていないのだった。
「試験会場が一緒だったんですか。これまた前例に無い珍事だったと聞いてますよ。まぁ、シャポーさんが検定試験を受かっているのですから、別日とかに再試験されたのではないですかね」
(そんなことはありえない)
ウォーペアッザは心の中で眉をひそめた。
公平を期す事が求められる類の試験にあって、一人だけ試験日をずらすようなことはあろうはずがない。やむを得ない事情があり変更を要するならば、受験者全員に通知があるはずなのだ。
(俺の魔法を見もせずに、ゼーブ家の令嬢に連れられて帰ったんだぞ。次の日の面接には顔を出していたのだし、実技ありきの面接試験なのだから、別日の実施なんて不可能だろうしな)
難し気な表情で考えを巡らせているウォーペアッザを見て、事務官が「一応」と前置きし注意点を伝える。
「シャポーさんが直属の上席研究員になりますので、研究室の変更を希望する場合は、話を通しておいてくださいね。事務処理の際に、話が行き違いになると困りますので」
「じょ、上席」
彼はここで更なる衝撃を受けた。
同期とも言えるシャポーの下に、自分が配属されたのだと言う事実を、まざまざと思い知らされたのだ。ウォーペアッザの思考が、互いの上下関係にまで及んでいなかったが為に、強めな追い打ちとなったのかもしれない。
「研究室を持つ魔導師は、魔導講師以上の扱いとなりますからね。ウォーペアッザ君は一年目ですけれど、実習生ではなく助手としての配属です。これもなかなかに異例ではありますよ」
親切な人事の担当官は、彼をフォローするかのように笑顔で言う。が、ウォーペアッザはショックのあまり返事すらできず、口をぱくぱくとさせるのだった。
(くうう、そうか。何か引っかかりを感じてはいたが、代表研究員だから「さん」付けで呼んでいるんだな。俺に対しては、単純に新人だということで「君」付けか。既に扱いが違う、だと……)
事務官としては悪意なく無意識で使い分けているのだろう。新人君の緊張を和らげる優しさが、働いてのことだったかもしれない。
であるからこそ、初手でプライドに傷を負っていたウォーペアッザに、追加の蓄積ダメージとなって行くのだった。
「おや、ちょうどウォーペアッザ君の上司になるシャポーさんが来たみたいですよ」
事務官はウォーペアッザの背後へと視線を向けて言った。
堂々とした佇まいのミシルパと、きょろきょろとあたりを見回しているシャポーが、人事課の扉を開けて入室して来たところであった。
「可愛らしい上司さんでよかったですね」
事務官がこそりと耳打ちする。
「かわ!?あんなちんちくりん魔導師のどこをどう見れば!?」
考えもしていなかった言葉に、ウォーペアッザは動揺隠しきれぬ態度で言い返していた。
耳ざとく聞きつけたミシルパが、つかつかとウォーペアッザの背後にまで迫る。
「独り言の大きな御仁が、今度は人の悪口の伝道師にでもおなりになったんですの?ちんちくりんとは、いったいどなたの事でして?」
顎をついと上げたミシルパは、威圧感をたっぷりと込めた口調で囁いた。
「うわぁ。いや、ちょっと口が滑っただけだ。それに、あんたの事を言ったんじゃないからな」
慌てて振り向き、言いがかりだと言わんばかりの勢いで弁明する。
「はわ~『俺ならば』の人なのです。どうもなのですよ」
ミシルパの横から顔を覗かせ、シャポーは実技試験の会場での出来事を思い出しつつ挨拶した。
「で?ちんちくりんとは、誰の事ですの?場合によっては、私に対しての言葉よりも重い罪でしてよ」
冷ややかなミシルパの視線に追い詰められ、ウォーペアッザはゆっくりと人差し指を上げる。
彼女の自白せざるを得ないような圧に、青年は屈した。
「そっちの、小さい方、です」
「なぁ!?」
突然、ちんちくりん認定されたシャポーがショックの声を上げると、続けざまに反論する。
「ち、小さいのは事実ですので認めるのですけれども、シャポーもこれからミシルパさんのようにですね、女性らしく成長しますし、背も伸びちゃいますので!」
シャポーは、両拳を握りしめ上下に激しく振って主張した。
「ぱぁぁぁ!ぱぁぁ!ぱぁ!」
頭の上にいるほのかは、とても楽しそうにシャポーの真似をする。
「……」
「……」
ミシルパとウォーペアッザは、そんなシャポーの反論を聞いて、しばし沈黙してしまった。
「これからって……シャポーさん、言葉を正すのは心苦しいのですけれど、私と年齢は一緒でしてよ」
「俺もなんだけど、同い年、じゃなかったか?」
ミシルパは申し訳なさそうな視線を、ウォーペアッザは残念そうな視線を、シャポーへと向けていた。
「なぁぁ!?」
「ぱぁぁ!」
シャポーの悲痛な声と、ほのかの楽しそうな声が、事務所の中に響く。
人事課の職員達は、今期の新人は面白そうだなという思いを胸に抱きつつ、仕事の手を動かしていたのだった。
次回投稿は1月7日(日曜日)の夜に予定しています。
年末年始は、今のところ投降お休みの予定とさせていただきます。よいお年をお迎えください。




